117 風呂場にて 8 ★
ミランダに問いかけられたマリコは、改めてミランダを眺めた。茶色とオレンジの縞模様のついた猫の耳が飛び出した髪は今は濡れてしっとりとまとまっており、それに縁取られた小さめの顔が、茶色の瞳に少し不安げな表情を浮かべてマリコを見返している。
今は風呂場の木のイスに腰掛けているので分かりにくいが、ミランダは全体的に細く締まった、いわゆるスレンダーな体型をしている。やや筋肉質なモデル体型、とでも表現するのが分かりやすいであろう。その細い腰から伸びた赤トラのしっぽも、今は毛並みが濡れてやや細く見えている。
今話題に上っているバストに目を向ければ、風呂の熱気で桜色に上気した若々しい肌に点々と湯の玉を貼り付けたミランダのそれは、決して極端に小さいわけではない。サイズで言えばBカップ相当で、いわゆる「手の平に収まる大きさ」程度は十分にある。Eカップ設定であるマリコと比べてしまうと確かに小さいということになってしまうが、それはもう比べる相手が悪いとしか言いようがない。
「そんなに気にする必要はないと思いますけど」
「いや、そういうわけにもいかぬ」
「そういうわけにもって……どんなわけがあるって言うんですか」
「ご存知かも知れぬが、私は負けるのが嫌いなのだ、マリコ殿」
「ええと、何となく知ってます」
これまでのミランダの言動から、彼女が負けず嫌いなのだろうということはマリコも感じていたことである。ただし、ミランダは自分にできないことをできる他者を素直に称賛できるという美点も持ち合わせていた。これらのことから、何でもかんでもというわけではなく自分がこれと思うことでは負けたくないと思っているのだろうな、とマリコは考えていた。
「ある意味女の象徴とも言える胸の大きさで他者の後塵を拝するという現状に、内心忸怩たるものを感じてはいた。だが、剣の道で高みを目指すにはむしろその方が良いのだとも思って目をつぶっていたのだ」
ミランダが言うには、ナザールの宿の女性陣をバストサイズ順に並べた場合、現状ではミランダとミカエラがほぼ同じサイズで最下位なのだそうだ。しかし、今のミカエラの剣の腕はミランダ以上であり、タリアも含めてバストサイズが大きくない方が腕を上げるには有利なのだろうと思っていたらしい。
「ああ、それは確かにそうかもしれませんね」
身体を動かす際に胸の存在が気になるというか邪魔に感じることがある、というのはマリコ自身も経験したので知っている。
「本当にそう思われるか? 私が目をつぶっていられなくなった原因はマリコ殿、貴殿なのだぞ」
「え!? 私ですか?」
思わず同意したマリコに、ミランダの少し恨みがましい視線が向けられた。
「確かにミカエラ殿の腕は私より上だ。だがその差はマリコ殿と私との差よりずっと小さい。両方と立ち合ったことのある私にははっきり分かる。そして考えてみられよ、今我が宿で最も大きな胸を誇るのが誰なのかを」
「そ、それは……」
自分だろうと言うのもはばかられて、マリコはミランダから視線をそらした。ふと名前の挙がったミカエラの方に目を向けると、持っていた物を出したのだろう、湯船に浸かった彼女達の前には深めのお盆が浮かび、その上には小さめの壜やカップが載っている。
露天風呂なら良かったのにねえ、などと言っているのが聞こえてくるところからすると、どうやら宴の続きをやっているらしい。一緒に並んでいるアリアの手にもカップがあるのを見て一瞬ギョッとしたマリコだったが、カリーネがいる以上、子供に酒を飲ませたりはしないだろうと何となく思った。
「だからな、マリコ殿」
「は、はい」
ミランダの声にマリコはあわててそちらに向き直る。
「ミカエラ殿はご自身の体型について何かしらの矜持を持っておられるようだが、私はそうではないのだ。故にできればお教えいただきたい。どのようにしてその大きさになられたのかを」
「どのように、ですか」
「ああ」
真剣な顔で聞いてくるミランダにマリコは考え込んだ。嘘はつきたくない、と言って、設定がとか女神様がどうこうとかいう話をするわけにもいかない。
「すみません。いつの間にか今の大きさになっていましたから、私もどうやったらこうなるのかというのはよく分からないですね」
結果として、マリコの答えは無難で曖昧なものになった。少なくとも嘘ではない。「いつの間にか」の内容が、年齢に従って徐々にではなく三日前にいきなり、ということなのだがさすがにそれを言ってもどうにもならないことはマリコにも分かっていた。
「いや、謝らないでいただきたい。もしやと思って聞いてみただけに過ぎぬ。ううむ。となると次は……、揉めばいいとか申していたな」
先ほどサンドラが口にしたことを思い出したのだろう、何やら考えていたミランダがいきなり自分の胸に手を当て、マリコは驚いて目を瞠った。動く指の間でそれがふにふにと形を変える様を見たマリコは、見続けていていいものではないと視線をそこから引きはがした。
揉めば大きくなるなど眉唾ではないかとも思えるマリコだったが、かつて姪達が話していた「豊乳マッサージ」なるものの存在を思い出し、少しは効果があるのだろうかと思い直した。しかし、すぐ隣で胸を揉まれているのも己の精神衛生上よろしくない。どうしたものかと思っていたマリコは、風呂に入ったらミランダに頼もうと思っていたことを一つ思い出した。
「ミランダさん、すみませんが剃刀を貸してもらえますか?」