125 出発 1
運動場に集まった人達の過半数は男共だったが、女の人もそこそこは混ざっていた。マリコやカリーネ達を除いても十人以上はやってきていた。そのほぼ全員が、鍛錬の後そのまま風呂へと移動したので、現在女湯の洗い場は満席状態である。
朝の鍛錬に出てくるのはさすがに比較的若い世代が多い。皆、身体を洗いながらも姦しい声が飛び交っている。タリアが先に送り出してくれたおかげで既に湯船に浸かっていられるマリコは、洗い場の様子をぼんやりと眺めながら、肌の色や体つきも十人十色だなあ、などとのんきなことを考えていた。
「マリコ殿マリコ殿。このまま浸かっていると、身体を洗い終えた彼の者達に捕まることになるぞ」
隣に座っていたミランダが、肘でマリコの脇腹をつつきながら不穏なことを口にする。確かに先ほどからチラチラとこちらをうかがう視線は感じていたところである。マリコはカリーネ達と目配せし合うと立ち上がり、そそくさと浴室を後にした。さすがにもう慣れてきた感のある着替えやら何やらを済ませて外に出る。
部屋で出発の準備をするというカリーネ達とは宿の建物に入った所で別れ、マリコとミランダは厨房へ入った。折りしも厨房は朝食準備の真っ只中である。しかも、運動場からそのまま流れてきた者も結構いたようで、朝の食事時間前にもかかわらず食堂の席に陣取って待っているのが見える。マリコはミランダと頷き合うと即座に参戦した。
◇
しばらくして、少々前倒しで朝食の時間が始まったこと以外はいつもの食堂の光景になった。しかし、やがて現れたアドレー達に続いてバルト達が姿を見せ、その席に料理が載ったトレイを持ったマリコが近づくと周りからかすかにどよめきが上がる。
(あー、皆の前でバルトさん達に勝っちゃったんだものなあ)
バルト達自体はさほど気にしていないようだったのだが、里の者達からすればそれでは済まないのだろう。興味津々の視線が集まるのがマリコにも感じられた。給仕をしているマリコがカリーネ達に声をかけられ、そのまま普通に話していると、周囲からため息のような声が上がる。
「じゃあ、皆さんはこのまま?」
「ええ、ご飯をいただいたら転移門に向かうつもりですよ」
「まあ、用足しに行くだけだから、二、三日で戻って来るんだけどね」
「二、三日で戻って来れるんですから、転移門様々ね」
宿の中なのでさすがに帯剣こそしていないが、装備を整えて席に着いていたバルト達の姿を不思議に思ったマリコの質問にカリーネとトルステンが答えた。その話の中に出てきた言葉がマリコは気になった。
(転移門……)
マリコが三日前に目を覚ました場所である。その後タリアに話を聞いたにもかかわらず、思い出してみれば未だにマリコは転移門に行っていなかった。現代日本には絶対に無く、ゲームとこの世界にはある物。あれを調べてみれば何か分かるのではないかと、今さらながらマリコは気が付いたのだった。
空になったトレイを持ってマリコがカウンターに戻ると、ちょうどミランダもアドレー達の席から戻ってくるところだった。また彼らに発破だか文句だかを言ってきたようだったが、その割には複雑そうな顔をしている。
「どうかしたんですか?」
「ああ、マリコ殿か。いや、大した事ではない、……あ、そうか。マリコ殿に一緒に行ってもらえば……」
彼女にしては歯切れの悪い返事をしたかと思うとなにやら考え込んだミランダは、じきに顔を上げてマリコを見た。
「マリコ殿、この後、転移門まで付き合ってはもらえぬだろうか?」
「え、転移門!?」
ミランダの口から出た意外な言葉にマリコは思わず聞き返した。
詳しい話を聞いてみると、拝み倒されてのことなのか売り言葉に買い言葉だったのかはマリコにはよく分からなかったが、とにかくミランダはアドレー達を転移門まで見送りに行くことになったということは分かった。ただ、自分だけで行くと彼らに好意なり未練なりを持っているかのように見えてしまいそうなので、マリコにも一緒に来て欲しいということだった。
