134 野豚狩り 7
残酷描写注意報、継続中です。
首にナイフを突き立てて、その刃を首の回りに一巡りさせる。もしも人間が対象であった場合、それは首の左右を走る動脈――いわゆる頚動脈――と気管を切断されることを意味する。出血と共に瞬時に脳内の血圧がゼロになるため、瞬く間に脳が酸欠を起こして意識を失い倒れ、程なく失血死に至ることになる。
(片側しか動脈が切れなかったからか、それとも生命力が高いということだろうか)
鶏は首を刎ねても暴れたり走り出すことがあるということはマリコも知っている。倒れてなお、ドクリドクリと血を流しながら赤い池を広げていく大野豚を見つめながらマリコは思った。
――肉が食べられるんは、誰ぞが絞めてくれとるけんぞ
祖母の言葉が思い出された。狩りをするということは、その「誰ぞ」になるということである。やるからにはできる限りの事を。
マリコはピチャリと血溜まりに足を踏み入れると、手にしたままの短剣を先ほど届かなかった大野豚の首の左側へと差し込んだ。大野豚の身体がビクリと震え、短剣を抜くとそこからも脈打つ血が流れ出し始めた。
(ばあちゃんのおかげか、「マリコ」としての経験が生きているのか)
ミランダたちが危ないととっさに取った行動ではあったが、初めての割りに思いの他落ち着いて事を進めることができた自分を、なんとなく不思議に思うマリコだった。
(南無……)
やがて血の流れが止まり、見守っていたマリコは口の中で一度念仏を唱えると顔を上げた。
「向こうはどうなっただろう?」
倒すだけならミランダ一人でも問題ないとは聞いている。マリコは木々に遮られて見通せない、三人がいる方へと顔を向けた。
◇
時間は少し遡って、もう一方のミランダたち。
(ハッ!? いかんいかん)
――なんとか足止めしますから、そっちを!
そう言い置いて駆けて行くマリコの足捌きに一瞬見惚れてしまったミランダは、頭を一振りして意識を切り替えた。全く心配しないわけでもないが、大きいとは言え野豚程度にマリコが後れを取るとも思えない。自分が今為すべきはこちらの野豚の相手である。
「マリコ殿なら心配無用! 次の矢を放ったら弓を捨てて抜剣!」
「ん」
「はい!」
ミランダは半ば自分に言い聞かせるように叫ぶと、自らも刀を抜いた。
最早二十メートルもない距離から放たれた三射目がそれぞれ見事に野豚の足をとらえ、四肢の内の三つに矢を射込まれた野豚はさすがにその速度をガクリと落とした。エリーとジュリアは弓をアイテムボックスに放り込むと、代わりに革が貼られた半球状の盾を取り出す。もし三射目が外れていたなら、弓はその場に置き捨てて剣だけを抜いていただろう。その辺りは普段の打ち合わせ通りである。
三人は、ほとんど動きを止めた野豚へと近づいていく。盾を持つ二人が前、ミランダは後ろである。ここでミランダが前に出てはエリーたちの経験にならないからだ。二人の後に続きながら、ミランダはちらりと後ろを振り返ったが、木々に阻まれてマリコの姿は見えなかった。
エリーとジュリアは、振り回される野豚の腕を基本的にはかわし、時に盾を使いながら、主にその腕を狙って小剣を振るう。二人の盾は手首から肘までが完全に隠れるだけの大きさがあったが、かわせない攻撃を受け流すために使うよう教え込まれていた。野豚の腕力をまともに受け止めてしまうと、盾ではなくそれを持つ腕や肩の方が耐えられずに壊れてしまうからである。
ミランダは二人が危ないと感じた時に割って入る役どころである。マリコの事も気になりはするものの、眼前の戦いから目を離すわけにはいかなかった。
しばらくの攻防の後、遂に両腕を潰された野豚の喉にエリーの突きが叩き込まれて勝敗は決した。血を噴いて倒れる野豚の前から飛び退いたエリーとジュリアが揃って振り返る。
「ミランダ……ん!?」
「早くマリコさん……をお!」
「ああ、今すぐ……どうした?」
言いかけた二人はそれぞれ途中で言葉を止めて目を見開いた。応じかけたミランダは、二人の視線が自分ではなく、もっと後ろを見ていることに気が付いてゆっくりと振り向いた。
先ほどマリコが消えた角から、また切り株を足場にしたマリコが飛び跳ねるように現れたところだった。
「マリコ殿!」
「「マリコさん!」」
声に気付いたマリコが三人の方へと顔を向ける。ミランダは思わず駆け出した。
「皆さん。良かった、そちらも無事だったんですね」
「マリコ殿こそ怪我はないか。あいつは、あの大物はどうなされた。追い払われたか」
二人が触れ合える距離まで近づくと、マリコに異常がないか確かめるように、ミランダはマリコの肩や腕をポンポンと触ってまわった。
「私も大丈夫です。ありがとうございます。で、あれなんですが……、とりあえずあちらに行きましょう」
「あ、ああ」
マリコはミランダに応じると、倒れた野豚の前に立つ二人の方に顔を向け、そちらへと歩き出した。当然、ミランダも歩き出す。
「で、ええと、これです」
エリーたちの傍まで来たマリコは、アイテムボックスから大野豚を取り出して野豚の横に並べるようにどすんと置いた。三人は目をむいた。
最近、投稿時刻が遅れ気味で申し訳ありません。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。
話は変わりますが、マリコの絵をひっそりと自作(笑)しました。
興味のある方は1/31の活動報告をご覧ください。