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新世界のメイド(仮)さんと女神様  作者: あい えうお
第三章 メイド(仮)さんの生活
126/502

番外 002 故郷の味

 あけましておめでとうございます。

 今回は元日記念特別編です。当初は活動報告に上げようかと思っていたのですが、思いのほか長くなりましたのでこちらへ押し込みました。

 作品内の時系列としては大分先の話になっておりますが、今後の本編自体との整合性があるかどうかも分からない、ネタ満載の内容となっておりますので、「作者によるセルフ二次創作かあ」くらいに思って気楽にご覧ください。


 なお、本編の方は昨日(12/31)の朝に更新しておりますので、未読の方は「前の話」をご覧ください。

 今日は十二月三十一日、マリコの感覚だと大晦日である。一年の締め括り、また明日は新年の行事もあるということで、ここナザールの宿も朝からいろいろと(せわ)しない。


 そんな中、マリコは厨房でサニアが夜に向けてパスタの準備の指示を出しているのを耳にした。パスタと一口に言ってもいろいろ種類があるが、今日のサニアの指示はスパゲッティである。


「サニアさん、どうしてまた今日に限ってスパゲッティなんですか?」


「え? ええと、私もくわしいことはよく知らないんだけどね。年末の晩にスパゲッティを食べると、細く長くって縁起がいいらしいのよ」


「は?」


 まさかの年越しスパゲッティであった。


 マリコがここへ来てもう半年以上の月日が経つ。この世界の妙な和洋折衷、中途半端な日本感覚にもいい加減慣れたつもりではあったものの、今回のはさすがに違和感を拭えなかった。


(年越しならさすがにソバだろう。……ん? ソバ? ……あれ?)


「ああっ!」


 頭の中でツッコミを入れたマリコは、そこからの連想で思い出したあることに愕然として思わず大声を上げた。


「いきなりどうしたの!?」


「どうなされた、マリコ殿」


 突如のマリコの声に、話をしていたサニアと傍にいたミランダが驚いて問いかけて来る。しかし、マリコはワナワナと身体を震わせるばかりで、彼女達の声は耳に届いていないようだった。


(なんということだ。パスタばかりであったとはいえ、麺類は時折口にしていたというのに……)


 震える腕を上げて頭を抱えたマリコは、その場にガクリと膝をついた。パスタのメニューについては、マリコの発案ということで新たに広まりつつあるものまであるのが現状なのである。


「ちょっと、本当に大丈夫なの?」


「何があったのだ、マリコ殿」


(今日が大晦日……。明日から新年……。よし、まだ、まだ間に合う!)


 サニア達の声も耳に届いていないらしく、頭を抱えて座り込んでいたマリコはしばらくそのまま固まっていたかと思うと、突如くわっと頭を上げた。中空をにらんだ視線はびくとも動かず、その瞳が何を捉えているのか余人にはうかがい知ることができない。


(要る物は……、あれとあれと……ああ、あれはあるな。それと、あれはどこで手に入るだろう。あれがなければ始まらない)


 二人が心配そうに見守る中、マリコは頭の中で必要な物を数え上げていく。もちろん、こちらでまだ見たことがない物もあった。しかし、今このナザールの里に無くともこの世界のどこかにはきっとあると、何故かマリコは確信していた。


(分からない物についてはとりあえずタリアさんに聞こう。よし)


 マリコは無言のまま、スッと音も無く立ち上がった。


「「ひっ」」


 その尋常でない、静かな怒りに支配されたかの如き様子に、ミランダ達は短く悲鳴を上げて互いの手を取り合った。マリコはゆっくりと視線を巡らせるとミランダを見た。


「ミランダさん」


「は!」


 呼びかけられたミランダは思わず返事をした。マリコの目の色が変わっていたのだ。それはかつて、自分の耳としっぽを撫でさせてほしいと言った時の色にそっくりだった。ただ、あの時とは身に(まと)う雰囲気が違う。今のマリコを止めてはならない、否、止める手立てなどないと、ミランダの本能が告げていた。


