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短いお話  作者: ねむる
4/10

砂漠の町~出会いはいつも突然に~

 とある砂漠の町に住む少女と、彼女の家に忍び込む形となってしまった青年の出会いの話。

 ここは砂漠に面したオアシスの、とても平和な長閑な町。

 そのオアシスがある、町の中心に彼女はいた。

 名を、ディリアル・フィナッタ。

 見た目16歳ほどの彼女は、実は単なる童顔で、実年齢は28となっている。

 もう、完全に行き遅れの部類に入る彼女だが、本人はその事を特に気にする事もなく、未だに華の独身貴族の生活を謳歌しているのであった。

 そんな彼女が一体何をしているのかと言うと、オアシスの畔にある商店街――テントの様に布を張って、その木陰で商品を並べて売るという簡易のお店が軒を連ねている場所で、今日の夕飯の食料を物色しに来ていた。



「今日の夕飯は何にしよう?

昨日はヌータバッハだったし、一昨日はデュラネスクだった。

う~ん……なら、今日はズィリアムナにしようかな?」



 そう彼女が零す料理名はこの国でも一般的な家庭料理の名前だった。

 ヌータバッハは幾つかの香辛料と米と羊肉を煮詰めたもので、デュラネスクは少量の香辛料と牛肉と痛めて特製の甘辛いホワイトソースを絡めたもの。

 今日の夕飯に決定したズィリアムナは、オアシスで取れた魚を特製のタレで煮込み、それを更に揚げて柔らかくしたものであった。

 ディリアルは一通り商店街を見て回って、一番安かった魚を購入し、それと付け合わせにする予定の果物と野菜を数品購入してから帰路へと急ぐ。

 土壁で作られた縦長い四角の家々を尻目に、彼女は自分の家を目指す。

 途中、近道をしようと横道に逸れ、奥様方の井戸端会議や子供達の楽しげな追いかけっこをして遊ぶ様子を眺めつつ、緩急な坂の脇道を歩いて行く。



(今日は父さんは近所の友達と飲み会だし、母さんと(デュラスク)は子供会の集まりで居ないし、家には私一人か……。

ちょいと寂しい気もするけど、ま、別に何日も居なくなるわけじゃないし、父さんは夜半過ぎに、母さんとデュラスクは明日の朝には帰って来るんだから。)



 大丈夫!と、彼女は一人ごちながら、角を曲がり、一軒の家に入って行った。

 ここは彼女の家。

 見た目は少し土壁が崩れ、砂嵐にでも襲われたら一気に壊れそうにも見えるが、実はかなり頑丈に作られており、崩れることなどありえなかった。

 壁に埋め込まれたような木戸を開き中へ入ると、そこはリビングで、家族が団らんできる様な憩いの場が設けられている。

 その右奥には壁と同じ土から出来ている階段があり、そこを上っていくと扉が四つ設けられた踊り場があった。

 階段を上って真正面に並んで設けられてある二つの扉は、向かって右側が彼女の弟――デュラスクの、左側が彼女の両親の部屋であった。

 そして、真正面ではなく右の壁に設けられた、デュラスクの部屋の右隣が彼女の自室であった。

 ちなみに、彼女の部屋と向かい合うようにして設けられている部屋は誰のものでもなく、倉庫となっている。

 所謂、物置きだ。

 彼女はサッと自室に入り、間違えて持ってきた、台所へ持っていく予定だった荷物を自分の部屋の中央にある、絨毯の上に鎮座している木製の机にトスっとおいて、己の服に手を掛けた。

 彼女は今、買い物へ出る為に、ある程度人前に出ても可笑しくない衣服を着用している。

 それはインドの女性の民族衣装――パンジャビドレスに似た衣服で、それを脱いで、彼女はもっと簡易の、この国で一般的に部屋着としても着られている服――同じくインドの民族衣装であるサリーによく似た服に着替えた。

 それから流していた髪を紐で一つにまとめ上げ、買ってきた食材を持って階下に降りる。

 そして、早速夕飯に取りかかるのであった。


 時刻は夕暮れ時――。

 何処の家々からも、美味しそうなその日の夕食を作っている匂いが漂ってくる。

 ディリアルは台所に立ち、開け放った窓から匂って来る美味しそうな香りに頬を緩め、自分も負けじと料理に腕を振るおうと、ありもしない袖を捲りあげるような動作をしてから調理に取りかかるのであった。


 それから数十分後――。

 彼女の目の前には一人分の手料理――ズィリアムナとサラダ、ナンの様な食べ物が並んでいる。



「では早速!

