135 野豚狩り 8
「ええと、置いてくるのもどうかと思ったので、浄化を掛けて持ってきたんですが、いけなかったでしょうか?」
三人が黙り込んでしまい、沈黙に耐えられなくなったマリコが口を開いた。血の海に倒れた大野豚はさすがにそのままアイテムボックスに入れたいとは思えない有り様だったので、浄化を使ったのである。
「い、いや、それで問題ない。そのまま放っておくと、臭いを嗅ぎつけたオオカミを呼び寄せたやも知れぬ。それよりマリコ殿。さすがと言うか、凄まじいな」
ミランダはそう言うと、横たわる大野豚に目を落とした。実際に並べてみると、それはエリーたちが今倒した野豚より二回り以上大きい。重さで言えば二倍以上、もしかすると三倍近くあるように思えた。
しかもその状態がかなり違う。片や数本の矢が刺さった上に両腕は刀傷でボロボロ、片や首に切り傷があるだけでまるで絞められた鶏のようなきれいさである。
「教えて頂きたいのだが、一体マリコ殿はどうやってこれを仕留められたのだ」
「ええとですね……」
ミランダに促され、マリコは大野豚を倒した時の様子を話して聞かせた。
「無理」
「すごい……」
話を聞いたエリーとジュリアの第一声がこれである。
「当たり前であろう。私とてそのようなマネはおそらくまだ無理だ」
腕の攻撃をかわしながら喉元を切りつけるのはともかく、一対一で見合った状態から相手の背後を取るというのがもう普通ではないのだと、ミランダは付け足した。
◇
「それでこの大きいのは一体何だったんですか?」
エリーとジュリアが、倒した野豚の処理――何カ所かを切って血抜きを促したり――をしている間にマリコはミランダに問いかけた。
「ああ、普段この辺で見かけるような若いオスではないな。ほら、この二頭を比べて見られよ。大きい方が明らかに年を取っている」
そう言われて、マリコは横たわる二頭の野豚を見比べた。身体の大きさは言うまでもない。それ以外にも、大野豚の方が口元からせり出した牙も太く長く、その身体にはマリコたちが付けたものではない古傷らしきものもついている。よく見ると片方の耳には昨日今日できたとは思えない裂け目が入っていた。
「群れに属さぬオスも一応縄張りのようなものを持っている故、斯様な至近で二頭同時に出てくることなど普通はない。となれば、この大きい方は群れのボス、いや若いのに敗れて群れを離れた元ボスなのではないかと思う」
「元ボス、ですか」
「ああ、ボスの座を追われたとは言え、大半の若いのに比べれば十分強い。群れから離れて間もないのであれば、若輩共の縄張りなど関係なく己の縄張りを定めようとうろついていても不思議はなかろう」
「あ、じゃあさっき、若い方が何か探しているみたいに見えていたのは……」
「我らには気付いていなかったようであるし、自分の縄張りに別のオスの臭いを嗅ぎつけて、その相手を探していたのやも知れぬな」
「それで相手を見つける前に私たちに見つかってしまったんですか」
「おそらくだが、そういうことではないかと思う。ともあれ、我らはマリコ殿のおかげで助かった」
「え?」
縄張り争いのはずが狩られてしまった野豚たちは運が無かったんだな、などと考えていたマリコは、いきなりのミランダの言葉に目を瞬かせた。
「いや、もしマリコ殿がこの場にいなかったなら、我ら三人だけで同時にこの二頭を相手にせねばならなかったであろう。それでも勝てぬことはないとは思うが、三人とも無傷とはいかなかったと思う」
その場合、大野豚の相手はおそらくミランダがすることになる。いつも通りならともかく、予想外の相手の出現で浮き足立ったエリーたちだけで野豚に対するのは危険だっただろうと、ミランダは続けた。
「だから、我らが今無事なのは貴殿のおかげだ。貴殿がいてくれて良かった。ありがとう、マリコ殿」
「え、ええと、どういたしまして……?」
マリコを真っ直ぐに見据え、手を取りながら礼を述べるミランダに、マリコはなんとなくドギマギしながら言葉を返すのだった。
「終わった?」
「「わっ!?」」
横合いからの声に、マリコたちは手を取り合ったまま飛び上がった。そちらを向くと、やや目を細めたエリーと両手を自分の口に当てて瞳を輝かせたジュリアが立っていた。
「こっちは終わった」
「ああもうエリーさん、もうちょっと見ていれば面白くなりそうだったのに」
「きっとならない。それに、私たちの狩りはまだ始まったばかり」
狩りという言葉に、固まっていたミランダがピクリと反応して動き出した。
「お、おお貴殿ら、終わったのか」
「ん。こっちはとりあえず私が仕舞った。大きい方はどうする?」
こちらもようやく動き出したマリコが目を向けると、小さい方の野豚の姿が無くなっている。
「あ、ああ。マリコ殿、先ほどのようにこの大きい野豚を仕舞っていただけるか」
「ええと、分かりました。でも、解体とかはどうするんですか?」
「なに、午後には宿に戻る故、その折にまとめて皆でするから大丈夫だ。今ここで始めると時間が掛かりすぎるし、うっかり臭いに釣られたオオカミなどが来ると面倒なことになる」
「なるほど。では」
マリコはまた大野豚をアイテムボックスへと仕舞いこんだ。二百五十から三百キロくらいはありそうな大野豚も、仕舞ってしまえば重さを感じない。アイテムボックス様々である。
「そういえば聞いてなかったんですけど、予定としては何頭くらい狩るつもりなんですか?」
「え? ああ、我々が持って帰れる限りだな。各自一頭とすると四頭までということになる。当面、里で使う分としては今の二頭だけでも十分なのだがな。それ以上狩れるようならその分は肉屋に任せて他の里や街に送ることになる」
「ああ、そういうことですか」
「まあ、見つけるか見つかるのにそれなりの時間が掛かる故、実際には二、三頭で戻ることも多いがな」
ミランダはそこまで言うと、皆を振り返った。
「さて、ではもう少し奥まで進んだら昼食ということにいたそう」
準備を終えた四人は、また林の奥へと歩き出した。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。