121 手合せ 1
少々短めです。
翌朝。
「マリコ殿、起きられよ」
昨日と同じく、マリコはミランダに肩を揺さぶられて目を覚ました。彼女の薦めで購入したパジャマのおかげで、胸を摘み上げられて起こされる事態は避けられたようである。ただし、全部留めて寝たはずの上着のボタンがいくつかはずれてしまっていたので、少々際どい姿になっていたことには変わりなく、辛うじて避けられたというのが本当のところだった。
(そんなに寝相が悪かった覚えはないんだけどなあ)
「バルト殿達はもう外に出て行かれたようだぞ。マリコ殿も急がれよ」
自分の寝相に首をひねっていたマリコをミランダが急きたてる。ミランダとしてはマリコとバルトの手合せが気になるのだろうなとマリコは思うが、マリコ自身は何となく気が乗らなかった。
昨夜、お前馬鹿か、あなた馬鹿なの、とトルステンやカリーネに責められながらバルトが引っ立てられて行った後、マリコ達も厨房に戻った。夕食の席上、風呂場での話も話題に上がり、本物の告白ではなかったことも含めて皆の知るところとなった。それでもそういう話が好きなのが人というものである。どうだった、どう思ったと根掘り葉掘り聞かれて、マリコはなんとも複雑な気分にさせられた。
実際、里の中でのバルトの人気は高く、密かに狙っている者もそれなりにいるらしいということだった。今のところバルト本人にそういう気がないらしい点と、同じ組にいるミカエラとサンドラの存在が皆に表立った行動を取らせないのだろう、というのがサニアがマリコに語った話である。
考えてみれば、強い、若い、見た目も悪くない――もっともマリコの目から見るとこちらで会った人達はほとんど美男美女ばかりである――と来れば、そういう目で見られない方がおかしいだろう。マリコの、男としての感覚だと自分以外の男が皆に誉めそやされるのを聞くのはあまり面白いものではない。ましてや、その男に――事実ではないにせよ――言い寄られてどう感じたか、などと聞かれて何と答えればいいのか。
その上、あの時何故か感じた嬉しさも不可解である。性別とは関係なく必要とされたと思ったからなのか、女性の身体であるということが影響しているのか、それとも自覚がなかっただけで元々そういう性的嗜好もしくは許容範囲を持っていたのか。理屈で考えて分かるはずもなく、これもマリコを悩ませていた。
そういったわけで、正直あんまり顔を合わせたくないなあ、というのが今のマリコの本音である。
「い・そ・が・れ・よ、と言うのに」
「いたたたたっ!」
思考の淵に沈んだマリコの意識と耳を、ミランダの声と手が現実に引き戻す。結局、早く早くとせっつくミランダに見守られての生着替えは避けることができなかった。
◇
「うわ、どうなってるんですか、これ?」
ようやく準備を終え、ミランダと一緒に運動場の方へ出たマリコは、辺りを見て思わず声を上げた。ミランダと二人だけだった昨日とは打って変わって、そこには多くの人が集まっていたのだ。剣や弓の練習をしている者も多いが、特に何もしていない者や話をしている者も結構いる。
「バルト殿達や、ついでにアドレーらも戻っているからな。どうせ鍛錬するなら、より良い手本がいる時の方がよいであろう? 探検者がいる時は大抵、出て来る者も多い。それに……」
「それに?」
「貴殿とバルト殿の一戦に興味がある者も当然いるであろうな。もちろん、私もその一人だ」
「その話、そんなに広がってるんですか!?」
聞き捨てならないミランダの言葉に、マリコは思わず問い返した。手合せの話が出たのは昨夜のことで、その話を聞いていたのは一緒に賄いを食べた者も含めて宿の者ばかりだったはずである。
「シーナやマリーン、手伝いの者もいたであろう? 彼女らはどこへ帰る?」
「あ」
「田舎の里の話が伝わる速さはすごいものだな。私もここへ来た頃は驚いたものだ」
昨夜の夕食後と今朝一番で話が里中を駆けたのだろうとミランダは笑う。理解はできたものの、違う意味で笑うしかないマリコだった。
「ああ、来たみたいだね」
普段着や作業着姿の者が集まっていた人垣が割れて、その中から剣や革鎧といった装備に身を固めた一団が姿を見せた。バルトの組である。
野望が一つ、叶いました。細かいことを端折って「翌朝」。
次の目標は「数日後」です(笑)。
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