126 出発 2 ★
一行はじきに転移門に到着した。宿屋の門を出た所で畑越しに見えているのだ。のんびり歩いても十分そこそこで終わる道行きだった。
アドレー達の組が先に行くようで、アドレーを除いた四人は見送りの者達に挨拶すると転移門の白い石畳に上がり、それぞれ中空を見ながら何やらあちこちと視線を動かした。バルト達や見送り組は石畳から少し離れたところでその様子を見ている。
「ではミランダ姫様、行ってまいります」
「ああ、さっさと行ってこい」
右手を胸に当てて腰を折るアドレーに対して、ミランダはヒラヒラと手の平を振って素っ気なく応える。いつものことなのかアドレーはさして気分を害した様子もなく、身体を起こすと今度はマリコの方に向き直った。
「マリコ様、戻りました折にはまたご指導の程、よろしくお願いいたします」
「それは構いませんけど、様はやめてください」
マリコが朝練でアドレー達を蹴散らしてから、何故かこの五人はマリコを様付きで呼び始めた。元々ミランダが彼らから様付きで呼ばれているのはマリコも聞いて知っていたが、自分までそう呼ばれるのはどうにもくすぐったい。
「いえ、師たるマリコ様をマリコ様とお呼びするのは当然のことなれば」
やめろと言ってもこのとおりである。マリコがため息をついていると、アドレーは再びミランダに向き直った。
「マリコ様のご指導を仰ぎ、じきに貴女に追いついてみせる」
「ふっ。分かっておらぬな。貴殿らが留守にしている間も、私はマリコ殿と毎朝鍛錬を続けるのだ。追いつかれたりはせぬ」
「「うっ」」
自信に満ちたミランダの声に、アドレーとマリコは短くうめいた。アドレーは痛いところを突かれて、マリコは「毎朝鍛錬」と聞かされて、である。
「アドレー。そろそろ来ないと置いて行きますよ」
「くっ、分かった。今行く。それではマリコ様、行ってまいります」
「はい、行ってらっしゃい」
なかなかやってこないアドレーにしびれを切らせたらしい、シャム猫頭のイゴールから声が掛かり、アドレーは石畳に上がると他の四人がしていたような動きを始めた。
「「「「行ってきまーす、マリコ様ー!」」」」
アドレーの準備が終わったと見るや、四人は元気に声を上げる。マリコが小さく手を振ってやると歓声を上げて手を振り返しながら黒い六角形の石柱の間へと進んで行った。
「あっ、待てお前ら」
アドレーが急いで後を追い、次々と二本の柱の間を通過したかに見えた五人は、そのままスッと姿が見えなくなった。マリコには、最早気配も感じられない。
(おお、これが転移か)
マリコは、自分以外が転移していく時はゲームでも同じように見えていたことを思い出した。自分自身が転移門を使うと石柱の間に白っぽい光の膜のようなものが架かり、それを突き抜けていくのだ。
(それにしても)
先ほどの四人の様子に、アドレー本人はともかく、彼らは様付けも楽しんでやっているとしか思えないなと、マリコは思った。
「じゃあ、次はあたし達ね」
アドレー達が消えたのを見届けた後、ミカエラ達が進み出た。こちらも四人が石畳に上がる中、バルトだけがマリコのところにやってくる。
「アドレー達と同じことを言ってなんだが、また練習に付き合ってもらえるだろうか?」
「はい。それはこちらこそお願いしたいところです」
勝ち負けだけを見ればマリコの勝ちに終わった今朝の手合せだったが、マリコにも得るところは多かった。実戦経験に基づいたバルト達の動きは、モニター越しに「マリコ」を操っていては手に入れられないものである。第一、まだ剣でしか戦っていない。斧や鈍器、さらに弓や魔法が加わった時、どういう戦いになるのか。己の能力を把握するためにもバルト達との手合せは必要だとマリコには思えた。
「ありがとう、マリコ……さん。では、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
そう口にした途端、マリコは既視感を覚えた。誰かを行ってらっしゃいと送り出した感覚である。さっきアドレー達に同じ言葉を向けた時には感じなかったことだった。昔、仕事に向かう母に向けて言ったことか、祖母に向けて言ったことか、それとも。自分が社会に出てからは専ら送り出される側だったはずなので、マリコは何とも不思議に感じた。
やがて、バルト達五人も転移門の向こうへと消え、門には見送りの者だけが残された。皆がそれぞれ里に戻っていく中、マリコは門の石柱を見つめる。
「さて、我々も戻ろう。マリコ殿」
「あ、ちょっと待ってください」
「どうなされた?」
「ええ、一度転移門を試してみようと思ってたんです」
「何、今からどこかへ行こうと言われるのか!?」
マリコの話にミランダが驚いた声を上げる。
「いえいえ、本当に行くんじゃありません。私がどこに行けるのかを確かめてみようと思いまして」
「ああ、途中までやってみられる、ということだな」
「そういうことです」
マリコの説明でミランダは分かったようだった。行ったことのある門にしか転移できない、というのはタリアに説明された話である。であれば、転移門を使おうとしさえすれば、自分が行けるのはどことどこの門かが分かるはずだった。
ミランダが見守る中、マリコは石畳に上がると門を使いたいと念じる。すると、マリコの視界に、ゲームの時液晶モニターに映し出された物と同じような地図ウィンドウが開いた。
「これは……」
マリコは思わず声を漏らした。
◇
誰もいない転移門の黒い二本の石柱の間に、白い光の幕が架かった。
十数秒の後、その幕を通り抜けて五つの人影が次々と姿を現した。バルト達である。
「なあ、バルト」
「ねえ、バルト」
白い石畳から出るために歩を進めるバルトの背中に、二人分の声が掛かった。バルトは足を止めてそちらに顔を向ける。
「なんだ、トル、カリーネ」
同時に話しかけてしまったトルステンとカリーネは、瞬時に目配せし合う。カリーネは留まり、トルステンが一歩前へ出た。
「マリコさんだけど」
「ああ」
「あれは難敵だよ?」
トルステンの声に笑いの粒子がかすかに混ざる。
「ああ」
「それでも?」
「ああ、それでも」
それだけ言うと、バルトはまた歩き出した。
トルステンは一歩後ろに立つカリーネを振り返った。二人は一瞬見つめあうと、やれやれという表情で笑い合った。
転移門の使い方については「013 世界の始まり 10」で出てきた話です。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。