「私は今から、修羅に入ります」


「修羅!? マリコ殿、貴殿は一体何と闘うおつもりか」


 どう見ても臨戦態勢にあるマリコに、これだけは聞いておかねばと、意を決してミランダは聞いた。


「うどんです」


「ウドン?」


「そうです。私はうどんを打たねばなりません」


「ウドンを……討つ!? それはどこかの魔物か何かなのか、マリコ殿!?」


「魔物? ……ええ、魔物と言って差し支えないでしょう。我が故郷の人々を(ことごと)く魅了し、彼らが日々幾度と無く挑み、そして生涯を通じて追い続ける長く白き魔物。それがうどんです」


「長く白き魔物……。そのようなものがマリコ殿の故郷にはいると申されるか」


 そんなものと毎日戦い続けるというマリコの故郷とは、一体どんなところなのか。ミランダはマリコの強さの正体を垣間見た気がした。


「永らく忘れていましたが、思い出した以上、私はうどんを、その麺を打たねばなりません」


「マリコ殿……」


 マリコがそう言う以上、その魔物は面に打ち込まねば倒せないのだろう。強い相手に面を入れることの困難さを思い出して、ミランダは密かにその身を震わせるのだった。


「そのために必要な物を、私は今から集めに行かねばなりません。ついてはミランダさん、その間にあなたに準備していただきたい物があります」


「私に!? 私に手伝えることがあると申されるか。何でも申されよ、マリコ殿。貴殿がそこまでの決意で挑まれようとする相手だ。私にできることがあるのなら、身命に賭けて応えてみせよう」


 盛大な勘違いをしながら応じるミランダに、マリコは頷き返すと頼む品の説明をしていった。


「何だそれは、専用の武装か」


 話を聞き終えたミランダの第一声である。


「そのような得物で挑まねばならぬとは、何か特殊な属性を持っているということか……」


 うどんのためにこの場を離れることをサニアに断っているマリコの背中を眺めながら、ミランダはまだ見ぬ謎の魔物に思いを馳せた。そのマリコが足りない物のありかを聞くと言ってタリアの元へと去った後、ミランダは己が託された使命について考える。


(マリコ殿もダニー殿を訪ねろと言っていたな。彼の者に言えば分かるはずだと)


「ではサニア殿、私も雑貨屋へ行ってくることにする」


「はい、いってらっしゃい」


「うむ、ウドンなる魔物に面を打ち込むために特化した武器だそうだ。マリコ殿は一体それをどう使って倒されるのであろうな」


 そう言い置いて厨房を出て行くミランダを、サニアは手を振って見送った。


 実際のところ、今日マリコがいないというのは宿としては痛い。だが、時折あのようになるマリコは大抵、サニア達が食べたことのない美味しいものか、生活を便利にしてくれる何かを作り出してくるので、サニアは自分達のためにもそれを止めようとは思わなかった。


 一方のミランダはというと、以前と比べれば調理の腕も格段に上がっている。とは言え、厨房の主戦力となるにはまだまだ力不足であり、仕込みの際にいなくてもさほど問題は無い。彼女が期待されているのは給仕としての能力であって、夕方までに戻るならそれでよしというのがサニアの考えだった。


「ミランダは何か誤解しているみたいだったけど、マリコさんが挑もうとしているのはどう考えても食べ物よねえ」


 そう、サニアは途中で気付いていた。マリコの物言いこそ物騒ではあったが、本当に戦うわけではないと。その上、ミランダに頼んでいた道具である。


 長さ九十センチ、太さ三センチ強、なるべく堅い材質の滑らかな丸い木の棒と、できれば同じ木で作られた一メートル角の、こちらも滑らかな木の板。


 サイズこそ大きめだが、これは明らかにパスタやクッキーなどを作る時に生地を伸ばすのに使うのし棒とその台であろう。それが分かったので、サニアはマリコを送り出したのだ。マリコが作るであろう、未知の料理に期待して。


 ◇


 マリコは走っていた。目指す先は転移門である。


 うどんに必要な材料の所在についてタリアに聞いたマリコは、そのほとんどが里の中で賄えると知って驚喜した。最も重要な小麦粉――うどんに使うのは中力粉である――は、里のパン屋が扱っていると聞いて見に行った。そこでマリコを待っていたのは、大分遠い地方で最近作られた品種を試しに少しだけ仕入れてみたという真っ白な粉二十五キロだった。