ディアーナよ、私達に数々の尊い命を分け与えてくださったことに感謝します。」



 そう言って、十秒ほど目を瞑って頭を軽く下げた後、彼女は箸を持って料理に手を出すのであった。


 数十分後――。

 食事を終えたディリアルが後片付けをしていると、地下の物置からガチャン!と壺が割れる音が響いてきた。



(あれ……?

家には今、誰もいないはずなのに、なんで……?)



 ディリアルは持っていた食器の泡を落とし、それを水切りかごに置いてから手を布で拭き、恐る恐る地下へと続く階段を下りるのであった。

 不用心だとか、危険だとか思われる方もいるかもしれないが、この町はとても治安が良く、犯罪なんて年に何回か子供――というか青年や少年の悪戯で、度胸試しだとか言って知らない人間の庭に忍び込み、鉢に植えられた花が盗られるといったモノ位だ。

 だから、空き巣や強盗的な犯罪者なんて考えられず、無謀にも一人で彼女は武器なんて何も持たず、地下へと降りて行くのであった。

 既に薄暗くなった地下へと続く階段を見下ろし、彼女は壁に着いたスイッチを押して明かりを点けてから恐る恐る階段を下りて行く。

 階段を下りてすぐにある、木の扉に着いた取っ手を右に回して押し、彼女は顔から覗くように中へと入って行く。

 中には木で出来た棚が所狭しと並んでおり、その棚には生活必需品が整頓されて置かれている。



「あの音は確か、壺が割れたみたいな音だったから……。」



 そう言いながら、彼女は地下倉庫の最奥――塩の入った壺が備蓄されている場所へと向かった。

 するとそこには――。



「――――――っ!!」



 彼女は声にならない悲鳴を上げて、腰を抜かせた。

 そこには割れた塩壺と、その壺に凭れかかる様にして倒れている青年がいた。

 見た事もないその青年を見て、彼女はこれまで生きてきた中で経験の無い目の前の光景に、どうしようどうしよう……!!とパニックになる。

 パニックに陥りつつも、彼女はその青年の姿をジッと観察した。

 まるで太陽の輝きを編み上げて作られたかのような金の髪に、緩くウェーブが掛っている。

 その髪は肩甲骨辺りまで有り、後ろで緩く紐で結ばれていた。

 顔立ちはやや幼く、それでも綺麗に整っていた。

 歳は20前後位か?

 陶磁器の様な滑らかな白い肌は、この辺りではあまり見られないモノ。

 この青年は東北にある王都辺りから来たのだろうとは容易に検討が付く。

 彼の纏っている衣装も、この辺りでは見慣れない意匠が施されている。

 高級そうなその衣服から、あまり知識の無いディリアルにも彼が身分ある人物だという事は容易に想像できた。

 そうこう考えている間に、少しだけパニックを起こしていた頭が冷静になる。



(どうしよう、この人……。)



 彼女はため息を吐きそうになりながら、とりあえず彼を起こそうと手伸ばした、その時!



(え……?)



 彼女の視界はグルンと反転する。

 何故か彼女の視界には天井が見えた。

 そして、その天井をバックに、先ほどまで倒れていた青年が彼女に馬乗りになって、首筋にひやりと冷たい何かを宛がっていた。

 驚きのあまり、彼女はキョトンとした表情となって、彼の顔を観察する。

 少し幼さの残るその表情には、二つの快晴の空を思わせるようなスカイブルーの双眸が細められていた。

 警戒心むき出しのその表情に、ディリアルは少し恐怖……ではなく、苛立ちを覚えた。

 そして、首筋に宛がわれているソレを特に気にした様子もなく、彼女は彼に話しかける。



「あの、何なんですか、貴方は。

何でうちの倉庫に居るんですか?

何でこんな事してるんですか?

ちょっと退いてください。

重いじゃないですか。

女に乱暴なんて、この町始まって以来の大事件だと思いますよ?

警吏(けいり)の方に捕まりたくなかったら、私の上から今すぐ退いてください。」



 落ち着いた様子の彼女に、青年は少しばかり面喰ったような表情を見せたが、すぐさま呆れたような表情となって小さく長い息を吐いた。



「………………君は、馬鹿なのか?」


「馬鹿とは何ですか、馬鹿とは!」



 呆れたように、本格的に馬鹿にしたような青年の言い方に、ディリアルはカチンときて、ムッと表情を歪めて反射的に言い返す。

 ソレを聞いて青年は、さらに馬鹿にしたような――いや、彼女を憐れな子羊を見るような目で見て返す。



「馬鹿って言葉すら知らないのか?

