年下ワンコ
数学女教師と学校一イケメンランキング~ショタ部門~で常に上位の男の子の話
女の人は天然系、男の子はヘタレっぽい感じです。
私の名前は桑原美菜。
今年、高校の数学教師として、近所の私立高に就任した。
見た目は位で表すなら普通より下で、どっちかとあえて選ぶなら綺麗より可愛い部類なんじゃないかなぁ……?と考えている。
が、あまり目立ちたくない性格なので、わざと顔を黒ぶちの眼鏡で覆って、前髪も少し長めにしている。
うん。
外見は根暗。
だからというか、そんなだから学生に“根暗眼鏡”と陰口をたたかれている。
少し傷つきはするんだが、反発するのは後々面倒なので、あえて素知らぬふりをしている。
そんな私の癒やしと言えば……。
「桑原先生、おはようございます。」
「おはよう、椎良クン。」
学校の廊下で挨拶してきてくれたこの椎良悠人クン。
彼はこの高校の普通科二年、私が副担を務めているクラスの成績優秀な男の子。
見た目は、太陽に照らされればやや赤茶けた色になるフワフワと緩やかに跳ねる柔らかい髪に、ハニーフェイスという男の子にしては可愛らしい部類の顔立ち。
クリクリの大きな目がフワッと細められて笑うこの姿を見た女子高生は一瞬目を奪われてしまうそうで、校内でもイケメンランキング・ショタ部門に常に一位でランキング入りをしている男の子だ。
だが、別に身長が低いわけではなく平均的で……。
多分、雰囲気や顔の見た目がショタを彷彿とさせるのであろう。
ただ、彼は運動が苦手らしく、体育だけはいつも成績が悪い方にランクインされている。
これで運動もできれば文武両道でモテモテだろう。
ま、運動ができない今でも女の子にはモテモテなのだが……。
噂によると、彼は女の子が苦手らしく、告白した子は必ずフラれるという。
その内、どうしても振り向いて欲しいと彼に抱きつこうとした勇気のある女の子が、運動が苦手な彼にしては珍しく素早い動きでその子を避けて転ばされてしまったとか。
中学校の時には特にそんなことが頻繁に続いて、ついに女の子たちの集団から呼び出され、色々と言われて女の子が苦手になったとか、触ることができなくなったとかで今に至るということらしい……。
うん、なかなか濃厚な内容の武勇伝だ。
そんな彼は私を見かけると必ずふんわりと笑って挨拶してくれる。
私の陰口を一切言わない数少ない男の子の一人だ。
私の挨拶を聞き終え、こちらに背を向けて廊下を歩き去る彼の背中を見つめながら考える。
彼が見えなくなるまで眺めていると、キンコーン…キンコーン…と毎朝の朝礼十分前のチャイムが響いてきた。
私は慌てて手に持っている筆記用具や帳簿等を抱え直して、足早にその場を後にした。
*****
今日も特に何かトラブルが起こることもなく、無事一日が終わった。
そんな、放課後の職員室。
「お疲れ様です、お先に失礼します。」
「はぁ~い、お疲れ。」
「お疲れ様です。」
私の挨拶にパラパラと職員室にいる同僚から声が返ってくる。
今日の私の仕事はもう終わり。
私はそれを聞いて職員室から足早に抜け出した。
オレンジの日差しが差し込む廊下を、一人カツカツと下駄箱を目指して進んでいく。
遠くの方から、「今日の練習はこれまで!」「お疲れさまでしたぁ!」というような部活生のやり取りが響いてくる。
それを耳に入れながら靴を履き終え、今度は自転車置き場の方へと歩いて行く。
玄関から外に出ると、真正面に眩しい紅色の燃えるような太陽と向かい合わせになり、ふと足が止まる。
綺麗だなぁと景色に感嘆を洩らし、今日も一日終わったと安心して少し笑み、また足を進めていく。
ジャッジャッと校庭の土を踏みながら自転車置き場に到着し、自分の自転車のカゴに持ち物を入れ、自転車に跨って校門へ。
すれ違う生徒に挨拶をしながら家路を急ぐ。
私の家は学校から2、3分程の商店街を抜け、住宅街にそびえ立つオートロックマンションにある。
学校から自宅まで自転車で約10分程だ。
そんなマンションに一人暮らしをしているのだが、たまに自宅から20分程の場所にある実家に帰ったりもしている。
いやそれなら、実家から通った方がいいんじゃないかと思うかもしれないが、私の家を中心に考えると学校と実家は正反対の位置にあって、実家から通うなら自転車で約30分くらいかかるので、自転車しか交通手段のない私にはしんどいのだ。
だから、実家よりまだ近い、思ったより家賃のかからないこのマンションで一人暮らしをしている。
一人暮らしだから、自炊はもちろん家事全般をこなさなければならないので、この帰る途中にある商店街で夕飯の買い出しなどを済ませて帰る。
さぁ、今日は何にしようかな?
