第4話_結婚
信長と言うより、慎介がメインです。
第4話 結婚
天文17年(1548年)尾張の国、那古野城。
「二人とも、面を上げろ。」
平伏している慎介と与平へ、信長から声がかかる。
今日は、信長が結婚したお祝いの為に、慎介たちは来ていた。
新婦は、美濃国主である斎藤道三の娘、帰蝶。
尾張の国では、美濃国の姫という意味で、『濃姫』と呼ばれている。
「信長様には、この度の濃姫様とのご結婚、心よりお祝い申し上げます。」
「うむ、態々すまんな、与平。」
信長が照れくさそうな顔をしている。
そんな信長を見て、与平と慎介が微笑む。
「んんん。与平、日頃お主から色々と献上品を貰っているな。感謝しているぞ。」
「いえいえ、その程度なんでもございません。それに、信長様へ援助する事になった原因は、慎介です。」
信長が楽しそうに、慎介をみる。
「慎介。お前には感謝しないといけないのかな。
しかし、商人は利のない事はしない。何が望みだ、慎介。」
「望みですか?今は特になにもありません。
ただ、将来大きくなる可能性を秘めた人に、投資しているだけです。
うまくいけば、安全に商いができ、商売繁盛間違いなしですから。」
「投資しているだと。・・・慎介、小生意気ことを言うな!」
突然、顔を赤くして、信長が怒り出す。
与平は顔を青くし、どうにか弁明しようと、口を開こうとする。
そんな二人をまったく気にせず、慎介がいつもと変わらない口調で話し始める。
「これは、失礼致しました。
しかし、信長公は回りくどい言い方を、嫌われています。
又、心にもない事を述べても、見抜かれてしまいます。
どちらにしても、良い結果になりません。
それならば、正直に申し上げた方が、良いと判断しました。」
信長が呆れた様子で、慎介を見る。
「慎介、お前は阿呆だな。適当に其れらしい事を言っておけば、問題ないだろうに。
馬鹿正直に答えるとはな。
まあ、お前らしいと言えば、お前らしいが。」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。」
「まあ、よい。使えるものは使うのが、俺の信条だ。
これからも、沢山の援助を期待しているぞ。」
「お任せください、信長公。出来る限りですが、努力致します。」
二人とも、楽しそうに笑いあう。
それを見て、呆れている与平が喋る。
「信長様。本日は、貴重なお時間を頂きまして、大変ありがとうざいました。
そろそろ、お暇したいと思います。今後とも、『角屋』をお願いいたします。」
「そうですね。新婚の時間を邪魔しては、怒られてしまいますね。」
「ほう、今日の慎介は、いつになく面白いな。ふふふ・・・。
よし。日頃世話になってるからな、少し返す事にするぞ。
与平、確かお主の娘と慎介を結婚させたいと言っていたな。
俺が仲を取り持ってやろう。どうだ?」
信長が、悪戯小僧そのままの顔で、与平に問いかける。
与平の一人娘の名前は時雨。17歳になった。
親の与平から見ても、器量が良く、自慢の娘だ。少々、気が強いが・・・。
その時雨は、兄のように慕っていた慎介を、いつの頃からか異性として見ていた。
それに気がついた妻が、与平に相談して来たのは、1年ほど前だった。
時雨は、気の強さが災いして、自分からは言いそうにない。
慎介は、他の事は鋭いのに、色恋にはなぜか鈍い。
と、じれったい思いをしていたら、偶々慎介がいない時に、店に信長が来た。
そして、愚痴をこぼす様に、なんとかしたい、と話したのである。
とても楽しそうに、含み笑いをしている信長。
与平も、含み笑いをしながら、わざとらしく応じる。
「なんと、信長様が仲介を。ぜひ、お願いします。」
「まかせよ。それでは、日取りをどうする。早いほうが良かろう。
早速店に帰り、妻や娘に知らせ、相談せよ。」
「はは、娘の時雨も喜ぶことでしょう。では、これで失礼致します。
慎介帰るぞ。愚図愚図するな。」
「ご苦労であった二人とも。
しかし、慎介が結婚とは、めでたい事だ。」
すばらしく息の合った二人が、次々と話を進めていく。
会話に参加できず、唖然としている慎介は、自分の結婚が決まっていくのを、ただ眺めている。
「えっと・・・。信長公、与平親方。・・・あの・・・、その・・・。」
「おう、慎介。お前も嬉しいか。なに、礼ならいらんぞ。
時雨と言ったか。一緒になり幸せに暮らせ。あはははは・・・」
信長は高らかに笑い、とても楽しそうだ。
そして、珍しく混乱している慎介に、与平が真剣な顔をする。
「慎介。俺も妻も、お前が時雨を娶ってくれれば良いと思っている。
婿としても、俺の跡継ぎとしても、全く問題ない。なにより、娘の幸せを考えてだ。
よい機会だ、本気で考えてほしい。」
「私は、与平親方に返しきれない恩があります。
身寄りのない私を引き取り、育てて頂き・・」
与平が慎介の言葉をさえぎり、声を荒げる。
「慎介!俺はお前の父親、太介と親友だった。命を助けられた事もある。
あいつが死に、その息子が困っている時に、手を差し伸べないでどうする。
お前を育てたのは、太介から受けた恩を返しているだけだ。気にする必要はない。
恩がどうとかでなく、お前が時雨をどう思っているのか聞きたい。」
「・・・私は、商人として、常に冷静にと考えています。この時代を生き残るためにも。
面白みのない性格であり、女性にも縁がないとも思っております。
そんな私に、時雨は気を配り、優しく接してくれています。少し気が強いですが・・・。
時雨には、とても感謝しております。そして・・・、好いております!」
慎介は顔を真っ赤にしながらも、与平を真っ直ぐ見ながら言った。
与平の妻は、時雨も慎介も、お互いを好きだと言っていた。
相変わらず鋭い。まあ、わたしがいい女がいると思っただけでも、怖い目をしていた程だ。
何とも言えない冷や汗を流しながら、与平が話し始める。
「そうか、ならば何も問題はない。
お前が本当の息子になってくれるとは、嬉しい限りだ。」
「与平親方、いえ、義父上。ありがとうございます。
そして、これからも宜しくお願い致します。」
慎介も与平も、とても嬉しそうだ。穏やかな空気が流れていく。
かと思われたが、この場にはもう一人いた。
「話は纏まった様だな。慎介よ、妻を大事にしろ。
ただし・・、尻に敷かれぬよう気をつけろ。」
「・・・」
「・・・」
「・・・?」
与平は妻を、慎介は時雨を思い出し、押し黙る。
信長も二人の様子がおかしい為、不思議な顔をして黙る。
この時、信長は知らなかったが、与平は既に手遅れだった。
そして、時雨も母親にとても似ている。
未来は既に決まっているが、今はただ、現実逃避をするだけである。