130 野豚狩り 3
借りた剣帯をウエストに巻き付け、マリコはタリアがしていたのと同じように左側に短剣を下げた。白いエプロンの上から付けることになったが、使う時のことを考えるとこれはどうしようもない。そのままイスに座ってみても特に邪魔になることはなさそうだった。
マリコは再び立ち上がると、試しに何度か剣を抜き挿ししてみた。刀身が短いこともあってか、左手で鞘を押さえなくても問題なく抜くことができた。逆に鞘に収める方は、左手抜きでやるにはさすがにもう少し慣れが必要なようである。
「おっ、マリコ殿!? ああ、タリア様に借りられたのだな」
「あ、ミランダさ……!?」
聞こえてきた声に振り返ったマリコは、上げかけた声を思わず止めた。その格好で厨房を通ることを避けたのであろう。奥へと続く階段脇の通路から着替えを済ませたミランダが姿を見せたところだった。
アドレーたちが着ていた物と同じような革パンツとブーツの上に、肩や胸に金属板が縫い付けられた上着を着けている。上着の丈はハーフコートくらいの長さがあり、ベルトで絞られたウエストから下が前が開いた短めのスカート状になっていて、その裾からしっぽがのぞいていた。
「あー、何に驚かれたのかは多分存じているつもり故、説明させていただきたい」
歩を進めながら言うミランダの姿形におかしいところはなかった。エリーたちと比べてより探検者に近い格好だというだけである。
「なるほど、ミランダさんは赤ですか」
違っていたのはその色である。ミランダは上から下まで鮮やかな赤一色だった。むしろ緋色と表現する方が相応しい色合いである。ご丁寧にも金属の部分まで同じ色で塗られていた。
「えっ!?」
マリコの納得したような声に、今度はミランダの方が驚いた声を上げた。あわてて辺りを見回すと、マリコの傍のテーブルに着いたエリーとジュリアがそれぞれ自分の白い上着を掲げて見せている。
「あ、ああ、服の色の話はもう聞いておられたか」
「ええ、ついさっき聞いたところですけど」
「よかった。私が己の趣味でこんな派手な姿をしているのではないと分かってもらえるのだな」
「それは分かりますけど、いいじゃないですか。似合っていて格好いいですよ?」
「そ、そうだろうか」
言われたミランダは照れたように、鼻の頭を掻きながら着ている物を改めて見下ろす。
真紅の鎧をまとった赤トラ猫耳少女。
マリコの目から見た今のミランダは、アニメか何かの登場人物か何かのように見えた。バルトやアドレーたち本物の探検者の服装が地味めであった分、余計にそう思えるのかも知れなかった。
その後、どうしてミランダだけ赤なのかと聞いたところ、サニアに勧められ、皆を率いるんだから、と押し切られたと言う。実際的な理由としては、移動したり集合したりする際の目当てということでもあるようだった。
(リーダーだから赤なのか、隊長機だから赤なのか……)
以前見たテレビ番組を思い出したマリコはそんなくだらないことを考えた。
◇
準備を終えた――もちろんサニアから弁当ももらった――一行は今、南側の里のはずれに向かって歩いていた。全部がそうという訳ではないが、道々には穂をつけた麦の畑が目立つ。
「そう言えば、じきに刈入れだそうですね」
「ええ、二、三日うちに始まるって、うちの父が言ってましたよ」
麦畑を見てここに来た日にカミルに聞いた話を思い出したマリコがなんとはなしに聞くと、ジュリアが答えてくれた。
「ああ、もうそんな時期か……」
「ミランダさん、嫌そうですね」
「嫌とまでは言わぬが、大変故な」
数軒ずつが組になり、数日かけて各家の畑を順番に刈って回るのだという。雨が降ると困るので一気に済ませるため、里中が麦刈り一色に染まる。
(そうか。稲刈り機とかないから手作業になるのか?)
「それは大変そうですね」
「他人事ではないのだぞ、マリコ殿。宿屋にもあるだろう、麦畑が」
「あっ!」
宿の壁の内側にも畑があったことをマリコは思い出した。
「それに、宿の者や探検者の皆も手伝いとして期待されている。アドレーらも戻ってきたらとりあえず麦刈り三昧だ」
「うわあ……」
「マリコ殿はむしろ、料理人として期待されているようにも思えるがな」
里を上げての行事になってしまうため、各家で食事の準備は非効率――その分手を取られるので――だということで、昼と夜は家では食事を作らずに時間をずらしながら宿に食べに来ると言う。この辺りも宿が家であった頃の名残りらしい。
「大変じゃないですか」
「だから、先ほどからそう言っているではないか。それ故の今日の狩りなのだ」
マリコがようやく数日後の事態を理解した時、一行は里の境にある壁へと近付いていた。高さ二メートルほどの土か石でできたような壁が延々と連なっている。四人は目の前に見える門へと向かった。
次回、やっと里を出ます(汗)。
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