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新世界のメイド(仮)さんと女神様  作者: あい えうお
第三章 メイド(仮)さんの生活
118/502

118 風呂場にて 9 ★

 鍛錬で張った筋肉を揉み(ほぐ)すのともまた違うな、などとつぶやきながら難しい顔をして胸に当てた手を動かしていたミランダは、マリコの声に手を止めて顔を上げた。


「ん? 剃刀? ああ、もちろん構わないとも。試してみられるのだな?」


「ええ、とりあえず手足で練習してみろって、サニアさんにも言われましたから」


 ミランダは手拭いを絞って濡れた手を拭くとアイテムボックスから剃刀を取り出し、革の鞘をはずしてマリコに手渡してくれた。ミランダの剃刀も昨夜見たサニアの物と同じような形だったが少し小振りで、二十センチほどの長さの約三分の一が刃になっている。よく手入れされた刃先は薄く鋭く、鋼の輝きを放っていた。


 マリコが見たところ、気にするほどではないのかも知れないが、腕や脚にも産毛のような物は生えている。よく見るとそれは自分の髪と同じく紫色をしており、マリコはそのことに少し驚くと共になるほどとも思った。


 受け取った剃刀を一度湯で洗って脇に置いたマリコは、石鹸を泡立ててそれを左腕に塗りつけ、改めて剃刀を手に取った。昨夜サニアがしてくれたのと同じように、少し傾けた刃先を肌の上に滑らせていくと、その後には泡と一緒に産毛を剃り落とされて滑らかになった部分が見えてくる。


 左腕を上げ下げしたりひねったりしながら肩口から手首までを剃り終えたマリコは、一旦剃刀を置いて残った泡を洗い流した。確かめてみると特に剃り残しも切り傷も見つからない。


「なんだ。やったことがないということだったが上手いものではないか、マリコ殿」


「ええ、なんとかやれそうです」


(やはり問題なさそうだな)


 心配だったのだろう、(ひそ)かに見守っていたらしいミランダに応えながらマリコは思った。


挿絵(By みてみん)


 こういう形の剃刀を使うのは初めてだったが、実のところ今の自分ならうまくやれるだろうとマリコは考えていた。昨日からの調理に続いて今朝のミランダとの鍛錬で、自分には「マリコ」の持っていた能力が――全てかどうかはまだ分からないが――ほぼ備わっているということを確信できたからである。


 刃物や武器の扱いに関するスキルはそのほとんどを最高レベルの二十まで上げてあったはずで、その「マリコ」が剃刀をうまく使えないとは思えなかった。そして実際何の問題もなく剃刀を扱うことができた事実にマリコは納得した。


 気を良くしたマリコは次に右腕に取りかかる。利き腕でない左手で剃ることになる分、先ほどより慎重に試してみたがこちらも特に問題なく終えることができた。続いて両脚に移る頃にはマリコは剃刀をうまく使えることが少し楽しくなっていた。脚も無事に済ませた後、最後に昨夜えらい目に遭わされた腋の下を指先で確かめてみる。


(髭ほどではないけれど……)


 わずかに感じるザラつきにマリコは考える。今日はいいのではないかと思った瞬間、昨日の出来事が思い出されて眉根にしわが寄った。またサニアに見つかって剃り上げられるのはさすがにもう御免である。マリコはそこもやっておくことに決めた。


「へえ、マリコさんは剃る派(・・・)なんだ?」


「え? ああ、ミカエラさん……と皆さん!?」


 腋に泡を塗りつけていたマリコは、横から掛けられた声に右側――湯船の方――を振り返った。するとそこには、いつの間にか湯船に浮かんだお盆ごとこちら側にやってきていたミカエラ達三人とアリアの姿があった。湯と酒の相乗効果だろう、大人三人はさっきまでよりさらに赤くなっているように見える。


「ええと、いつから見ておられたんですか?」


「え? 右手をやってる頃くらいから? こっちに寄って来たのはもうちょっと後だけど」


「ほとんど始めじゃないですか。それじゃあ、ずっと黙って見てたんですか」


 手足に剃刀を当てているところを延々観察されていたことになる。マリコは妙な恥ずかしさに顔に朱が差していくのを感じた。


「だって……ねえ?」


「おねえちゃん、すごく嬉しそうに剃ってたから」


「それに集中してたから声を掛けると危なそうだったし」


 他の三人を振り返ったミカエラに代わってアリアとサンドラが答えた。


「う、嬉しそう……」


 確かに少々楽しかった自覚はある。素っ裸でニヤニヤと笑みを浮かべて一心不乱に脛毛を剃る自分、というものを想像してマリコは何とも言えない気分になった。


「ええと、ほら、どちらかと言うと微笑ましい感じでしたから、そんなに落ち込まなくても……」


「微笑ましい……ですか」


 カリーネが入れてくれたフォローにマリコはさらに微妙な気分になったが、ひとつ気になることがあったのを思い出して顔を上げた。


「そういえばミカエラさん、さっき言われた剃る派って何ですか?」


「え? ああ、腋の処理の仕方のこと。マリコさんは剃刀で剃るんだなあって」


「それは確かにそうですけど、他にどうするんですか」


「んー、私達はこれを使ってるから」


 そう言うとミカエラはアイテムボックスを操作したらしく、右手を少し動かした後、それをマリコの方へと差し出してくる。その手の平の上には金属製の小さな道具が載っていた。


「まさか……」


 それは、幅五ミリほどの細く薄い鉄片を曲げて、長さ五、六センチの細長いU字に仕上げた物。


「抜くんですか!?」


 マリコの記憶にある毛抜きそのものだった。


 剃るのではなく抜いて処理する方法があるということは、マリコも知識として知っていた。しかし、実際にやるとなると一本や二本で済む話ではなく、ものすごく痛そうに思える。少なくとも、自分でもやろうとは思えなかった。


「いや、確かにそうなんだけど、そんな悲痛な顔しなくても大丈夫だから」


「はあ」


 表情に出ていたらしい。ミカエラに少し呆れた顔をされ、マリコは眉間を揉んで深く息をついた。


「慣れればそう大して痛くはないし、段々と生えてきにくくなったり細くなったりするから痛いのはもっと減るから。それにうちは三人いるから見えにくい所は手伝ってもらえるしね」


「は?」


 手に手に毛抜きを構えて――何故か裸で――処理しあう三人、というどこか倒錯的な光景を思い浮かべてしまい、マリコは軽い頭痛を覚えた。その様子を見たミカエラの赤い顔に、悪戯っぽい表情が浮かぶ。


「なんならマリコさんにもしてあげようか? 皆で」


「はあっ!? いやいや、いいです、遠慮します!」


 それは一体どんな拷問だと、マリコは思わず両の腋を手でかばってイスごと後ずさった。ミカエラの顔が一瞬キョトンとしたものになり、次いで一気に吹き出す。吐き出す息がかなり酒臭いことに、今さらながらマリコは気付いた。


「ぷっ、ははは! 冗談のつもりだったんだけど、マリコさんやっぱり面白い人だよね」


(くっ、この酔っ払いがあっ!)


 自らの身体を抱きしめて肩を震わせながら、マリコは心の中で叫んだ。

くっこの。

いえ、くっころはできそうにありませんので(苦笑)。

まあ、女の人はいろいろと大変ですよね。近頃は男でも処理したりするらしいですが。

誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。


注)本話中、毛を抜いていると生えなくなるという話が出てきますが、誰でも生えなくなるわけではありません。生えなくなる方は実際には少数派のようです。

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