129 野豚狩り 2
「エリーさんたちは、その格好で出掛けるんですか?」
マリコの服に関する話が一段落してミランダは自室へと着替えに向かい、残った三人は食堂の空きテーブルに着いている。そこでマリコは気になっていた事を聞いてみた。狩りに行く服装として、マリコのメイド服は置くとしても、エリーとジュリアのワイシャツのような服も軽装すぎるように思えたからだ。
「後で着る」
「ええとですね。この上に着る革の上着があるんです。今から着込んでいてもいいんですけど、今日は大分温かいですから正直言うと暑いんですよ! 里を出てから着れば十分だと思うんです。……ええと、これです!」
簡素すぎるエリーの一言の後、補足するようにジュリアが答え、アイテムボックスからジャケットを取り出してみせた。それは牛革らしい厚めの革で作られた物ではあったが、革鎧というほど物々しくはない。肩や肘には補強用の革が縫い付けられており、マリコの目にはバイク乗りが着る革ジャンのように見えた。
だが、マリコが気になったのは、その形よりもむしろ色である。
「どうしてこんなに真っ白なんですか?」
日にさらして白く仕上げた革を使っているらしく、ジュリアのジャケットはわずかにアイボリーがかったほとんど白に近い色をしていた。マリコとしては、狩りというからにはなるべく相手に見つからないように保護色とか迷彩柄とかなんだろうと漠然と思っていたところへ出てきたのがこれである。疑問に思うのも当然だった。
「え、ええと、それは……」
「目立ってないと仲間に矢を射掛けられるからさね」
何故か口ごもるジュリアに目を向けていたマリコに、横から声が掛けられる。マリコがそちらを振り返ると、執務室の方に繋がる通路の方からタリアが姿を見せたところだった。
「仲間に矢って……、まさか」
「私が冗談で言ってるとでも思うのかい?」
「……本当なんですか?」
真面目な顔で言うタリアに、マリコはエリーたちの方に視線を戻して聞いた。エリーは黙って目をそらし、ジュリアはううっと唸りながら俯いた。どうやら本当のことであるようだった。
「この娘たちも、今じゃさすがにもうそんなことはないんだろうけどね……」
マリコの隣の空いているイスを引いて、そこに腰掛けながらタリアが言う。
「慣れない狩り、いつどこから現れるか分からない相手。緊張しながら矢を番えて待ってる時に、いきなり近くの藪でガサガサッと音がしたらどうなると思うね?」
「相手が何なのか、確かめないで矢を射込んでしまうってことですか」
タリアの説明についその現場を想像してしまったマリコは、額に冷や汗が浮かぶのを感じながら聞いた。
「そういうこともあり得るって話さね。幸い、うちの里じゃあ今のところ、仲間を射殺しちまったやつはいないがね」
マリコの疑問に頷いたタリアは、手をヒラヒラさせながら笑みを浮かべてそう言う。ただし、身に覚えがあるのか、エリーとジュリアはタリアから目をそらしたままだった。
「だから、うちから狩りに行く時には目立つ色の物を着て行くのさね。一緒に行く仲間にすぐ分かってもらえるようにね。野豚に限って言えば、鼻はいいけど目の方はそこまでよく見えないらしいからね。ちょうどいいってもんだよ」
「なるほど、そういうことだったんですか。じゃあ、エリーさんも?」
「ん。私のも白い。ほら」
ようやく前を向いたエリーが自分のジャケットを取り出してみせる。ジュリアの物とほぼ同じ形のそれは、色も同じだった。
「おっと、いけないね。服の話に割り込んだもんだから本題を忘れるところだったよ」
エリーのジャケットを手に取って見ていたマリコに向き直ってタリアが言った。
「本題、ですか」
「ああ、そうさね。マリコ、あんたも一緒に狩りに行くってのは聞いたんだけどね。あんた、自分では武器の類は持ってないと思うんだけどどうする気だね? まさか無手で行こうってんじゃないだろうね」
「えっ!?」
今日のところは見学とミランダに言われていたので、手ぶらでもいいか、要るようならまたミランダの木刀でも借りようくらいに考えていたマリコは思わず声を上げた。その様子を見たタリアの目が細くなる。
「……はあ、図星なんだね。全く、できるんだか抜けてるんだかよく分からない娘だねえ、あんたは」
「う、すみません」
「まあいいさね。じゃあ、今日のところはこれを持って行きな」
タリアはそう言うと自分の腰に手をやった。カチャカチャと留め具をはずすと、剣帯ごとゴトリとテーブルに置く。タリアがいつも腰に下げている短剣だった。
「これ、いいんですか?」
「構わないよ。宿に居る分には、私がこれを使うことなんて滅多にないからね。それに部屋に戻れば同じような物も何振りかはあるから、気にしなくていいさね」
タリアにそう言われて、マリコは改めて卓上の短剣に目を向ける。先端と柄元に銀色の金具の付いた幅七、八センチほどの黒い革の鞘に、同じく黒い革が巻かれた柄。全長は四十センチ弱で、十数センチの長さの柄の根元には先が丸くなった棒状の鍔が付いている。
「一回抜いて確かめてごらん」
マリコは短剣を手に取ると、意外な重さに感心しながら鞘を払った。よく研がれた刀身は両刃で二十センチ強、柄元から鋭い剣先へと左右対称の優美なカーブを描いている。ファンタジーに登場する剣の定番の一つ、ダガーであった。
使い込まれてよく手に馴染む柄を二、三度握って具合を確かめたマリコは、席から立ち上がった。テーブルから数歩離れながら、手の中で順手逆手と数回クルクルと持ち替えてみる。タリアの短剣はその度に、まるで自らの意志でそうしているかのようにマリコの手にピタリと収まった。
回りを見回して人がいない事を確認したマリコは、その場で短剣を振るう。わずか二十センチそこそこの刃が、ピュンピュンと風を切り裂く音を立てた。エリーとジュリアが思わず息を呑む。
それを数回繰り返した後、マリコは席に戻って剣を鞘に収める。
「ではタリアさん、ありがたくお借りします」
「はいよ」
真面目なマリコの声に、タリアは軽く答えた。
チャッチャチャーン
まりこ は たんけん を てにいれた!
借り物ですが(笑)。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。