123 手合せ 3
早朝の運動場。普段なら己を鍛えている者がいる時間帯だが、今現在鍛錬をしている者は一人もいない。かと言って、運動場が無人なのかと言えばそうではなく、そこには普段以上の人数が集まっていた。彼らは自分の鍛錬を放り出して、運動場のほぼ中央を遠巻きに取り囲んで人垣を作っているのだった。
その人垣の中では一組の男女が向かい合っていた。黒っぽい革鎧の男と黒く丈の長いメイド服に白いエプロンの女。もちろん、バルトとマリコである。周囲の皆が見つめる中、二人は固く抱きしめあってのラブシーンの最中、などではなく、二人の間には数メートルの距離がありそれぞれの手には得物が握られていた。
マリコが手にしているのは昨日も借りて使ったミランダの木刀で、バルトの方も同じような木刀――こちらは自前――を持っている。さすがに初めての手合せで本身の剣を使うわけにはいかなかった。
片や最前線であるナザールの里において最も危険とされる方面を受け持つ組を率いるバルト、片や宿の若手を率いるミランダに勝利したとされ、つい先ほども凄まじい素振りを披露した、里で今最も注目を集めているマリコである。たとえ単なる手合せと言えども、この一戦に興味を持たない者はこの場にはいなかった。
「じゃあ、いいかい。始めるよ。……構え!」
少し下がった位置に立った審判役のタリアが二人を順に見渡し、両方から頷きが返ってきたのを確認して声を上げた。二人は共に、基本通りの中段に構える。周囲の人垣から息を呑む音が漏れ聞こえた。
「始め!」
「ぬうっ!」
開始の掛け声と共に、バルトは唸り声を上げて地を蹴る。数メートルの距離を一足飛びに詰めると、その勢いを乗せた突きを繰り出した。ギャラリーから、おおっと意外そうな声が上がる。里の探検者において最強とも言われるバルトが、この手の手合せで受けに回らず初手から攻撃に出たことが珍しかったのである。
「くっ!」
いきなりの突きにマリコはやや意表を突かれたものの、突き出されてくる木刀を反射的に横に払った。硬い木同士がぶつかる音が響いてバルトの剣の軌道がわずかにそらされる。バルトは突きの勢いを殺さず、そのままマリコの脇を走り抜けた。
盾を持たない状態で突きを受け止めるのは非常に困難である。剣の切先という迫ってくる「点」を、自分の剣という「線」で受けねばならないからだ。だが、正面からは点に見える突きも、実際にはその後ろに刀身という「長さ」が存在する。マリコはそこに横からの力を加えることで「点」の進行方向を変えたのだった。
すれ違う形になった二人はそれぞれ振り返り、位置を入れ替えて再び相対する。が、バルトは即座にまた踏み込んで、今度はマリコの足元から逆袈裟に切り上げた。
左足側から駆け上がってくるバルトの刀をマリコはまた反射的に外側にわずかに弾くように受け流す。バルトは弾かれた刀を強引に回して切り返し、今度はマリコの右足側から切り上げる。先ほどの素振りでマリコが見せた逆袈裟の切り返しを、今度はバルトが演じていた。
逆袈裟。弾く。逆袈裟。弾く。逆袈裟。弾く。逆袈裟。弾く。
(一つ一つが正確で重い。確かにこの人はミランダさんより強い。でも)
高速で切り返すバルトの刀を、ことごとく受け流してみせながらマリコは考える。そして、何度目かの逆袈裟を弾いた後、自分の右側を回り込もうとするバルトの刀の下に自分の得物を滑り込ませてその動きを止めようとした。およそ肩の高さで、二本の木刀がガツンとぶつかる。
(これで動きが止まるなら、次は力比べ。それなら……)
マリコがそこまで考えた時、噛み合った木刀の下からバルトの左脚が迫っているのに気付いて、マリコは目を見開いた。腕の力を抜くと同時に地面を蹴りつける。感覚が拡大し、全てがスローモーションになったかのようにゆっくりと進んでいく。
わずかに身体を後ろに傾けることができたマリコの胸元を掠めて、バルトのブーツが横切っていく。倒れそうになる勢いのまま、マリコは無理矢理もう一度地面を蹴った。長いスカートを銀杏の葉の形になびかせながら、マリコは自分の膝を身体に引きつける。
図らずもトンボを切る形になったマリコは、そのまま空中で一回転した。そして再び前に目を向けることができた時、目の前をバルトの右のかかとが通過していった。
(切り返しを止められた反動を利用して二段回し蹴り!?)
なにやら地の文ばっかりに><。
ちゃんと状況が伝わってるでしょうか。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。
2015/12/28 以前の話で「木刀」だったものを「木剣」と書いてしまっていた点を修正。