色々見て見たが、今日はジャガイモとこんにゃくとニンジンが安い。
牛肉も安いとは言い切れないが、まぁまぁ良い感じの値段だ。
というわけで、今日の夕飯は肉じゃがに決定。
ご飯は炊いてあるし、あとは簡単にサラダや味噌汁でも作って……。
私は増えた荷物も一緒に自転車のカゴに入れて、家へと急ぐのであった。
もう、あの紅い夕日はほとんど地平線に姿を隠し始めていた。
*****
カチャ……。
「ただいまぁ。」
家の玄関の扉を開け、中に入りながら自分の家のリビングに声をかける。
すると……。
「おかえり、みーちゃん!待ってたよ!
お腹すいたぁ~!今日の夕ご飯は何?」
「今日は肉じゃがと味噌汁とサラダだよ……って、また食べて帰る気なの、ゆう。」
「えっへへぇ~……みーちゃん大好き!ゴチになります!」
リビングに向かうと部屋の明かりは煌々と室内を照らしており、部屋の中央に置かれたテーブルには今日の宿題をしていたのだろう、ゆうが私を振り返りながら満面の笑顔で話しかけてきた。
そう、ショタランキング万年一位の椎良悠人が。
私は呆れながらも夕飯の支度にさっさと取り掛かる。
その間、椎良悠人……いや、ゆうは宿題を終わらせようと机と睨めっこだ。
さて。
どうして彼が私の部屋にいるのかと言うと……。
彼は私が小さいときから近所に住んでいた男の子だ。
親同士も仲が良く、近所に住んでいるのも理由の一端ではあるのだが、姉と弟のように育ってきた。
ってか、記憶を探れば彼と遊んだ記憶ばかりしかでてこない。
いや、嫌いなわけではなくて、むしろ彼のことは好きだ。
朝も言った通り、私の癒やしだ。
そんなことを考えながら彼の後姿を見ていると……。
「ゆ~うぅ~!」
「何、みーちゃ…っと!」
「可愛い可愛い可愛いよぉ~!
い~や~!なんでこんなに可愛いんだろ!」
「えへへ、擽ったいよ、みーちゃん。」
思わず、背後から抱きついて頭に頬ずりしていた。
うん。
メッチャ大好き!
っていうか、もう溺愛していると言っても過言ではない。
私が抱きついた瞬間の少し驚いた顔も、頬ずりすると擽ったそうにはにかむ顔も仕草も、首に私が回した腕にそっと手を添えてクスクス笑うこの子が、もう、大大大っ……好き!
昔から、私の方が5つお姉さんだから面倒を見てあげなきゃと、物心ついた時にはもう溺愛しながら彼の面倒を見ていた。
……覚えている限り、彼を溺愛していない記憶は私の頭の中にはない。
暫らく彼を溺愛し、フゥと息をついてそのまま彼の頭に頬を乗せて凭れかかって溺愛の余韻に浸っていると、「満足したの?」って、微笑みながら話しかけてくるゆう。
それに、私は「今ちょっと余韻に浸り中……」と素直に返せば、彼は肩を小さく揺らして楽しそうに笑った。
「教師の私がこんなことしてちゃダメなんだよねぇ……。
わかってるんだけどぉ……。」
零すようにそう述べ、頭の中で青少年健全育成条例という文字が浮かび、それ以前に宿題している彼を邪魔するのはダメだよなぁなどと考える。
そんな私の独り言めいた言葉に、彼はまたもや小さく肩を揺らし笑った。
「別にいいんじゃない?
それに俺、みーちゃんにかまってもらうの嬉しいし……好きだよ。」
以前より少し低くなったそんな声で、私好みのそんな可愛い顔でふんわり微笑んで好きだよって、あんた……!
私をトキメキ死させるつもりか!!
んん~……っ!
「うっにゃぁー!
可愛い可愛い、可愛いよ、ゆう!
私も大好き!世界一大好き!」
私はまたもや大興奮で彼に返しながら彼の頭頂部へ頬ずりしまくった。
私はもう、キュン死に寸前だ。
また暫らく彼に頬ずりし、彼を胸に抱きかかえて頭頂部に頬を乗せて萌えの余韻に浸る。
この時間が本当に幸せだ。
「あぁ~もう!こんなゆうをお婿さんにもらえる女の子が羨ましいよ!