 うどんにしてみないことには結論は出せないものの、その粉はマリコの記憶にあるASW――オーストラリアン・スタンダード・ホワイト――にそっくりだったのだ。少し舐めさせてもらって、本当にASWそのものだと分かったマリコは笑みを浮かべて頷いた。この分なら、マリコの知らないどこかにはさぬきの夢2000や2009もあるかもしれない。ただ、それを探すのはまたの機会である。


 薄口醤油、鰹節、昆布。それらの物は既にあることが分かっていた。中にはバルト達探検者(エクスプローラー)が他の街から持ち帰ったことで存在を知り、その後そこの街から仕入れるようになったものもある。こうして、ただ一つの物を除いて材料の目処(めど)が立った。


――いりこ? 何だい、それは? イワシの煮干? あー、それはさすがにこの辺では聞かないねえ


 マリコにとって、うどんとはまず、かけ(・・)である。


 その辺りは個人の趣味嗜好に違いがありすぎるので、その是非についての議論はここではしない。とにかく、マリコ個人のスタンダードは締めたうどんを湯通ししていりこだしの効いた(つゆ)をかけた「かけうどん」であった。いりこの入らぬかけだしなど認められるわけがない。


 その後、タリアの知っている限りのことを聞き出したマリコは、転移門へと向かったのだった。


 転移門に触れたマリコは、現れた地図の遥か西方へと目を向ける。


――ずっと西の方にある島が産地だって聞いたことがあるね


 そして、マリコは見つけた。ナザールの里から四つの門を超えてずっと西にある島の転移門。その門の名前を目にして、マリコはここだと確信する。そこを選んで、マリコは転移門に入った。


 ◇


 転移門を抜けたマリコを待っていたのは、海の香りをはらんだ風だった。丘の上に立つ転移門にすぐ目の前のように見える、青というよりやや緑がかった海から風が駆け登ってきていた。


「この風! この肌触りこそ潮の香よ!」


 イブキの門。


 数百メートル四方もない島で見つかった門である。豊かな海に囲まれた島にできた里は、当然のように漁師の里となった。マリコは眼下に見えるその漁師の里へと駆け下りていった。


「なんがでっきょんな!?」


「うちんきのいりこは世界一(せかいいっ)ちゃきん!」


 独特の方言を使うイブキの里で、念願のいりこ――サイズも各種――を手に入れた。海辺の里ならではのことではあるが、どこかで手に入れられればいいなと思っていた物もついでに入手できたマリコはホクホク顔である。


 主に鮮度の問題になるが、上手に作られたいりこは魚臭さがほとんどしない。マリコにとって残念だったのは、いりこの生産時期は夏だということであった。島中に作られたいりこの干し場も、今はただの広場である。来年は夏に来てできたてのいりこを買おうと心に誓って、マリコは里を後にした。


 ◇


 マリコがかき集めた材料は、全て中庭の小屋へと運び込まれた。この小屋はマリコの提案で厨房の補助のために建てられたものだが、今ではもっぱらマリコの作業場として使われている。マリコがここに籠って出てくる度に美味しいものや便利なものが増えていくので、里の者達が密かにここを「マリコのアトリエ」と呼んでいることをマリコは知らない。


 実のところ、マリコはうどんを打ったことがない。子供の頃、祖母が打つのを見ていた覚えがあり、大人になってから某うどん屋のばあちゃんの作業を見せてもらったことがある程度である。


 だが、マリコに不安はなかった。


 実作業をみせてもらった当時は「おお、すげえ」くらいしか言えなかったが、「マリコ」の持つスキルとそれに伴う知識を得た今、改めてその光景を思い出すと、その動作ひとつひとつに込められた意味を理解することができたのである。


 小麦粉、水、塩を混ぜてこね合わせ、団子状にして寝かせた後、延ばして切って茹でる。うどんの製造過程は、簡単に言ってしまうとこれだけである。ただ、その単純な過程の中に先人達の知恵と経験がどれだけ込められているかが、できあがりの差に直結するのだ。


