101 探検者の帰還 4 ★
アドレー達の酒盛りが始まって少し経った頃、正面の扉が再びガラリと開かれた。男達は顔を上げてそちらに目を向ける。
「ただいまー。あー、やっと帰ってきたあ」
「お風呂……。今ボクは、ただひたすらお風呂を欲している……」
「二人とも待ちなさい……あ、皆さん、ただいま戻りました」
扉を開けるなり気の抜けた声を上げながら入ってきた赤い髪と青い髪の娘に続いて、緑の髪の娘がパタパタと追いかけてきた。そのままカウンターに向かっていく先の二人とは違って、戸口をくぐった所で一度立ち止まって律儀に頭を下げる。
入ってきたのが誰なのかを認めた男共の眉が一気に下がる。探検者然とした服装とはいえ、それぞれタイプの違う美人三人の登場に、男性客ばかりだったフロアの空気が一気に華やいだものになった。
「ああ、カリーネさん、おかえりなさい。ミカエラさんとサンドラさんも。無事に戻って来てくれて嬉しいわ。後の二人も?」
三人が近づくのを待って、カウンターの中にいたサニアが声を掛けた。
「ええ、大丈夫、ありがとうございます。二人ももう来ると思います」
「良かった。じゃあ、いつも通り?」
「ええ、構わなければこの二人と先にお風呂を使わせていただきます。後の事はバルトとトルステンに」
「お風呂の方はもう入ってるから大丈夫よ。ゆっくりしていらっしゃい」
「はい、では」
カリーネは落ち着いた物腰でサニアといつものやりとりを済ませると、後の二人と一緒に廊下の奥へと消えて行った。廊下の突き当たりにある扉から出た所に別棟になった風呂場があるのだ。
「やれやれ、女の子達はお風呂が好きだねえ。そう思わないか、バルト」
「一週間振りだし、昨日はスライムも狩ったんだ。いくら浄化を使ってると言ってもお風呂には敵わんってことだろう」
娘達と入れ替わりに、開けっ放しになっていた戸口から革鎧姿の男二人が姿を見せた。金髪細マッチョのバルトと茶髪マッチョのトルステンである。お風呂にダッシュした女性陣に置き去りにされるのはいつものことなので、二人とももう慣れたものだった。
「バルトランドの組、ただいま戻りました」
「おかえりなさい。無事でなによりだわ。今女将を呼ぶからちょっと待ってね」
男二人を迎えたサニアは、傍にいたミランダを振り返った。
「ミランダ、女将にバルト達が戻ったって言ってきてもらえる?」
「承知した」
◇
「ミランダです。よろしいですか」
マリコがタリアとカップを傾けながら一休みしていると、ノックの音と共に廊下からミランダの声が響いた。
「構わないよ。なんだい?」
「バルト殿の組が戻られました。サニア殿がお呼びです」
「ああ、さっきここの前を通って行ったのは、やっぱりカリーネ達だったかい。分かった。すぐ行くよ」
執務室に入ってきたミランダの言葉を聞くと、タリアはカップを置いて腰を上げた。戸口の所まで行ったところでマリコを振り返る。
「あんたはもうちょっと休んでから来ればいいさね。今日は本当に助かったよ。そのうちまた頼まれてくれると嬉しいね」
「こちらこそ。私で手伝えることでしたらいつでも言ってください」
「そりゃ頼もしいね。それじゃ、ちょっと話を聞いてくるかね」
そう言って、タリアは部屋を出て行った。マリコは残ったミランダの顔を見る。
「話を聞くって、何ですか?」
「ああ、マリコ殿は探検者が宿に戻ってくるのは初めてなのだったな。話というのは……」
ミランダは探検者の行う報告について、かいつまんでマリコに説明していった。
「……で、バルト殿というのは、おそらく今この里で一番強い組を率いておられる方でな、かの組は里の東側を主に受け持っておられる」
「それは、東側はそれだけ危険ということですか」
「ああ、この里が今一番東の端に当たる最前線だということは知っておられるな?」
「ええ」
「タリア様ご夫妻を始め、転移門を使わずにここへ来る者は全て西から来るのだ。隣の街はそちらにある故な。それに、隣の街へ至る街道もわずかではあるが作られている。つまり西側は里の外側もまだ比較的拓かれているとも言える。対して東側は……」
「誰も行ったことがない?」
「そういうことだ。そこへ分け入っていく組の持ち帰る話は重要であろう? 故にタリア様が直接話を聞きに行かれたのだ」
「そういうことでしたか」
ミランダの話を聞いたマリコは、探検者がどんな人達なのかますます気になった。しかし、里の人達も来ているという今、表に出て行くとややこしいことになるのも容易に想像できた。
(まあ、夕方には見に行けるか)
そう考えて自らを納得させたマリコは、カップの中身を飲み干すとひたすら数字を追って少し疲れた目頭を軽く揉みほぐした。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。