107 探検者の帰還 10
二組の探検者が帰還を果たし、彼らの土産話を聞きたい者や灰色オオカミの件を聞きつけてやってきた者なども加わって、食堂は昨日にも劣らぬ盛況を見せていた。エプロンを着けた宿の女の子達がテーブルの間を縫ってあちこちと駆け回り、流しやかまどの方ではシーナを始めとした料理担当の者が忙しく動き回っている。
そのさらに後ろ側、粗方の片付けを終えたマリコとミランダは、最後に作業台を中庭から厨房に運び込んだ。二人掛りで始めの位置に据えて、これでやっと元通りである。
「ふう。こういうことがしょっちゅうあるのなら、あの井戸の傍にも屋根がある作業場が欲しい気がしますね。雨が降ったら困るでしょう」
「確かにそうかも知れぬな。タリア様に具申してみてはいかがか? マリコ殿が言われることならすんなり通るように思うぞ?」
重たい作業台を置いた二人が肩を回しながら話していると、それを目ざとく見つけたサニアが近づいてきた。
「ちょうどいいところに。マリコさん、戻って来て早々悪いんだけど、あれをあそこのテーブルまでお願いしていいかしら?」
カウンターの端に置かれた、料理が盛られた皿やジョッキで満載のトレイを示した後、サニアが指差したのはカウンターから少し離れた位置にある、五人の男性が着いているテーブルだった。
「ええと、あの席……えっ、猫耳!? じゃあ、あれが……」
テーブルに着いているのが誰であるかに気付いたマリコは、傍らのミランダを振り返った。マリコと目が合ったミランダはちょっと渋い顔をすると黙って小さく頷いた後、マリコの言いたいことを察して今度は首を横に振った。
「私が行っていいんですか?」
「私が行くとまた一騒ぎ起きるぞ。マリコ殿はそういう見世物がお好きか?」
「そういうわけではありませんが……」
全く興味がないと言ってしまうと嘘になるが、わざわざ仕向けるのはさすがに悪趣味だろうとマリコは思った。サニアの方を振り返ると二人を面白そうに見ている。表情が母親とそっくりだった。
「では、行ってきますね」
「お願いね」
「お任せした」
サニア達の声を背にマリコはカウンターの切れ目からフロアに出ると、カウンターに載っていたトレイを抱え上げた。そのまま五人の席へと向かう。
(おお、猫耳が五人も。男の猫耳って可愛いというよりファンタジックだなあ。いやでもヒョコヒョコ動いてるのはやっぱり可愛いのか)
風呂から上がった男達は、作業着やマリコが買った私服のような普段着姿になっている。五人の毛並み、というか髪はそれぞれ、茶色、シャム猫っぽい耳の先だけ黒い白、こげ茶、グレー、白と茶色のブチっぽいツートンだった。マリコは口元がにやつくのを押さえながら近づいていった。
「お待たせいたしました」
「おっ、来た来た」
「おい、場所空けろ」
テーブルの傍まで行ってマリコが声を掛けると、五人がワイワイ言いながら先にテーブルの上にあった食器をどけてくれたので、マリコはそこへトレイを下ろした。
「ビールビール」
「あっ、それは俺の肉!」
次々と手が伸びてきてトレイの上が空になっていく。皆自分の注文に目が行っていて誰もマリコの方を見ていなかった。
「空いたお皿下げますね」
この間にと、マリコはまた声を掛けて身を乗り出した。手を伸ばし、空になったカップや皿を回収していると、騒がしかったはずの一同が何故か静かになった。
「……大きい」
呟きが耳に入り、マリコはいつの間にか注目を集めていたことに気が付いた。どうして、と一瞬考え、すぐに理由に思い当たった。
立ったまま身体を傾けて食器を取る。重力に引かれ、真っ直ぐ立っている時以上に身体の前に向かって突き出した形のエプロンの胸元が、マリコが動くのにあわせてゆさりゆさりと揺れる。席に着いている男達からすると、それはちょうど目の前に当たる高さで揺れていたのである。目に入らないわけがなかった。
(若いなあ)
若干の恥ずかしさもあったが、それよりも納得の方がマリコの心の大部分を占めていた。マリコの方も猫耳やしっぽを注視していたので、お互い様と思うところもある。マリコはゆっくりと身体を起こすと、ゴホンと一つ咳払いをした。
茶色の髪の男を除いた四人がビクリと身体を震わせた。口を開けたままだった者があわてて口を閉じ、止まっていたかのようだったその席の時間が再び流れ始める。男達は初めて顔を上げてマリコを見た。
「あれ? 初めて見る人だ」
ブチ頭の男が声を上げ、他の者も本当だなどと言い始めた。
「はい。一昨日からこちらでお世話になっています。マリコと申します」
マリコがうっすらと微笑み――やや営業用の――を浮かべて軽く頭を下げると、男達は次々と口を開いた。
「イゴールです。二十歳、独身です」
「ウーゴと言います。十九です。私も独身です」
「エゴン、十八歳、独り者」
「オベドです。十八歳になりました。恋人募集中です」
順にシャム、こげ茶、グレー、ブチである。始めのイゴールが言ったからか、全員が年齢と独り身を強調してくるので、マリコは吹き出しそうになった。しかも四人ともマリコの顔を見た後、チラリと胸元に視線を落としたのが感じられた。
(見られる方だとそういう視線は分かるって聞いたことがあったけど、本当に分かるものなんだな)
「アドレーと申します。歳は二十歳。一応、この組の長をやらせていただいております。以後、お見知りおきを」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
最後に茶色の髪の男が口を開いた。やや芝居がかった口調にマリコは少々驚く。
(おお、この人がミランダさんの……何と言えばいいんだ、追っかけ? 真面目そうと言えば真面目そうなのか? この人だけ胸の方を見てこなかったし)
挨拶を交わしながらマリコがアドレーを密かに観察していると、少し離れた席でガタンと何かが倒れる音が響いた。
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