「私は構わないんですけど、後の仕事の予定は……」
ちょうど気になった転移門に行けるのならそれに越したことはない。だが、今日は休みというわけではなかったはずである。マリコはカウンターの中にいるサニアを振り返った。昨日タリアにいろいろやってもらうようなことを言われていたが、具体的な話は聞いていないのである。
「見送り? マリコさんも? いいわよ、いってらっしゃい」
マリコの視線に気付いてこちらにやってきたサニアは、話を聞くと事も無げに言った。
「見送りから戻ったら、ミランダ達も出るんでしょう?」
「ああ、そのつもりだ」
「じゃあ、マリコさんも一緒にいた方が早いわね」
「確かにそうだな。ではそうさせていただく。よし、マリコ殿。そういうわけだから転移門までご同行願いたい」
「いや、行くのはいいんですが、そういうわけって何ですか」
マリコを振り返って笑顔を見せるミランダだったが、マリコには今の会話が意味不明である。当然聞き返した。
「ん? ああ、マリコ殿にも言ったであろう。狩りだ狩り。今日は……見送りから戻ったら、になったが、野豚を狩りに行くのだ」
「狩り!? 確かに行くとは聞きましたけど、今日ですか」
肉のストックが切れそうだから狩りに行く、という話はした覚えはある。だが、野豚狩りというのは、今日行くとかいう手軽なものなのだろうかとマリコは首をひねった。
「ああ、そんなに遠くまで行くわけではない故な。南側の森にちょっと入ったところまでだ。遅くとも夕方までには戻れるはずだ。今日の所は、マリコ殿は一緒に行ってどんなものか見ていただければよい」
「そういうものですか」
「そういうものだ」
「じゃあ、お見送りが済んだらお弁当を取りにきなさいね、ミランダ」
「承知した」
二人ののんきそうな会話にマリコは、狩りと聞いて構えていた自分がなんとなく馬鹿らしくなった。
(とは言え、初めてには違いないんだ。どんなものかよく見てくることにしよう)
その後、マリコ達が給仕をしたり、合間で自分達の朝食を摂ったりしていると、バルトやアドレー達も食事を終えて出発することになった。彼らと一緒にマリコ達も宿を出る。麦畑の間を抜けて転移門の方へと進んでいく。
マリコにとって意外なことに、見送りはマリコ達だけではなかった。数人の男女が、男はバルト達男の誰かに、女はカリーネ達女の誰かに、それぞれ近づいては何やら話している。
「あれは何をしてるんですか?」
「ああ、あれは多分買物を頼んでいるのであろう」
「買物?」
遠い街まで行く探検者に近くでは手に入りにくい物の購入などの頼みごとをすることがある、というのはマリコも分かる話である。サニアも狩りの成果の何かの売買をそのままバルト達に頼んでいると言っていた。しかし、そういう話は宿にいる時に済ませているものではないのかと、マリコは不思議に思った。
「今頼んでいるのは、恐らく周りにあまり知られたくない類の買物であろう」
「知られたくない?」
(アダルトDVD……はあるわけが無いから、そういう本とかだろうか?)
マリコは周りに内緒で買うならそういう物だろうかと密かに考えた。確かに一緒に来ている者達は若い者ばかりであるし、皆同性に頼んでいるように見える。若いなあ、などと思う。
「家族や恋人に贈る物であれば、相手に知られてしまってはつまらないであろう?」
「あ、ああ。そういうことですか」
(確かにプレゼントとかなら、おおっぴらにしたくないよなあ。何が若いなあだ、全く。やれやれ、口に出さなくてよかった)
ミランダが続けた言葉に、マリコは自分の下世話さ加減がちょっと情けなく思えた。
「まあ、異性には見せられない物を頼む者も結構いるとは聞くが」
やや顔を赤らめながらミランダがボソリとつぶやいた言葉は、マリコの耳には届かなかった。
今年最後の更新、の最後がこんなですよ><。
こんなですが、来年もよろしくお願いいたします(汗)。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。