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第5話_家督

第5話 家督



天文20年(1551年)尾張の国、津島近郊。



津島は、尾張だけでなく、近隣の国々の中でも有数の、商工業の港町だ。


日頃は、人が行きかい、多くの人に活気がある。

しかし今日は、いつもより元気がなかった。


津島の町のすぐ外、岡の上に、一本の大きな木が立つ場所。


そこに、慎介とその妻である時雨。そして今年の初めに生まれた、二人の子供である太平。

太平は時雨に抱かれて、穏やかに眠っている。


初孫の誕生を、与平夫婦は、とても喜んでいた。


とくに与平は、仕事をさぼって、孫と遊んでいた事もある。

もちろん、妻のお風殿に怒られていたが。


ちなみに、太平の名前は、祖父の与平が考えた。


与平が家族を前に土下座し、頼み込んだのである。

どうしても、自分と慎介の父親の名前を、使ってほしかったそうだ。



「時雨。今頃は、織田信秀様の葬儀が、行われているのかな。」


「予定では、後1時間ほどで始まりますね。」


織田信秀。


尾張の国、随一の武将であり、実質的に尾張の半分以上を支配していた。

又、今川家を撃退し、西三河をも手中に収めていた。


そして、先日、流行病の為、42歳で亡くなったのである。


「そうか。あと少しで尾張が統一され、この国も平和になったろうに。

 まだ、皆が苦しむ時が続くのか。」


「信長様が後を継ぐのでしょう。なんとか出来るのでは?」


慎介に問いかける時雨の言う通り、何とも不思議な事だが、信秀は、誰になんと言われようと、『うつけ』と言われている信長を、後継者に、指名し続けていた。


しかし、慎介は、沈痛な表情のまま、口を開く。


「いや、いかに信長公でも無理だろう。

 信長公に、父信秀様以上の能力があっても、実績や知名度がない。

 尾張で敵うものがいない武将であり、大大名である今川家を相手に、互角に戦える。

 その実績と知名度があるからこそ、数多くの家来達を、従える事ができたのだ。

 それに、もう一つ気がかりなことがある。

 今は、親兄弟、肉親でも敵になる戦国の世だ。しかし、信長公と信秀様は違った。

 私が知る限り、信長公にとって、もっとも親しく、信頼していたのは、父である信秀様だ。

 信秀様は、『うつけ』と言われている、信長公の器量を見抜き、慈しんでおられた。

 又、信長公もそんな父を、心から慕っていた。そのことを考えると・・・。」


悲しみに沈む慎介の様子に、時雨は何も言えなくなる。



その時、土煙を上げながら、大人数の足音が近づいて来た。

先頭には、ここに居るはずのない葬儀の喪主、織田信長がいる。


馬に跨り、何時もどおりの、派手な格好をした信長の姿を確認した二人は、驚きながらも挨拶をする。


「これは、信長公。ご無沙汰しております。」


「うむ、慎介か。それに時雨。おっ、子供も一緒か。」


「はい、信長様。夫共々、ご無沙汰しておりました。」


「うむ。夫婦仲がよさそうで、なによりだ。

 しかし、なぜこんな所におるのだ?」


慎介と時雨が、微妙な顔をする。


喪主の信長が此処に居るほうが不思議だ。


「・・・今日は、町に活気が無い為、気分転換に散歩しておりました。

 それでその・・・、信長公はなぜ此処に?」


「大した事ではない。今は兵が手薄だ。馬鹿をする者がいるかもしれんからな、見回りだ。」


100人程の家来たちが、信長を中心に円になり、あたりを警戒していた。

供を連れて、本当に見回りをしていたようだ。


「・・・っ、その、遅くなりました。この度の信秀様ご逝去、お悔やみ申し上げます。」


「おう。悔やみの言葉、感謝する。」


信長が悲しみを感じさせない、明るい声で答える。

反対に慎介が、沈痛な顔して、押し黙る。


そんな慎介に、信長が、微笑みながら声を掛ける。


「慎介、心配するな。俺は大丈夫だ。

 確かに、父上の死は悲しい。これから先の事も、不安だらけだ。

 しかし、俺は織田信秀の嫡男、信長だ。決して誰にも負けん。」


信長が、力強く宣言する。

そんな信長の覇気に導かれるように、慎介の口からも、言葉がとび出していた。


「信長公。こんな時に言うべき事ではないですが、

 我々『角屋』は、これからも、全力で信長様を支援致します。」


「うん、頼むぞ。・・これより信長は、どんな時でも諦めぬぞ。

 油断せず、命ある限り、この乱世を生き抜いてみせる!

 慎介、見ておれ。この信長の名を、戦国の世に轟かせてやるわ!」


高らかに声をあげた信長が、馬を操って走り去っていくと、その後を、慌てて家来が、追いかけていったのである。



後日、慎介が知り合いの商人から聞いた話だが、葬儀の席で問題があったらしい。


まず服装だが、慎介たちが会った時の姿のまま、葬儀に出たらしい。

もう一つ、焼香の時に、抹香を鷲掴み、仏前へ投げつけたそうだ。


それにより、『うつけ』の言葉とともに、葬儀の噂が広がっている。


ほぼ全ての人々が、信長に呆れ、先はないと判断していた。


そんな中、慎介は信長の悲しみを感じ、つぶやく。


「やはり、信長公にとって、信秀様の死はとてもつらい事だったようだ。

 あの時は、気丈に振舞っていたが、どうしようもない悲しみが、怒りとなってあらわれたのか。」


信長の心を慮る慎介だったが、これより後、信長は、命を懸けて己の武を示し、敵を倒していかなければならない。


昨日まで味方だった者も、敵になるかもしれない。

『うつけ』と呼ばれる信長を、肉親ですら疎んじている。


信秀亡き後、その家督を継いだ、織田信長。


四方八方が敵となりかねない状況で、信長は、生き抜かねばならなかったのである。


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