彼女できたら私に真っ先に教えてね?」
「…………。」
私の問いかけに、ゆうは顔を俯けて反応をしなくなる。
おや……?
もしや!
「ゆう?
その反応、まさか……彼女できてるの!?」
「いや、違うから。」
私は彼の肩を掴んで此方に向けさせそう言うと、ゆうは呆れたようなガックリしたような表情で間髪入れずに即答してきた。
って、違うんだ。
なんだ、残念……。
ゆうに彼女ができたなら、御赤飯でも炊いてお祝いしようと思ってたのに。
あ……家に御赤飯ないや。
えっと、雑穀米で変わりにならないかしら?
そんな事を考えていると。
「……ねぇ、みい。」
ゆうが固い声音で私を呼んだ。
ってか、みいって……。
「コラ!
おねいちゃんに向かって呼び捨てはダメでしょ?
ちゃんといつもみたいにみーちゃんって呼んで。」
「…………。」
いつも彼が悪い事をしたときのように、しっかりと姉貴風を吹かせながら彼の言葉を窘める。
いつもだったら、ごめんってすぐに謝って失敗しちゃったと言わんばかりに苦笑しながら返してくるはずなのに、今日は何だかいつもと様子が違うみたいだ。
「ゆう?どうしたの?
何処か、具合悪いの?」
「…………。」
少しオロオロしながら彼の事を心配するが、やはり彼からの返事は返ってこない。
彼は私に顔を見られまいとするかのように俯いている。
私は俯いたゆうの表情は見る事ができない。
だって、俯くってことは、顔を見られたくないってことだと思うから……。
それにしてもゆう、どうしたんだろ?
「ゆぅ……きゃっ!!?」
再度彼の名を呼んでどうしたのか問いかけようと口を開いた途端!
突然視界が反転して背中に衝撃が走った。
驚いて、私は小さく悲鳴を上げて目を瞑った。
すると……。
「みいはさ……。
みいは、いつまで俺が弟分のままだと思ってるの?」
自分の上から聞こえてくる、いつも聞いている声。
けど、その声音はいつもより低くて、少し怒気を孕んでいて……。
私はゆっくりと、おそるおそる上にいる人物を確認する。
表情は、天井から照らす照明で影を作って窺えないが、それはどうみてもゆうだった。
まぁ、普通に考えてそうだろう。
この部屋には今、ゆうと私しかいないのだから……。
けれど、聞こえた声がいつもと違ったから、つい別人に錯覚してしまった。
そんな事を、少し混乱する頭で考えていると。
「ねぇ……応えてよ、みい。」
目の前――私に覆い被さるようにしている俯いているゆうが、先ほどの問いの答えを求めてくる。
いつの間に掴んだのだろう、私の顔の横に、まるで床に縫い付けるようにしてある私の手首を握るゆうの手が、今まで感じたこともなく強い力で握って、思わず顔を顰めるくらい痛かった。
けれども、その事を今抗議しても、ゆうはきっと放してくれそうにない。
何となくそう思えたから、痛みに耐えて彼の求める答えを探した。
いつまで弟分……?
そんなの、決まってるじゃない。
「いつまでって……ゆうは、ずっと私の弟だと思ってるよ。」
絶対、ゆうが私の弟は嫌と言おうと、拒絶しようと、彼は私にとっていつまでも可愛い弟だ。
例え、彼が犯罪を犯そうとも、油汗ダクダクの中年おじさんになろうとも、どうなろうとも……。
私はしっかりはっきり彼に言いきった。
それを聞いて、ゆうはピクリッと体を揺らして硬直させ、俯いている顔をゆっくりと上げた。
彼の表情が見えて、私は胸が痛んだ。
彼は、今にも泣きそうに表情を歪ませていたのだ。
私、選択肢、間違えた……?
ゆうを、傷、付けちゃったの……?
なんで……?
頭の中が混乱する。
私は何故彼を傷付けたのか、何故彼が傷付いているのか、全く分からなかった。
唖然と彼の表情を見つめていると。
「……なんだ。
俺はずっとみいの弟分でしかいられないのか……。
俺、は……。」
そう自嘲するかのように笑って言って声を途切れさせたゆうは、泣くと思った。
けれども、ゆうの瞳は酷く乾いていて……。
私の顔に、雫が降ってくることはなかった。
何て声を掛ければいいのか分からなくて。
次に掛けた言葉も彼を傷付けてしまうのではないかと考えて怖くて。
私は彼に向ける言葉が思いつかず、ただ彼のそんな傷付いた表情を眺めていることしかできなかった。
力を入れて握りしめられている手首よりも、胸が――心が痛かった……。
今にも泣きそうな顔で私を見下ろしているゆう。
貴方は今、何を考えているんだろう?
