136 野豚狩り 9
しばらくして、一行は順調に三頭目を狩った。今度の相手は普通の若いオスである。
野豚の気配というものが分かってきたのか今回はマリコが相手より先に発見したので、エリーとジュリアが弓で足を止めた後、剣と盾に持ち替えて接近、とどめを刺すという当初の予定通りの展開になった。そちらのフォローはミランダに任せてマリコは主に後ろ側に気を配っていたが、さすがにそう続けて大野豚が出るようなことはなかった。
「そろそろいい時間であるし、昼食といたそう」
処理を終えた三頭目の野豚をジュリアが仕舞ったのを見届けたミランダが、木々の間から差し込む大分高くなった日差しを見上げて目を細めながらそう宣言した。
ただし、いくらなんでも野豚の――時には茶色オオカミも――徘徊する森の中で全員一度に昼ごはんというわけにもいかないので、二人ずつ交代で見張りに立ちながらの食事ということになる。それでも大き目の切り株をテーブル代わりに使い、白いテーブルクロスやらレジャーシート代わりの敷き布やらが出てくる辺りが女の人だなあとマリコはこっそりと感心した。
サニアが持たせてくれた弁当の中身はベーコンと刻みキャベツのサンドイッチだった。アイテムボックスの中ではこぼれないのをいいことにポットごと持ってこられたお茶が出され、先にマリコとジュリアが食卓に着く。落としても割れないよう、ポットやカップはさすがに金属製や木製の物が選ばれていた。
(折り畳みのテーブルとかイスとかがあったら便利そうだな)
敷き布に座ってサンドイッチを頬張りながら、マリコはそんなことを考えた。
◇
食事を済ませたマリコたちがミランダ、エリーと交代し、その二人の食事も終わろうかという頃、何となく気配を感じてマリコが目を向けた先で、もうおなじみになりつつある声が上がった。風下方向から若い野豚がフゴフゴ言いながら薮をかき分けて近づいてくる。
「また近くにいた」
「ああ、今日はどうもいつもと様子が違うな」
エリーとミランダが立ち上がりながら言う。四人が食事をしていたのは、先ほどの三頭目を倒した場所のすぐそばである。群れに属さない野豚には縄張りがあり本来ならそれなりの距離を置いて暮らしているはずで、こうも近いところに表れるのはミランダたちにとっても珍しいことだった。
「さっきの大きい野豚のせいでしょうか」
実際に射るにはまだ遠いが、マリコは矢を番えただけだった弓を一応構えながら聞いた。手にしている弓は見張りの間借りているエリーの物である。
「そう考えるべきであろうな」
群れを追われた元ボスがあちこちとうろついたせいで自分の縄張りから追い出されたり逃げ出したりした野豚がいるのだろうというのが、ミランダの推測だった。移動した先に別の野豚がいた場合、そこでも縄張り争いが起きて移動する野豚が出ることになる。二頭の野豚がすぐ近くで現れるのはそれが原因のようだった。
「マリコ殿、そのまま射てみられるか」
「いいんですか?」
まだエリーと交代するだけの余裕は一応ある。マリコは振り返って聞いた。
「どうせならマリコ殿の弓も見てみたいではないか」
「ん、私も見たい」
「私もです」
ミランダとしては、最悪接近戦になってもなんとかなると思っていた。残る二人もマリコとミランダがいれば大丈夫だと思っているようで、ジュリアに至っては野豚が迫って来ているというのに自分が構えかけていた弓を下ろしてしまった。
「じゃあやってみますね。ミランダさん、はずしたら頼みますよ」
「ああ、倒すだけなら問題ない」
マリコは改めて前を向いた。野豚との距離はそろそろ弓の間合いに入りつつある。
エリーの弓は、ほぼ洋弓でいうベアボウの形をしていた。一本の木から削り出したシンプルな物で、照準器やスタビライザーの類はもちろん付いていない。マリコは構え直すと弦を引いた。
実のところ、マリコがこちらで弓に触れたのは今回が初めてのことだ。だが、マリコにはさほどの不安はなかった。弓を手にした瞬間に使い方が分かったからである。包丁や木刀の時と同じだった。剣ほどではないにせよ、弓関連のスキルも十台半ばから後半のレベルのものがほとんどである。これまでの経験から考えて、十分実用に耐えうると思われた。
マリコは狙いをつけると一射目を放った。見ていたエリーやジュリアにはいっそ無造作と思えるほどあっさりと放たれた矢は風を切って一直線に野豚へと向かった。
プギャッという声が上がる。見るとマリコの矢は見事に野豚の右の肘を射抜いていた。それでも止まらないのはさすがと言うしかない。
(さすがにとんでもない威力にはならないな)
ゲームだと同じ弓を使っていても、本人の能力値やスキルレベルが上がるに従って与えるダメージの数値は大きくなっていった。達人の使う小さな弓で巨大なモンスターが一撃の下に倒されることも珍しくはない。
だが、現実ではそんなことはありえない、ということなのだろう。エリーの弓はそれほど強弓というわけではない。スキルレベルの高さは正確さという面で反映され、急所への命中ということで大ダメージを与えるのと似た結果になるのではないかとマリコは思った。
(火矢みたいに、自発的に出すスキルも使えるんだろうか)
剣のスキルと同様、弓にもいろいろとスキルがあったはずである。マリコはひとつ試してみることにした。
(速射、三射)
口の中で小さくつぶやきながら、腰から下げた矢筒に手を伸ばす。瞬間、スキルが発動した。
速射は、高速で矢を連射して相手に大ダメージを与えるというスキルである。マリコの手は目にも止まらぬ速さで動き、矢を取って番えて引いて射るという動作を、瞬きするほどの間に三度繰り返した。
野豚の口から今度はグギャッという声が漏れたかと思うと、そのままその場に崩れ落ちる。
「何!?」
「ん?」
「今のは?」
エリーとジュリアにはマリコが二本目の矢を射たようにしか見えなかった。ミランダだけが辛うじて、複数の矢が放たれたのをその目にとらえることができた。射られた野豚はというと、倒れはしたもののまだその身体はモゾモゾと動いている。にもかかわらず起き上がる様子がない。
しばらくの後、確認のために近づいて行った一行が見たものは、両肘と両膝を射抜かれて最早立ち上がることのできなくなった獲物だった。
どうしてこう地味めになるんでしょうかね(汗)。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。