 名人は今日と明日――うどんを仕込む日と茹でる日である――の季節や天候、温度や湿度といった条件に応じて、塩の量や踏み込み方、茹で加減を決めるという。


「ははっ」


 材料を前に、マリコは笑う。


「分かる、分かるぞ。私にも、塩梅が分かる!」


 マリコは腕まくりをすると、小麦粉、否、うどん粉との戦いに身を投じた。


 ◇


(今夜茹でるとなるとさすがに寝かせる時間が短くなるのだけはどうしようもないな)


 マリコとしては、本来なら一晩寝かせたいところだったが、年が明けるのは今夜半。年越しスパゲッティに勝負を挑むならさらに時間はない。そうマリコが考えていたところへ、ミランダが戻ってきた。


「マリコ殿! これでよろしいか!?」


 ミランダは頼まれた物を取り出すと、「アトリエ」の台の上に置いた。


 長さ三尺、太さ一寸、肌触りも滑らかな、おそらく樫の木でできた美しい円柱と、同じ材料で作られた滑らかな分厚い板。見事な麺棒と麺台であった。


「予想以上です。ありがとうございます、ミランダさん」


「ああいや、礼ならダニー殿に。私がしたのはただのお使いに過ぎぬ」


 謙遜するミランダだったが、悪い気分ではないのだろう。顔には笑みが浮かんでいる。


「で、マリコ殿。これでウドンに面を打ち込めるのか?」


「ええ。これで大丈夫です」


 マリコはミランダに笑みを返すと、大鍋の準備をし始めた。うどんを投入しても湯の温度が下がらないことが重要なのである。


 ◇


「ネギが足りませーん!」


「裏の畑に生えてるから、欲しけりゃ待ってる間に自分で切ってこいって言いな!」


 フロアからの悲鳴にタリアの怒声が応じる。


 いりことかつおとコンブの出汁におろししょうがと刻みネギ。それがかけうどんの基本である。そこへ、イブキの里で手に入れた紅白のカマボコと海老のてんぷら、花の形に整えられた薄切り人参が載せられる。


――これが、年明けうどんです!!


 結局、準備したスパゲッティを無駄にするのはいかがなものかと考えたマリコによって、年明けちょうどに打ち鳴らされる鐘と共に食堂に投入されたうどんは、瞬く間に戦場を席巻した。


 飲み疲れた胃腸にあたたかなうどんは至高である。重くはないが、それでもしっかりと味を主張する出汁。身体に染みていくしょうがとネギ。そして、スパゲッティより遥かに長いうどんの白と具の赤の描き出すおめでたさ。


 皆が我も我もと殺到する中、ただ一人憮然とした顔をする者がいる。


「ウドンとはこのことだったのか。パスタではないか」


「違います。うどんです」


「マリコ殿はこんなものと戦っていると、そう言われるのか」


「それは、これを食べてみて、それから言ってください」


 マリコはミランダにドンブリを差し出す。具の載っていない、素のかけうどん。ミランダはいぶかしげにしながらもそれを受け取ると、箸で一筋摘み上げて口に運んだ。


 口の中に広がる小麦の香りといりこの香り。いりこの持つ若干の魚臭さを押さえると同時に食欲をかきたてるしょうがとネギ。麺を噛むと、さらに小麦の香りが広がり、かすかな甘みを感じる。


 ミランダは顔を上げてマリコを見た。


「確かに美味しいと私にも思える。だが、これが生涯追い続けるほどのものなのか、マリコ殿」


「ミランダさん。それは、私が好きな、うどんの食べ方のひとつに過ぎません。あなたは今、うどんの道の入り口に立って、中を覗き込んだだけなのです」


 二人の間に沈黙が落ち、ただ、うどんから立ち昇る湯気だけが揺らめいていた。


 ◇


 違う食べ方――釜玉――に出会ってしまったミランダが、己とうどんとの長い闘いを始めることになるのは、もう少し先の話である。

改めまして、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。

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