105 探検者の帰還 8
マリコがタリアやミランダと話をしていると、執務室の扉がコンコンとノックの音を響かせた。顔を出したのはサニアである。
「あ、二人ともいたわね。ちょっと手を貸してくれる?」
「構いませんけど、何をするんですか?」
マリコとミランダを見てそう言ったサニアに、マリコは手伝いの内容を聞いた。
「オオカミよ」
「えっ、オオカミ!?」
サニアの返事にマリコはギョッとして聞き返した。
「ああ、違う違う。里に出たとか誰かが襲われたとかじゃないから」
ソファから腰を浮かせかけたマリコに、サニアはあわてて手を振って言い足した。
「サニア、あんたそれはさずがに省略しすぎさね。オオカミよ、だけでマリコに分かるわけがないじゃないかい」
「察するに、バルト殿やアドレー達が持ち込んだオオカミの肉のことだろうが、説明なしにマリコ殿に分かれと言うのは無理があると思うぞ」
「う、だって何となくマリコさんなら分かってくれそうな気がしたのよ」
二人掛かりの突っ込みにサニアがよく分からない言い訳を返す。
「いえ、それはさすがに……。で、オオカミの肉というのは?」
黙って聞いていると話が進まなくなりそうな気がしたマリコはサニアを促した。
「そうそう、さっき戻った組なんだけどね……」
里の周囲を回る探検者は自分達のためだけでなく、里の安全のためにも獲物を狩る。ここナザールの里において、最も身近で数も多い脅威は茶色オオカミであるため、狩られる数も当然それなりの数になった。アドレーの組の主な獲物はこの茶色オオカミで、今回も概ねいつも通りの成果を上げて戻ってきている。
そこまでならさほど問題ではない。ただ、今日はバルトの組も帰ってきた。放牧場がある方の山にも茶色オオカミは生息しているので、彼らの獲物にも茶色オオカミが含まれる。その上、彼らが自分達のために狩った分も含めて灰色オオカミも追加されるので、結果として大量のオオカミ肉が一度に持ち込まれることになった。
これが例えば野豚ならそこまで問題にはならない。凍らせるなり何なりしてしまえば済む話である。オオカミ肉だから問題なのだった。
「はっきり言うとね、オオカミのお肉は結構臭みがあってあんまりおいしくないのよ」
「それで燻製して干し肉か煮込み料理かのどちらか、ですか」
「そう。いくら保存があるといっても限度があるからね。だから、燻製にかける分はとりあえずさっさと塩漬けにしないといけないのよ」
場所を厨房に移してマリコはサニアの話の続きを聞いている。食堂にいた里の人達は灰色オオカミの話を伝えに行ったので、マリコが出てきても問題ない状態になっていた。皆が夕食の準備に追われる厨房の一角には、オオカミ肉が小さな山を作っている。
オオカミの肉を食べる、というところでマリコは少し驚いたが、現代日本では一般的でないというだけだと思い直した。考えてみれば、毛皮だけ取って捨てる方がひどい話なのだ。
「でね、干し肉にしない分を使う煮込みの方はこっちでなんとかするから、塩漬けの方をお願いしたいの。ここだとちょっと場所が足りないから中庭で。井戸のそばで一応作業できるようになってるから。どうかしら?」
問われたマリコは肉の山に視線を向ける。解体が済んでいるものと皮と内臓を取っただけのものがあるのが見て取れた。解体しなければならないものもあるから自分に声が掛かったのだろうと見当をつける。
「分かりました。やってみます」
「助かるわ。またミランダを助手にしていいから。ミランダもいい?」
「承知した」
「ところでサニアさん、この解体が済んでいるのとまだなのがあるのはどうしてですか?」
宿屋が持ち込まれる品を引き取るのに条件があるのなら、全部同じ状態でないとおかしいような気がしてマリコは聞いてみた。
「ああ、それね。本当は解体まで済ませてくれてる方がありがたいんだけど、アドレーの組はその辺りが得意な人がいないらしくて。前に無理矢理解体して持ってきたらボロ雑巾みたいな引き取れない物になっちゃっててね。もうちょっと上手くなるまではここまででいいってことになってるのよ」
どこかで聞いたような話だと思ったマリコがミランダを振り返ると、ミランダは明後日の方を向いてそ知らぬ顔をしている。
「その点、バルトの組は上手ね。やっぱり女の子がいる組はそういうところが丁寧よねえ」
実際の解体についてはミカエラやサンドラよりバルトの方が得意であるとはサニアも知らないことだった。そういうものかと、マリコは頷く。
(そりゃゲームじゃないんだから、何でもかんでも一律にはできないよな)
話を終えたマリコ達は庭での作業の準備を始めた。サニアの言ったとおり、中庭の井戸のそばには洗い場が設けてある。二人は作業台を一つ厨房から持ち出して、漬け込む桶や包丁まな板などの道具類、塩などの調味料をそこへ並べていった。
頭が無いとは言え、四本足の動物の形を残したオオカミの解体はマリコも初めてだったが、マリコの「調理スキル」は問題なく発動した。鶏の時と同じように迷い無く解体を進めるマリコを、ミランダは昨日と同じく水道の役をこなしながら感嘆の目で見つめていた。
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