仕方ない……馬鹿とはな――」


「違いますよ、知ってますよ、それくらい。

意味が違いますよ。

いくらなんでも馬鹿にし過ぎでしょう。」


「……君が聞いてきたから教えようとしたんじゃないか。」


「必要ありませんので。

早く私の上から退いてください。

そしてうちの倉庫に何の用があるのか教えてください。

理由によっては警吏に引き渡すかどうか考えますので。」



 彼女がそう言うと、彼は彼女の首に当てていた物を袖の中にサッとしまってから彼女の上から体を退ける。

 青年に退いてもらってから、ディリアルはゆっくりと体を起こし、彼と向き合うように正座して問いかける。



「で?うちの倉庫に何の用ですか?」


「………………。」



 青年は胡坐をかいて座ってから、彼女を見つめて何も答えない。

 そんな青年の態度を見て、ディリアルは一つため息を吐いた。



「では、質問を変えます。

貴方の名前は何ですか?」


「……俺の名前など聞いてどうする気なのだ?」


「別にどうこうするつもりはないですが……。」



 二人の間に沈黙が流れる。

 互いが互いを見合い、先に口を開いたのは青年で。



「……いや、すまない。

少し警戒し過ぎていたようだ。

きちんとした名は名乗れないが、俺はルリーとでも呼んでくれ。

君の名は?」



 彼は自己紹介をし、困った様に軽く笑んでから彼女に問う。

 ディリアルは少し警戒しながら、自分が家族から呼ばれている愛称を伝えることにした。



「私の名前は……ディーと呼んでください。」


「わかった、ディー。」



 青年は、きっと彼女が偽名か、それに準ずる名を語ったと気付きながらも苦笑してそう答えた。

 その笑みを見て、ディリアルは彼が何となく悪い人には見えなかった。

 なぜなら、その苦笑はとても穏やかで、温かなものであったからだ。

 そんな彼に、やっぱり偽名ではなく本名を名乗ろうかと思案していると、彼は先ほどまでの苦笑を消して真剣な眼差しとなり、彼女に言う。



「突然だがディー、君を巻き込むわけにはいかない。

が、今の俺には行く当てもない。

とにかく、今日一日だけで構わないから、ここに居させてくれないだろうか?」



 そう言ったルリーは、とても真剣な表情で。

 一瞬、そのあまりにも綺麗で真摯な瞳に吸い込まれたようにディリアルは見惚れてしまった。

 が、ハッとすぐさま意識を取り戻して、彼に反抗するかのように真剣な表情で見返した。



「理由は……?」


「話せない。

話せば関係ない君を巻き込むことになるだろう。」



 ただでさえ巻き込んでしまったのにとでも言わんばかりに、彼は申し訳なさそうに瞳を伏せて俯いた。

 そんな彼にディリアルは少し同情心が湧き、仕方ないとばかりにため息を吐いた。



「…………分かりました。」



 その言葉に、ルリーは目を見開いて驚き、信じられないとばかりの表情となった。

 正直な所、彼はこんな得体のしれない自分を匿うはずがないと考え、ダメもとで言ってみたのであった。

 そして表情がクシャリと笑みを浮かべると同時にお礼を言おうとした彼の言葉を遮り、彼女は更に言葉を紡ぐ。



「ですが、ここに居てもらうわけにはいきません。」



 彼女のその言葉を聞いて、ルリーはやっぱり駄目かと肩を落とした。

 そんな彼の様子を見て、先ほど馬鹿にされた事を軽く根に持っていたディリアルは仕返し完了と心の中で小さく呟き、これ以上いじめるのは可哀想だと彼に苦笑して見せた。



「ここは倉庫なので、私の部屋に来て下さい。

丁度、今夜は誰もいませんし……と言っても、夜半過ぎには父が返って来ると思いますから。

ここに居てもらっては困るのです。」



 父に見つかって警吏に引き渡されるのは嫌でしょう?と言いながら、彼女はその場に立ちあがった。

 それから、茫然としている、未だ彼女の言葉が理解出来ていない様子の彼に向って手を伸ばす。



「ほら、そんな所に座ってないで、掴まってください。」



 起こしてあげますと言った彼女に手を掴まれ、ルリーは倉庫を後にするのであった。

 そして、まだ残っていた夕食を彼に振舞い、ディリアルの部屋に彼を匿うようになるのであった。




 やがてこの話は、後世に語り継がれて行く事となる。

 それは何故かと言うと、彼女が助けた青年は、この大陸をすべる王家の一人であったから。

 彼女が彼を匿っている内に二人は恋仲となり、その話は彼が帰国して彼女を妻に迎えたいと王に報告した時に広まる事となったのであった。

 とある王家の青年と、とある砂漠の町の少女の、身分違いの恋話として――。



突拍子もなく書きたくなった話です。

けど、実はこの話にはちょいと裏設定がありまして……。

また、気が向いたときにでもその裏設定を書きましょう!

此処まで読んでくださりありがとうございました。

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