長いような短いような、よく分からない沈黙が自分達の間で張りつめる。
気圧が変わったように、耳が酷く痛く感じる程であった。
どれほど時間が過ぎたのだろう?
きっとそれほど長くはないと思う。
痛い位の沈黙を破ったのは、私を見下ろすゆうであった。
「俺、さ……。
ずっと、みいに好かれる様に、みいに嫌われないように、みいの好きな――みい好みの男の子をやってきたんだ。」
それは、演技してたって事?
何のために?
……って、あぁ。
私に嫌われないようにか。
でも、なんで?
私はいつも彼に好きだって言ってたし、さっきみたいに抱きついたり頬擦りしたり、愛情表現はしていたはずで、彼を嫌うなんて考えたこともなくて……。
天地がひっくり返ろうと、海が割れようと、神様がゆうの事嫌いになれと言っても絶対にありえない。
彼の言いたい事がよく分からなくて、少し頭を捻った。
そんな私の様子を見て、ゆうは「ここまで言っても分からないんだ…」と、更に自嘲するように笑った。
その言っている意味もよく分からない。
自嘲する意味も分からない。
ゆうが何を言いたいのか、全く分からない。
そんな私の思考を読んでか、ゆうは苦しそうに眉根を寄せて表情を歪ませた。
なんでそんなにゆうが傷付いてるの?
傷付いて行くの……?
「みいはさ、そんな俺の事、好きだって――大好きだっていつも言ってくれて……。
初めはさ、それで――それだけで良かったんだ。
満足してたんだよ、俺も。
けどさ……。
俺、気づいたんだ。
みいが言ってる“好き”は、俺の“好き”とは違う……。
あぁ、何て虚しいんだろう……って。」
ゆうと、私の“好き”が違う?
何で?
ゆうは、私を姉の様に思ってくれていなかったんだろうか?
慕ってくれていなかったんだろうか?
そう考えて、酷く胸が苦しくなった。
鉛を肺に詰められたかのようで、息が止まるかと思った。
今まで信じていたものは何だったんだろう?
私が言ってきた言葉は何だったんだろう?
私のこのオモイは、何……?
彼を傷付けてるのは……。
頬を、生温かな何かが滑り落ちる。
それを皮切りに、幾つも幾つも頬を雫が流れ落ちて行く。
そんな私の表情を見て、今まで自嘲するか傷付いているかどちらかの表情を浮かべていたゆうの表情が、驚きで満たされた。
そして、次いでまた傷付いたような泣きそうな表情となって……。
彼は私の手首を開放して、片手で後頭部を、もう一方の片手で背中を支えるようにギュウッと抱きしめた。
「ごめん……。
違うんだ、本当に……ごめん。
ごめんね、みい。
俺はみいを泣かせたいわけじゃない……。
みいを傷付けるつもりはなかったんだ……。」
ごめんごめんと繰り返しながら、ゆうは私の肩口に頬を寄せて擦り寄ってきた。
彼の声は震えていて、泣いていると思った。
けど、私の肌に水が触れることはなかった。
「みい、みい……。」
涙は出ていないけど、私を呼ぶその縋る様な声音は、まるで子猫が親猫を探して泣いているかのように聞こえた。
私はそっと彼の背中に両手を回してギュッと抱きしめた。
これ以上、彼が傷付きませんように。
これ以上彼が悲しみませんように。
そう、願いながら……。
私の願いが通じたのか、ゆうは私の名を呼ぶのは止めて、さらに力を込めてギュッと抱きついてきた。
そして……。
「……みい……好きなんだ。
姉としてじゃなくて、女の子として……みいが、ずっと好きだったんだ。
今も、誰よりみいが好き……。
だから……彼女ができたらとか、そんなこと、平気な顔で言わないで。
他の誰もいらない、みいが俺のものに――彼女になってよ……。
お願い……!」
その言葉――ゆうの告白に、目を見開いて驚く。
衝撃過ぎて、一瞬頭が真っ白になった。
けれど……。
彼の告白は私の心にストンと落ちてきて、パズルのピースが合わさったような、何だか納得できたような、何とも言えない不思議な感覚をもたらした。
と同時に頬にじんわりとした熱をもたらし、鼓動が強く打ち始める。
頭がフワフワと浮かされたような、のぼせたような感覚がする。
あぁ、そうか……。
私、ゆうの事――……。
わざと中途半端に終わらせています。
その後の展開は皆さまが自由に想像なさってください。
決して18禁になりそうだからと区切ったわせではありませんよ(笑)