120 風呂上がり
「あ、出てきた。カリーネさーん!」
マリコ達が浴室から脱衣所に出ると、番台に座っているマリーンが水色のポニーテールを揺らして振り返り、カリーネを見つけると声を上げた。
「脱衣所で待ってるから出る時には言ってねって、トルステンさんから伝言です」
「分かったわ、ありがとう。でも待ってるなんて珍しいわね」
マリーンに返事と礼を返した後、カリーネはミカエラ達を振り返って言った。一般的にそうであるのと同じように、バルトの組でも風呂から上がるのは女性陣より男性陣の方が大分早かったので、いつもなら先に部屋なり食堂なりに戻っているのが普通だったからである。
「なんだろ?」
「ボクはハザール君がいるからじゃないかと思う」
「ああ、多分そうね」
ミカエラの疑問に答えたサンドラの予想に、カリーネはちらりとアリアやマリコ達に目を向けると納得の声を上げた。いつもと違うのは男性陣にハザールが混ざっていることだ。
風呂場が宿屋の離れであるといってもハザールにとっては我が家の中のことである。トルステン達と先に戻ったところで特に問題は無さそうに見える。
ただその場合、一緒に行ったはずのマリコ達はどうしたという話になるだろう。そんなことでサニアやタリアが怒るとも思えなかったが、風呂に入る前に出た後の話まではしていなかったので待っているのだろうとカリーネは考えた。
「では、あんまりお待たせしてはいけませんから急ぎましょう」
「そんなにあわてなくても大丈夫。特に遅くなっているわけでもないし、ハザール君だってトルステンやバルトが一緒なら退屈はしていないと思いますよ」
カリーネの考えを聞いて急ごうとしたマリコはカリーネにやんわりと止められた。春の陽が落ちて外は少し肌寒くなってきているものの、脱衣所は暖かいし一休みするためのイスも置かれている。きっと二人から探検の話を喜んで聞いているだろうというのがカリーネの予想だった。
◇
着替えて髪を乾かして、といった支度を終えたマリコ達が脱衣所の暖簾をくぐると、マリーン経由で話が伝わったトルステン達もちょうど隣の入り口から出てくるところだった。
「また探検の話、聞いてもいい?」
「ああ」
「いつでもいいよ」
和気藹々とした雰囲気の男湯組三人を、自分もそっちに混ざりたいなどと思いながら眺めていたマリコの前で、バルトがハザールに向けていた顔を上げた。偶々そちらを見ていたマリコとなんとなく前を向いたバルト。二人の視線がぶつかり合う。
女性陣と同じくこちらも酒が入っているはずの、少し赤らんだ顔のバルトは一瞬目を瞠ると、戸惑ったような表情になって一度目をそらした。しかしその直後、何かを決心したように顔を上げて再びマリコの視線を受け止めると、そちらに向かって足を踏み出した。
男女の脱衣所の入り口は隣り合っているため、ほんの二歩進んだだけでバルトはマリコの目の前にいた。板の間に立つ、履物でかさ上げされていない二人の身長はちょうど十センチの差がある。なんとなくバルトから目が離せなかったマリコは、正面に立つ男の金色の瞳を少し見上げる形になった。
「マ、マリコ……さん」
「は、はい」
突如皆の中央に出現した真剣な雰囲気に巻き込まれた他の面々が固唾を飲んで見守る中、バルトが口を開いた。
「俺と、俺と付き合ってくれないか」
「は!?」
言い切った後頭を下げたバルトに、周囲からはほうともおおともつかないため息のような声が漏れ出す。マリコは一瞬何を言われたのか理解できずに固まった。
(つ、付き合うって……)
ダンジョコウサイトイウコトデスカ、と片言になった思考が頭の中をぐるぐると渦巻き、しかし同時に身体の奥のどこかから「嬉しい」という感情も何故か浮かび上がってきて、マリコは訳が分からなくなってピクリとも動けなかった。
「あー、バルト?」
そんな中、バルトの背中を後ろから指でつつきながら声を掛けた者がいる。
「なんだ、トル」
「お前、自分が何て言ったか分かってる? 言葉が足りなさ過ぎで愛の告白みたいになってたよ? ほら、マリコさん固まってるじゃない」
「え?」
言われて、バルトは頭を上げるとマリコを見た。顔から表情が抜け落ちて石像のようになったマリコが、微動だにせずそこに立っていた。
「ああっ!?」
「ああ、じゃないだろう」
バルトはマリコの肩に手を掛け……ようとして、そこだとエプロンのフリルを潰してしまうことに気付いて二の腕に手を掛けると軽く揺さ振った。
「す、すまない、マリコ……さん。違うんだ! 俺、俺が言いたかったのは、明日の朝練の時に練習相手として付き合って欲しいっていうことなんだ!」
「アサ……レン……?」
バルトの言葉にマリコの瞳がわずかに輝きを取り戻す。
「そう、そうだ。マリコ……さんはかなり強いと聞いた。だから、明日俺達が街へ立つ前に一度手合わせしてもらいたいと思っていたんだ!」
「付き合うって、そういう……」
汗をかきながらバルトは言葉を重ねた。マリコの顔が動き、不安げな表情がバルトの顔を見上げてくる。
「そ、そうそう!」
「ああ、バルト殿の組は皆強いぞ、マリコ殿。今もどんどん強くなっておられる。初めて会った頃は皆私とさほど変わらなかったはずが、今ではとてもではないが敵わない。恐らくタリア様をも超えているのではないかとも思える」
「そうだったんですか。ふう」
少々ずれた感もあるミランダの言葉に、ようやく安堵したマリコはため息をついた。
「分かってもらえただろうか?」
「えー、はい」
「よ、よかった。ふう」
元に戻ったらしいマリコに今度はバルトがため息をついた。
「ところでバルト殿」
少し緩んだ、安堵の笑顔を見せ合うマリコとバルトに、わずかに目を細めたミランダが言った。
「そろそろその手を離されてはいかがか?」
次回、作者の野望のひとつが! 叶うといいのですが(汗)。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。