114 風呂場にて 5
「済まなかった、マリコ殿」
「こちらこそ申し訳ありませんでした」
マリコはミランダを許した、というよりむしろミランダに謝った。全てを伝えなかったとは言え、ミランダが嘘をついたわけではなく、むしろマリコをフォローしようとした末のことである。
それにそもそも誰かに見せるつもりがあるわけでもないので、きちんと用を足してくれるなら紐パンだろうが縞パンだろうが構わなかったのだ。マリコは土下座させてしまったことを本気で申し訳なく思った。と同時に、脱ぎ着の手間を考えるとやはりゴム入りの方がいいけれど、とも思う。
「マリコ……さんって面白い人ね」
「なんか、さっき聞いた話とイメージが変わったかも」
「ボクには二人の背景に大輪の百合の花が見えるよ……」
「ええと……」
手を取り合って謝りあう――しかも双方素っ裸で――二人に目を丸くして口々に言うカリーネ達三人に、アリアは何とフォローすればいいのか分からなかった。
◇
騒動の末、マリコ達六人はようやく浴室へと向かう。お先に、と扉をくぐっていく探検者三人の後姿を見送っていたマリコは、ある物の存在に気が付いた。
髪を洗うつもりがないらしく、カリーネとサンドラは頭に手拭いを巻いており、彼女達の長い髪はその中に押し込まれている。髪を上げたことで見えるようになったその首筋には、マリコが着けているのと同じような物が巻かれていた。髪を上げていないミカエラの首にも、さほど長くない髪の間から同じ物が見えている。
カリーネは緑、サンドラは青、ミカエラは赤と、それぞれの髪と同じ色の物を身に着けている三人を見ながら、マリコは自分の首に手をやった。普段はすっかりその存在を忘れてしまっているが、そこには今も、お守りだというチョーカーが変わらず巻きついている。
(やっぱりサニアさんが言ってた通り、自分の色に合わせるのが普通みたいだなあ)
「おねえちゃん? 行こ?」
「え? ああ、そうですね」
革のような感触を指先に感じながら考えていたマリコは、アリアに促されてカリーネ達の後を追った。
宿屋の浴槽は、上から見ると縦棒を真四角に拡げたコの字のような形をしている。洗い場を左右からはさむように、湯を汲むための約五十センチ幅の溝が両側の壁に沿って伸びているためだ。
先に入った三人が右手の溝の前に陣取っていたので、マリコ達は昨夜と同じ洗い場の左側に座った。奥からマリコ、アリア、ミランダの順である。
ハザールと違ってアリアはもう自分の身体を普通に洗うことができるので、マリコ達三人は背中を流し合ったり、髪を洗う時にお湯を掛け合ったりと、手伝った方が楽な事だけを手伝い合った。アリアは家族や普段のことをいろいろ話し、時折マリコの方を見ながら楽しそうにしている。
(姪っ子達を思い出すな)
さすがに今のアリアの歳くらいまでのことだったが、マリコは何度も姪達を風呂に入れたことがある。子供の頃の彼女達は、何故か叔父や父と風呂に入ることを好んだ。彼女達の父親はそれを単純に――自分が好かれているからだと思って――喜んでいたが、後にその理由が「母さんと入る時のように細々うるさく言われない」という、要するに男共は甘いからということであったと知ってちょっとガッカリしていた。
マリコはそのことを思い出して少し笑みを浮かべた後、ではアリアはどうなのだろうと思った。
「アリアさんはどうして私とお風呂に入りたかったんですか?」
「え? ええと……」
マリコが聞くと、桶で手拭いをゆすいでいたアリアは手を止めてマリコの顔を見返し、一度少し視線を下げた後、再びマリコの顔に戻した。
「確かめたい事と聞きたい事があったから、かな」
「確かめたい事と聞きたい事? 何でしょう?」
「ええとね、どうしたらおねえちゃんみたいに大きくなれるの?」
「え? 大きく?」
身長百六十五センチのマリコは確かに小さくはないし、今のところこの里で自分より背の高い女の人には会っていない。でも、そこまで大きいわけでもないだろう。マリコはそう思いながらアリアを見返した。しかし、アリアの視線はマリコの顔に向かっておらず、もっと下を向いている。マリコはアリアの話が身長についてではないことを悟った。
「ア、アリアさん……? もしかして、胸、ですか」
「うん! 皆がおねえちゃんは大きい大きいって言うから、どのくらいなのか確かめたかったの。それで本当に大きかったから、どうやったらそうなれるか教えてほしいの!」
アリアはとてもいい笑顔でそう言い切った。言葉を失ったマリコが顔を上げると、アリアの頭越しにミランダと目が合った。唖然とした表情のミランダを見ながら、多分今の自分も同じような顔をしているだろうなとマリコは思った。
今のマリコの身体は、恐らくゲームキャラであった「マリコ」に準じている。ではなぜ「マリコ」のバストサイズがEなのかというとキャラメイク時にそう設定したからである。
(そう設定したのは元の真理子のサイズが……って、そんな話、できるわけないじゃないか)
つい、今のサイズになった本当の理由を頭に思い浮かべたマリコは、あわててそれを振り払った。
「大きければいいってもんじゃないと思うよ、アリアちゃん」
「ある程度の大きさはあった方がいいと、ボクは思うな」
「え!?」
何と言うべきか迷って黙っていたマリコの後ろから、二人分の声が響いた。マリコが思わず声を上げて振り返ると、そこには反対側で身体を洗っていたはずのミカエラとサンドラが立っていた。二人とも不敵な笑みをたたえ、己の武装を隠そうともしていない。大きさで言うと、ミカエラはミランダと、サンドラはマリコと、それぞれほぼ同等であった。
(それは口に出したらダメな話じゃないか!?)
不毛な闘いが始まりそうな気配に、マリコは内心頭を抱えた。
パンツの次は胸って、作者の欲求が不満しているかのようですが、これで予定通りの展開なので……(汗)。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。