104 探検者の帰還 7
「……マリコ殿? 何を目を丸くして人の顔を見つめておられる」
口を開けたまま固まっていたマリコの目の前で、ミランダがヒラヒラと手を振った。
「え? あ、いえ、ミランダさんってお姫様だったんだなあ、と」
硬直が解けたマリコは思っていた事をついそのまま口にする。
「お姫様……。まあ確かにそう言えぬことはないし、アドレーのようにそう呼ぶ者も居るが……。それに何か問題があるのだろうか?」
「問題って……ええと、私とかがこんな風に気楽に話しかけていいのか、とかでしょうか」
「え?」
今度はミランダがきょとんとした顔になった。
「マリコ殿。何をどう考えたらそうなるのかはよく分からぬが、気にされる必要はないぞ? 門の番人の娘を特別扱いしてどうなるというのだ」
「そうなんですか?」
どこまでがミランダの私見なのかは分からないが貴人の概念が日本とは違うようだ、とマリコは思った。
「考えてもみられよ。タリア様のようにご自身で転移門を発見された方ご本人なら特別と言われるのも分かる。だが、その子孫であるというだけではその御仁が素晴らしい方かどうかなど分からないであろう?」
「それはまあ、そうですね」
「だから、私を特別扱いなどする必要はないのだ。私はまだ何を成し遂げたわけでもない故な。むしろ、同じ門の番人の娘であっても、その後継として実務を切り盛りしておられるサニア殿の方が特別視されるべきであろう」
「あっ! そうですね。サニアさん」
生まれより実績が物を言うのか、などと考えながら聞いていたマリコは、サニアの名前が出たことで初めてそこに思い至った。立場としてはサニアもお姫様の位置にいるのである。マリコはサニアの少しのんびりした雰囲気を思い出した。
(初めて会った時、まずアリアのお母さんっていう認識だったからなあ。でも確かにお姫様、というかお嬢様っぽいかな)
「ああ、サニア殿だ。似たような立場故、話も合ってな。何かと頼りにさせてもらっている。門の番人の娘であること、弟がいること、背丈や体つき、話題には事欠かない」
ミランダは指を折りながら、どこか楽しそうにサニアとの共通点を挙げていく。しかし、マリコはその中のひとつに引っ掛かった。
「ミランダさんもですけど、サニアさんに弟さんがいるんですか?」
マリコは思わずタリアの方を振り返った。
「おや、言ってなかったかい? いるよ、下に弟が二人」
「初耳ですよ」
「上がサイモンって言って、こないだ結婚してね。今は二人で隣町で暮らしてる。嫁になったセシィはここで住み込みだった娘なんだよ。で、下はサルマンって言うんだけど、こっちは探検者をやってる。うちの里だから、もう何日かで帰ってくるだろうさ」
目を細めながら話すタリアからは息子達への愛情が感じられる。マリコはその顔を見て少し祖母や母を思い出した。
「セシィ殿は料理の上手い方でな。彼女が結婚して宿屋を辞める、しかも相手はサイモンだって分かった時は里で一騒ぎあったものだ」
「そうだったねえ。ああ、セシィの結婚はマリコにも少し関係があるね」
「え?」
関係があると言われたマリコは首を傾げる。どう関係するのかピンと来なかったのだ。
「セシィが息子と出て行って、住み込みはミランダ一人だけになってたからね。元々、どうしようかって言ってたところでサニアの三人目が分かったから、募集しようって話になったってことさね」
「ああ、そういうことですか。それは不思議というか面白いご縁ですねえ」
去って行った人の席を埋める、次の人が来る。会社などに限らず組織であればどこででも起きる、珍しくもない出来事である。しかし、その席に次に座ったのがなんだかよく分からない存在である自分だということに、マリコは不思議な気持ちになった。
◇
「なあ、トルステン」
「なんだい?」
湯船に身体を沈めながら、バルトは同じく隣に座るトルステンに声を掛けた。バルトの視線の先には洗い場で泡だらけになっているアドレー達五人の姿がある。
「あれ、やっぱり撫でてみたいと思わないか?」
「俺だったらダメ元でもミランダちゃんに頼んでみるかなあ」
「それはあらぬ誤解を招きそうじゃないか?」
「お前がアドレーを押し倒して揉みしだいたら、もっとひどい誤解を受けると思うよ?」
「そうか」
「一部のご婦人達を喜ばせたいのなら止めはしないよ」
「……そうか」
鼻まで湯に浸かってブクブクと泡を出しながら、バルトはすぐ目の前で動く五組の猫耳としっぽを無念そうに眺めた。
探検者が出てきてない! と途中で気付いて、急遽押し込んだのが男子浴場……結局書いてしまいました(汗)。誰得なんだ……。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。