100 探検者の帰還 3
何と、百話目です。でも、作品内ではまだ三日目だと言う……。
亀進行にお付き合い下さっている方々、ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。
本格的な食事ができる時間帯こそ決まっているものの、宿屋としての業務があるので建物自体は余程のことがない限り開いている。飲み物や乾き物程度のアテは頼めば出してもらえた。そこから先は状況や注文する者の交渉力次第である。
アドレー達は部屋に戻ることもなくテーブルの一つに着くと、そのまま酒を注文し始めた。いつもの無事帰還を祝う会兼アドレーの残念会である。野次馬をやっていた里の男達も近くの席に陣取って一緒にワイワイやり始めた。アドレー――と仲間達――がミランダを追ってやってきた話を知らない者はいない。同情する者、羨む者、反応は様々だがいい酒の肴にされていることだけは間違いなかった。
一方のミランダは勝負が終わるとさっさとカウンターの奥へ引っ込んでしまった。こちらも皆事情を知っているので、サニア始め女性陣も無理にフロアへ出ろとは言わない。ただ、興味津々であることについては男性陣以上かも知れなかった。
「全く、いいかげん諦めて帰ってくれればよいものを」
「あら、探検者としていてくれるんだから、そんなこと言わないの」
猫耳五人組を遠目に見やりながら愚痴をこぼすミランダをサニアがたしなめた。
「そうは言われるがな、サニア殿。帰ってくる度に大騒ぎされるこちらの身にもなってもらいたい。やっと自分の剣の腕を上げられるかもしれないというのに」
「剣? ああ、マリコさん?」
「そうだ。かの御仁は強い。国からこちらに出てきて、タリア様始め強い者はいるものだと思っていたがマリコ殿は飛び抜けておられる。ここで教えを請いながら共に鍛錬を続ければ私もまだまだ強くなれる」
「ふうん。じゃあ、アドレー君達もマリコさんに見てもらえばもっと強くなれるかしら?」
何気なく放たれたサニアの言葉に、ミランダはギョッとしてサニアの顔を見返した。
「なんて事を申されるか。何故わざわざ奴らを鍛えてやらねばならんのだ」
「何故って、アドレー君達も今はうちの里の一員なのよ。本人達のためにもうちの里のためにも、強くなってもらう方がいいからに決まってるじゃない」
「うっ」
「それにあなたの言う鍛錬って、朝やってるあれでしょう? あれに加わるんなら別に問題ないじゃない」
「それは確かにそうなのだが……」
人としても里を運営する者としても、サニアの言い分は正しい。個人的には釈然としないものの、ミランダは反論できなかった。
「……この話がからむといつものミランダらしくないわねえ」
「えっ!?」
「あのね、あなたはまだ結婚なんかする気はないんでしょう? もっと強くなりたいから」
「ああ」
「で、もし結婚するにしても自分より弱い相手はイヤなんでしょう?」
「当たり前だ」
「なら話は簡単よ。アドレー君が少しくらい強くなっても、その時あなたがもっと強くなっていればいいだけじゃない」
「あ……」
ミランダは目からウロコが落ちる思いだった。確かにその通りである。自分が強くなればいいのだ。このところ停滞気味だった己の成長も、マリコと出会ったことでまだ先があると確信できた。アドレーに追いつかれる心配などしている場合ではない。
「分かったみたいね」
「ああ。かたじけない。どうやら私は焦りを感じていたようだ」
「まあ、他の娘達をあなたに任せっぱなしにしてる私が偉そうに言うことでもないんだけどね」
宿の状況から己の鍛錬だけを優先するわけにはいかなかったミランダと、探検者稼業を続けることで本人も言っていた通り徐々に力をつけているアドレー。ミランダが焦燥感を抱くのも当然だった。
しかし、マリコの出現で少々風向きが変わった。それがどういうことか、考え直すことができたミランダは、改めてテーブルを囲むアドレー達を見た。先ほどまで胸にあったつかえはもう無く、ピコピコと動くアドレーの耳を目にして別のことに思い至った。
(マリコ殿は奴らを見てどうされるだろうか)
ミランダは自分の耳をピョコリと動かし、しっぽを揺らして考える。昨日の事を思い出すと頬がわずかに熱くなる。
(この耳としっぽにかなり執心しておられたからな。アドレーだとどうだろう)
マリコに撫で回されてのたうつアドレーを想像してみると、胸がすくような気もする反面、何となく腹が立つような気もして、ミランダは不思議な気持ちになった。
(さすがに男に向かって撫でさせろとは言わないであろうが……)
「マリコ殿だからなあ」
「何? マリコさんがどうしたの?」
「ああいや、マリコ殿がアドレー達と顔を合わせたらどうなるのだろうかと思っただけだ」
自分の耳としっぽを撫でさせて欲しいと言った時のマリコの目の色を思い出して、ミランダは少し心配になった。
◇
「くしゅん!」
突然のくしゃみに、マリコは帳面から顔を上げた。
「おや、大丈夫かい?」
「ええ、何かいきなり出ただけです」
「誰か噂でもしてるのかね」
「噂ですか」
(噂でくしゃみが出るって話はこっちにもあるのか)
「まあ、昨日のこともあるから噂のひとつも出るだろうさね。そっちはどうだい?」
タリアに頼まれた検算はもう終盤を迎えつつあった。
「今見てる分で最後です」
「やっぱり、えらく早いねえ。でも助かったよ」
「いえ、私もいろいろと勉強になりました」
出納簿の検算を手伝うことで、マリコはここでのお金の流れというものをおおまかに知ることができた。物の相場や税金の類の種類や率など、普通の人ならおそらく常識として知っているようなことや、時にそれ以上のことを、タリア以外に聞くことなく頭に入れられたのである。
(探検者が探検で得た物をよその街で売っても、こっちの里にマージンが入るようになってるのか)
基本的なことは日本と大きく変わらなかったが、探検者や転移門絡みのことはマリコには初めて触れるもので、珍しくもあり納得できるものでもあった。
「それが終わったら一休みすることにしようかね。本当に助かったよ。ありがとう」
「こちらこそありがとうございました」
この仕事にはマリコにこちらの知識を教える意味もあるのだと途中で気付いたマリコはタリアと礼を言い合うことになった。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。