122 手合せ 2
声の主はトルステンだった。カリーネ達を引き連れ、バルトと並んでマリコ達の方へと向かいながら軽く右手を上げる。大柄な筋肉質の男が黒っぽい革鎧に長剣を佩き盾を背負った姿は剣呑にも見えるのだが、その身体に載った顔に浮かんだ穏やかな笑みが雰囲気を和らげていた。ただし、その笑みのせいで元々やや細めの茶色い瞳がさらに細く、糸のようになってしまっている。
一方のバルトは顔にやや固い表情を貼り付け、マリコを見ると会釈のつもりか一度浅く頷いた。こちらもトルステンと同じような黒っぽい革鎧を着け、背中にはいつもの大剣を背負っている。
近づいてくるバルト達の姿を目にして、マリコは先ほどまでの気分も忘れて目を輝かせた。しかし、それはバルト達本人に対してではない。今マリコの目に映っているのは、彼らが装備している得物の方だった。
(おお、あれはロングソードと、トゥハンドソードか!?)
こちらで目覚めてから昨日までの間に、マリコがそういった武器を全く見かけなかったわけではない。カミルやタリアの腰にあった小剣や短剣、門番が持っていた槍などいくつかは目にしている。ただ、持ち主が普段着姿だったことも相まって、何となく日常の風景のようにとらえていた。要するに、さほどマリコの琴線に触れなかったのである。
しかし、金属鎧フル装備というほどではないにせよ、ゲームや小説に出てくるような冒険者然とした格好のバルト達が長物を装備しているというファンタジックな光景は、マリコの心を揺さぶるのに十分なインパクトを持っていた。特に大剣には思い入れもある。マリコは魅入られたように、自分からもバルト達に歩み寄って行った。
「今背負っているのが、バルトさんのいつもの武器なんですか?」
「あ、ああ……、そうだ」
挨拶もそこそこに笑顔で話しかけてくるマリコに、バルトは少々面食らって目を瞬かせた。マリコについてきたミランダも、気乗りしない様子だったマリコの豹変に目を丸くしている。
「抜いて見せていただいても構いませんか?」
「ああ、構わない」
バルトは右肩の後ろに出ている、滑り止めの革が巻かれた柄に手を掛けると親指で留め金をはずす。そのまま柄を少し持ち上げると、鞘の横から長い刀身が現れた。
「おお、横から出てくる作りになってるんですね」
「ああ、この長さだと普通に抜くのは無理だからな」
バルトが背負っている鞘は断面がコの字型をしている。そのコの字の内側に刀身を納め、切先の数センチほどと柄元の留め金で固定しておく構造になっていた。抜いてはみたものの、バルトの目の前にはマリコとミランダがおり、横や後ろにはトルステンやカリーネ達が立っている。構えるわけにもいかず、バルトはマリコに答えながら刀身をぶら下げるように捧げ持った。
「それ、振らせてもらってもいいですか?」
「えっ!?」
マリコの顔を見返したバルトは期待に輝く瞳をのぞきこむことになって、今度は自分の頬に熱が上がってくるのを感じた。そこから目を逸らすように、マリコの背後に立つミランダ、自分の脇に立つトルステンと順に顔を巡らせると、二人とも黙って頷きを返してくる。
「じゃあ、どうぞ」
「マリコ殿が剣を振るぞ! 皆、下がって場所を開けて欲しい!」
バルトが大剣をぶら下げたままの右手をマリコの方へ差し出すと、ミランダが辺りを見渡して声を上げた。いつの間にかマリコ達の周りにできていたギャラリーの人垣が、ミランダの声にあわててわらわらと下がって行った。カリーネ達や剣を渡したバルトもそれに続いて距離を取る。
(さすがに重いな。でも思っていたほどでもないかな)
バルトから剣を受け取ったマリコは、まずそう思った。以前、知り合いが持たせてくれた本物の日本刀と比べると確かに重かった。おそらく倍くらいはあるように感じる。しかし、杭打ちなどで使ったことのある十ポンド――約四千五百グラム――のハンマーよりは大分軽いように思えた。
次にマリコは五十センチほどもある柄の中程をつかんだ手首をヒョイと返すと、切先を上に向けて鈍い鋼の輝きを放つ刃を眺めた。刀身の長さは一メートルと少し、幅は七、八センチほどだろうか。厚みは一センチ近くあるが、日本刀でいうところの鎬の部分には溝が掘られており、強度保持と軽量化を両立させているようだった。大きな街の鍛冶屋に修理に行くと聞いたとおり、刀身にはいくつかの傷や小さな刃こぼれができている。
マリコは両手で大剣を構えるとわずかに笑みを浮かべた。中段から思い切り振りかぶって軽く振り下ろす。剣先がヒュッと風を切った後、地面スレスレでぴたりと止まる。ギャラリーから歓声が上がった。
(本当によく似てるよなあ)
バルトの剣は、ゲームの「マリコ」が初めて手に入れた両手剣、NPCの商店で売られていたトゥハンドソードにそっくりだったのだ。特殊効果も属性付与も何もない、どノーマルのトゥハンドソード。それを「マリコ」は愛用した。
マリコは徐々に速度を上げながら、素振りを続ける。風切り音がヒュンヒュンからビュンビュンになり、切先の動きが常人の目には捉えられない速さになっても、振り下ろした剣先が地面に触れることはない。トルステンとカリーネは息を呑んでそれを見つめた。
その後、ドロップアイテムやギルメンに鍛冶スキルで作ってもらった物など、「マリコ」は何振りかの両手剣を手に入れた。それらは「マリコ」の冒険の相棒となり、最終的にはアイテムストレージに仕舞われていたはずだった。だが、その中に件のトゥハンドソードは無い。
(使い潰しちゃったんだよなあ、あれ)
あのトゥハンドソードを実際に振ったらこんな感じだったのだろうか。そう思いながらマリコは剣を振るう。切り返し、袈裟切り、逆袈裟と型を変える度に緩から急へ。唸りを上げては何事もなかったかのように止まるかと思えば、いつ終わるのかと思えるような瀑布のごとき連続技を。マリコは笑みを浮かべたまま舞い続けた。いつしか、声を上げる者はいなくなっていた。
実際には、ほんの数分に満たぬ間であっただろう。マリコが動きを止めて顔を上げた時、ミランダはいつの間にかするのを忘れていた息を、思い切り吐き出した。ミランダだけでなく、周り中から深く息をつく音が聞こえた。
「それでバルトさんは、手合せにこれを使うんですか?」
「「「「いやいやいやいや」」」」
いい笑顔で大剣を掲げて見せるマリコに、全員からツッコミが入った。
次回こそ手合せしますから!
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