113 風呂場にて 4
ミランダが動きを止めた気配に、マリコは音も無く立ち上がる。ただならぬ雰囲気に固唾を飲んで見守る全裸半裸のカリーネ達四人の間を、マリコはゆっくりとミランダに近づいていった。
(まさか、その日のうちに事が露見してしまうとは……)
マリコとミカエラの会話が耳に入った時、ミランダは己の早計さを悔やんだ。さっさと脱いでしまわず、まだ着衣している状態であったなら建物の外への逃走も可能であっただろう。その場合、目的地は厨房である。元凶であるサニアを盾にする以外にミランダが助かる術は無い。しかし、さすがのミランダも素っ裸で屋外に出る勇気は持ち合わせていなかったのである。
ヒタリ、ヒタリと、素足の足音を伴って背後から近づいてくる重圧に、ミランダは両手を肩の高さまでゆっくり上げた。もとより、浴室に逃げ込んでも多少の時間稼ぎにしかならないことは分かっている。事ここに至っては、最早降伏する以外に道は無かった。
やがて、足音はミランダの真後ろで止まった。その息遣いを後頭部に感じるほどの至近にマリコが立っている。ミランダは覚悟を決めた。
「ミラ……」
「申し訳なかった!!」
ミランダは振り返ると同時に膝を折り、脱衣所の木の床に両手をついた。
見事な姿勢の土下座であった。耳はピンと立ち、しっぽもまっすぐに伸びている。
ミランダが振り向いてから顔を下げるまでの一瞬に、じっとりとにらむような表情を浮かべて腕組みをしたマリコの顔が見えた。両腕に押し上げられた胸が、その形をやや歪めながら窮屈そうに腕の上に乗っていた。
「ミ、ミランダさん?」
いきなりの土下座に、怒っていたはずのマリコもさすがに驚いた。思わず腕組みを解いてミランダに手を伸ばす。解放された胸が、ゆさりと一揺れして元の位置に戻った。
「私はサニア殿を止めきれなかった!」
「あの、土下座するほどのことでは……」
「しかも、紐パンの方がマリコ殿に似合うとの言に、思わず頷いてしまったのだ」
「ええと……」
顔を上げずに言い募るミランダに、マリコは何と言っていいのか分からなかった。
「あの、マリコさん?」
そこへ、後ろから声が掛かった。カリーネである。
「一体何があったのかはよく分からないんだけど、とりあえず紐パンは、脱ぐか穿くかどちらかにした方がいいと思いますよ?」
「えろい」
「倒錯的」
続くカリーネの言葉にミカエラとサンドラも頷いた。言われてマリコは己の身体を改めて見下ろす。
先ほど引き解いた片側の紐はいつのまにか完全に解け、残るもう一方だけで辛うじて腰に留まっていた。解けた側は力なく垂れ下がり、隠すべきところが何一つ隠せていない。なまじ片側が残っている分、えろいと言われても仕方がない有り様だった。
マリコはまた、今の自分達の様子に思いを巡らせる。
猫耳美少女に全裸で土下座されている紐パン半脱ぎ女。それが今のマリコの姿である。倒錯を通り越して最早ギャグだった。
「うわあ!」
マリコは急いで残った紐を引っ張って解くと、全力で自分のアイテムボックスにぶち込んだ。元々脱ぐ途中であったし、半脱ぎ女よりまだしも脱いでしまった方がマシである。
「話は後で聞きますから、ミランダさんもとりあえず土下座をやめてください!」
我に返ったマリコはもう現状に耐えられなかった。
後にミランダが語ったところによると、サニアはマリコにもっと可愛い――総レースだとかフリル増量だとかさらに布面積の小さな紐パンだとか――下着を、自己資金を投入してでも購入するつもりだったらしい。
そういうモノを穿かされると分かったマリコの反応が十分予想できたミランダは、なんとかそれを阻止しようとした。なかなか折れないサニアに対して、支度金の範囲内で済ませるべきところを贔屓するのはいかがなものかと、門の番人の公平性まで持ち出してようやく押し留めたと言う。
ではせめてとサニアが推してきた紐パンに、通し紐式大面積パンツよりはいいしマリコにも似合うだろうとミランダもつい納得してしまったのだった。実際、年頃の娘でこの野暮ったい下着を選ぶ者は皆無だったので、ミランダの選択は間違っているわけでもない。
「では、どうしてアリアさんの下着はこれなんですか」
「子供はお腹を冷やしてはいかんという理由と、背が伸びてじきに穿けなくなる故、あまり高価な物を使わせても無駄になるから、だそうだ」
マリコの疑問に対して返ってきた答えは、十分納得できるものだった。
◇
「女湯はなんか賑やかだねえ」
「ねえちゃん、おとなしくしてるかなあ」
「女三人寄れば姦しいと言うが、その倍いるからな」
「お、復活したね、バルト。もう大丈夫かい?」
「わざわざ思い出させるな」
男湯は結構平和である。
マリコ、紐パン回避に失敗。
作者、浴室への進行に失敗。
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