112 風呂場にて 3
ミカエラ達はそれぞれ、シャツの前を開きかけだったり脱いだズボンを手に持ったままだったりと中途半端な格好で、三人の姿にマリコは目を瞬かせた。バルトとトルステンが男湯にいるのだから、この三人が女湯にいること自体はおかしくないどころか必然と言ってもいいことである。ただ、どうして脱ぎかけの姿のまま動きを止めているのか、マリコには理由が分からなかった。
「カリーネさん達、何やってるの?」
マリコと三人が図らずも無言で見つめ合っていると、マリコの手を引いていたアリアも不思議に思ったらしく、マリコの疑問を代弁するかのように声を上げた。その声にようやく三人は動き出した。
「え、ええとね……」
「あー、ほら、あれだ。ねえカーさん」
青い髪のサンドラが口ごもり、赤毛のミカエラが挙動不審気味に緑の髪のカリーネに話を振った。カリーネは一瞬、え、私? という顔をした後、ゴホンと一つ咳払いをするとアリアに顔を向けた。
「別に何かしてたわけではありませんよ。お風呂に入る準備をしていたら向こうが何か騒がしくなったでしょう? 何事だろうと様子をうかがっていただけですから」
「それは……、ごめんなさい、ハザールが騒いじゃって。もう、あの子が素直に言う事聞かないから」
「ああ、それは気にしなくてもいいわよ。ハザール君の気持ちも何となく分かりますからね。トルステン達と行ったのなら、任せておいても大丈夫よ。それよりその方が……マリコさん?」
カリーネはそう言うと顔を上げて、アリアからマリコに視線を移した。アリアもつられて手をつないだままのマリコを振り返る。
「おねえちゃんのこと? あれ? さっきまで皆食堂にいたんでしょ。会ってなかったの?」
「ええと……。直接お話はしていないですね」
「そういえば確かにそうだな。ああ、でもそれは私のせいかも知れぬな」
アリアに答えるマリコに、横からミランダが口を挟んだ。ミランダがアドレーに近づくのを避けたため、マリコが給仕に出る時は逆にアドレーのテーブル付近ばかりに向かうことになったのだ。結果として、マリコは直接バルト達のテーブルには行かずじまいになっている。
「では、この機会に紹介しておくこととしよう。カリーネ殿、こちらがマリコ殿だ。一昨日、新たにこの宿での住み込みとなられた。私と同じ立場だな。で、マリコ殿、こちらの三人はバルト殿の組に属する面々だ。順に、カリーネ殿、ミカエラ殿、サンドラ殿だ」
「ち、ちょっと待って、ミランダ!」
ミランダが手早くそれぞれを紹介したところで、カリーネからストップが掛かった。三人とも、あわてて服を着なおそうとしている。元々、服を脱ぎかけた状態のままで話をしていたのである。ちょっとした話だけならともかく、初対面の挨拶を交わすのにふさわしい姿とは言えないだろう。マリコはそっと目を逸らして見ていない風を装った。
「どうせこの後、皆脱いで風呂であろう。気にされずともよいではないか」
「そういう問題じゃない!」
「ミランダは大雑把すぎだよ」
「ミランダさん……」
マリコの気遣いをぶち壊すミランダの言は皆には受け入れてもらえなかった。
◇
「では皆さんは、もう四年も探検者をなさってるんですね」
マリコの声に三人が頷く。
三人が衣服を整えたところで改めてマリコと挨拶を交わし、今は簡単に互いの身の上話を披露し合っているところである。マリコの記憶云々の話がミランダの口から伝えられた時には、三人から同情と若干の興味のこもった眼差しを向けられた。
バルト達五人は同郷で、他の三人より一つ下のミカエラとサンドラが成人するのを待って探検者になったと言う。カリーネと男二人は今二十歳だということだった。
「さあ、立ち話はこれくらいにして、そろそろお風呂に入りましょう。このままだと男性陣を長いこと待たせることになるわよ」
頃合いを見計らっていたらしいカリーネが一旦場を締めくくり、脱衣所のテーブルを囲んで話し込んでいた六人は本来の目的である入浴の準備を始めた。
マリコも自分の服を脱いでいく。シュミーズとストッキングまで脱いだところで自分の身体を見下ろすと、パンツを腰に留めている紐が目に入った。この紐の付き方であるが、紐パンの形をした水着のように真横に結び目があるわけではない。骨盤の左右の出っ張りのやや内側に当たる所で結ぶようになっている。
(ここなら寝返りを打った時に結び目を敷いて痛い目を見ることが少ないからか。そういえば女物のパンツの縫い目もここにあるのが多かったような気がするな)
ブラジャーも紐を解いてはずし、最後に残ったパンツの紐に手を掛ける。マリコはなんとなく今朝のサニアの言葉を思い出した。
(まあ確かに、紐パンの紐を引っ張って解くのは男のロマンの一つなんだろうけど、自分が穿いてるやつの紐を解いても艶っぽくもなんともないな)
「あれっ、マリコさん紐パンなんだ」
片方の紐を引っ張って蝶結びを解いたところで声を掛けられた。
「えっ!? ああ、ミカエラさん」
顔を上げると、髪に合わせたのか赤い色のブラとパンツだけになったミカエラがマリコの方を見ていた。マリコの見たところ、彼女のパンツはゴム入りの物のようだった。
「ええと、ゴムが通してあるのは高かったので、これしか買えなかったんですよ」
少々情けない話ではあるが事実は事実である。マリコは困った顔をしながらも素直に告白した。
「え? なら普通の、ウエストに紐を通してあるやつを買えば良かったのに。服屋さんに無かった?」
「ウエストに、紐?」
「ええと……、あ、ほら、アリアちゃんが今穿いてるようなやつだよ」
ミカエラは少し周りを見回した後、マリコの隣で服を脱いでいたアリアの白いパンツを指して言った。自分の名前が耳に入ったのか、アリアの方もマリコの方に振り返った。
「おねえちゃん、どうしたの?」
「アリアさん、ちょっと見せてください」
マリコはその場に膝をついてしゃがみ込むと、アリアのウエストに指を這わせた。
「え、きゃ、何?」
「これは……」
アリアのパンツはウエストを袋縫いにして紐が通してある物だった。胴回りを一周させた紐の両端を前側にある切れ目から出してくくる形になっている。現代日本で言うと、男性用の海水パンツによくある作りである。
「安い普通のパンツって言ったら、そんなやつのことなんだけど……、マリコさん……、もしかして知らなかったの?」
ミカエラの言葉にマリコは答えなかった。そのむき出しの肩がワナワナと小刻みに震えている。
「……ミランダさん?」
やがて発せられたマリコの低く抑えられた声に、密かに浴室へ退避しようとしていたミランダはその扉の前でしっぽを膨らませて凍りついた。
風呂回と言いつつ、なかなか風呂に入らないのは仕様です(苦笑)。
今回はむしろパンツ回とでも言うべきでしょうか。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。