128 野豚狩り 1
「ん、戻ってきた」
「二人とも、お帰りなさい。ミランダさん、今日はよろしくお願いします!」
マリコとミランダが宿に戻ると、食堂ではエリーとジュリアが待っていた。二人とも下半身は革製の膝当ての付いた厚手の茶色のパンツに革ブーツと探検者風だが、上はワイシャツのようなシルエットの普通の長袖シャツ姿である。
「今日出掛けるのは貴殿らであったか」
「ん」
「はい。で、さっき聞いたんですけど、マリコさんも一緒に行くとか……」
「ええと、そうなんです」
「いろいろ教えてもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!」
「こちらこそお願いしますね」
四人になったところで、いきなり場が賑やかになった。もっともエリーはそれほど多弁ではないので、一番若いジュリアが一番賑やかである。
エリーとジュリアは、一昨日マリコが初めて宿の仕事をした時に宿に出ていた通いの娘たちである。エリーはその時と同じく茶色の髪を一本の三つ編みにしているが、邪魔にならないようにするためだろう、ツインテールだったはずのジュリアの鮮やかな青緑色の髪は、今日は二つのお団子状にまとめてシニョンキャップが被せられていた。
「では、私も着替えて準備してくる。……と、マリコ殿はどうなされる。やはりその姿のまま出掛けられるか」
「ええ。今手元にある服の中だと、多分これが一番丈夫でしょうから」
「ん!?」
「えっ!?」
マリコとミランダの話に後の二人が驚いて声を上げ、揃ってマリコの服に目を向けた。それはそうだろう。マリコが着ているのは黒いメイド服にフリルの付いた白いエプロンである。とてもではないが森に入って狩りをするのに向いた服装には見えない。
「まあ、それが普通の反応であろうな。私とて、手合せの経験が無ければバカにされているのかと思うところだ。あー、二人とも。マリコ殿が今着ておられる服はな、多分そこらの革鎧より丈夫なのだ」
「んんっ!?」
「ええっ!?」
「え、ええと」
二人の視線が信じられない物を見る時のそれになり、マリコは思わず少し後ずさった。
「私とて、それが何でどうやってできているのか興味はある。もちろん、話せないなら無理に聞こうとは思わぬが」
「あー。なんと説明していいのか、私にもよく分からないんですが……」
ゲームの「マリコ」が着ていたメイド服は、裁縫スキルを用いて自分で作ったものだった。今のマリコが着ているそれが当時の物そのままかどうかは分からないが、少なくとも見た目のデザインは同じで、服ではありえないような防御力も有している。おそらくゲームの物そのままなのではないかとマリコには思えた。それ故に説明に困るのである。
数年前、ゲームにメイド服が実装され、スキルで自作するための方法が発表されると、当時の「マリコ」の生活はメイド服一色となった。裁縫スキルのレベルが高いほど作製の成功率や品質が上がることや使う材料によって性能が違ってくることなどが分かると、「マリコ」に最高のメイド服を着せてやることが至上の目的となったのである。
それまでステータス目的で適当に取っていた生産系スキルのうち、メイド服を作るのに必要なものは全て最高のスキルレベル二十まで上げられた。裁縫や機織に始まり、材料を得るための精錬や金属加工のスキルに至るまでである。もちろん、口で言うほど簡単なものではない。一つのスキルを最高レベルまで上げるだけで、膨大な時間と労力が必要になる。
しかし、「マリコ」はそれをやった。最高のメイド服に向けて邁進する「マリコ」を姪たちは呆れ顔で見ていたが、じきに他人事ではなくなった。ダンジョンに入らないと手に入らない材料を調達するための冒険に駆り出されたのである。
その上、実装されたメイド服にはマリコが今着ているようなクラシカルな長袖ロングスカートタイプと「メイド喫茶のメイドさん」が着ているような半袖ミニスカートタイプの二種類があった。「マリコ」はもちろん両方を作っている。当然のように色は全て黒地に白エプロンであった。
こうして、数カ月に亘るメイド服生活の結果、ミスリル糸だのオリハルコン糸だのというトンデモ材料で作られ、さらに状況に応じて使い分けるために各種の属性を付与された大量のメイド服が完成した。ゲームならではの事ではあったろうが、このようにして作られた「服」の防御力はNPC商店で売られている素の金属鎧さえ凌駕することも珍しくなく、「マリコ」のメイド服もその例にもれなかった。
できあがったメイド服は、一連の件の謝礼の一部として姪たちにもプレゼントされたが、彼女たちは大変複雑そうな表情でそれを受け取った。決して見てはならぬ叔父のやばい部分を見てしまったような気がしたからである。彼女たちはその後も、「マリコ」と一緒の時は決してそのメイド服を装備しようとはしなかった。
この時作った長短各種のメイド服は「マリコ」のアイテムストレージに仕舞われていたはずである。だが、今のマリコの手元には「マリコ」が普段――そして最後に――着ていた、汎用型の無属性ロングスカートタイプ一着だけしかない。
(でも、短い方じゃなくて良かったよな)
ミランダたちに対して言葉を濁しつつ説明しながら、マリコはしみじみ思った。膝上二十センチ近いミニスカなんぞ穿けるか、と。
またサブタイトルが詐欺気味……、メイド服談義で終わってしまいました(汗)。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。
※「たち」をひらがな表記にしてみました。これまでの分はおいおい修正していく予定(いつ手をつけられるかは怪しいですが)です。