世界を巡る隅話1〈仮〉
いつの時代も気紛れに【軸】、【世界】を移動する者が居た。
目的や理由、性格や想いもそれぞれ。
共通する事は唯一つ、
大地を旅する者のように世界を移動できるという事。
在る者は、本来なら通常では立ち入る事のできない世界へ、
風に乗る緑葉の如く流れ着く。
在る者は、師で有り父の形見を携えて、
世界の真意や有り方を知るために紅蓮に轟く焔のように流れ進む。
在る者は、神という崇められる存在でありながら、
自身の持つ物を放り出して悠々と旅を続け適当に手を出してまた旅をする。
そんな旅人の達の隅の話。
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【流れ奏でる緑葉】
荒れ果てた大地に一本だけある太い大木に腰を下ろして、
黄金色に光る管楽器の音をゆっくりと、深く、
大地の先まで響き渡らせるように音を奏でている人影があった。
その人影が沈んでいく陽の灯に照らされて姿を現したのは、
つばの付いた帽子を被る一人の青年。
管楽器での演奏が終わった青年は、何処から出したのか解らない、
濃い木色をした弦楽器を取り出して柔らかで落ち着きのある曲を弾き始める。
最後の音を奏でた後、彼は大地に別れを告げるかのように、
はたまた【世界】に別れを告げるように一言、
「さよなら」と口にした。
つい先程まで誰かが腰を下ろしていた場所には、
一枚の若葉が落ちている。
景色は変わり、
喧騒な町並みのなかに馴染むように鍵盤楽器の軽やかな音色が響きわたる。
音色を響かせているのはつばの付いた帽子を被る青年。
最初から其処に居たのか。
それとも最初からいなかったのか。
そんなことは町にとってはどうでもいいし、
青年にとってもどうでもいいのだろう。
町の中で演奏していた青年は楽しげに音色を響かせると、
次の瞬間にはもうそこには居なかった。
青年が居た場所には、一枚の若葉が落ちているだけ。
次は何処へ行きどんな音色を響かせるのだろうか。
それを知るのは――
一枚の若葉と、
つばの付いた帽子を被る青年だけなのかも知れない。
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【緋色の髪の少女と紅に染まった形見】
雨が上がったばかりの雲空から細い陽が女性を照らす。
緋色の髪を持つ少女は、
程々の大きさを持つ石の前に佇んで瞼を閉じて祈る。
辺りには穏やかな風が吹いていて――
緋色の髪の少女は瞼を開く動きがない。
緋色の髪の少女には肉親というモノは存在しない。
緋色の髪の少女が元々人間ではないから。
元々はある青年の武器だった。
意思を、感情を持った薄紅色の刀。
緋色の髪の少女がまだ薄紅色の刀で、暗く深い洞窟の底に眠っていた時、
ひょんなことから旅をしていたとある青年の武器となった。
青年は争いを無くす為、大きな戦いに身を投じ、
穏やかになった世界の後で何者かに殺された。
――祈りが終わった緋色の髪の少女は、
腰に携えている刀へと語りかけた後、
刀身を鞘から引き抜いて空に向けると、
刀身が紅に染まった刀はヒャハハハと声を出して高らかに叫び出し、
石の前に居た緋色の髪の少女は、忽然と姿を消した。
緋色の髪の少女と、
紅に染まった刀はこれから何処へ行くのだろうか。
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【気紛れな紅ドレスの軍神】
海が周りを囲む小さな砂浜の中心に、
ゆっくりと歩きながらも時より立ち止まって背伸びをし、
海風を大きく感じる女性の姿がある。
紅に染め上げられたドレスを着ているその女性は、
キラキラと日の光が反射する海を見てとても気持ち良さそうに自身の長い髪を撫でる。
青々とした海が悠々とした風に揺れて大小様々な波が踊る。
その様子は戦いに向かう戦士のようで有り、
穏やかな家族が幸せそうに寄り添うような、そんな風にも感じられた。
紅のドレスを着る女性は以前、どちらも手にする事が出来たと言うのに、
そのどちらも手の中に入れておこうとは思わなかった。
その時はなんともモヤモヤとした感覚が渦巻くだけで、
理由と言う理由は浮かんでこなかったが、
今でこそ――操作して手に入れたところでそれは本当に望んだものなのだろうか。
という想いがどちらも手にしなかった理由であると考える事が出来るかもしれない。
そのくらいに闘神、軍神と呼ばれる紅ドレスの女性には、
その神としての出生・役こそが枷に想えて仕方が無かった。
闘神、軍神としてしばらく生きた女性は、
ある時、今まで重く想っていた枷を容易く、気紛れに投げ出した。
闘神や軍神としての今までを無しにするのではなく、
気紛れに介入し、気紛れに好きな事をする。
そんな日々を開始した。
そして現在、小さな砂浜と大きな海を目一杯楽しんでいる紅ドレスの女性は、
青々とした空を見上げて次にやりたいことを考える。
――次は別の世界の同じモノに会いに行ってみようかな。
そう思った紅ドレスの女性はゆっくりとドレスをはためかせて、
今居る場所を後にした。
ざわざわと波が大きく音を立てる。
紅ドレスの闘神が砂浜を去った後、
小さな砂浜に残ったのは、
大きく大きく積み上げられた砂の塔唯一つだけ。