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第3話_初陣

第3話 初陣



天文16年(1547年)尾張の国、津島。



商屋『角屋』の店舗奥座敷で、慎介と、恰幅のいい男が話し合っていた。


男は、年の頃40歳前後で、いかつい顔をしている。


「慎介、信長様は初陣を、無事終えたそうだな。」


慎介と向かい合っている男は、この商屋の大旦那で、慎介の育ての親でもある、与平だ。


慎介は10歳で両親を失い、それ以後、与平が父親代わりとなっている。


与平と慎介の父親は、親友であった。


子供の頃からの付き合いがあり、山賊に襲われた時には、命を助けられたこともあった。

その親友夫婦が亡くなったと知った時、すぐに身寄りのない慎介を、引き取ったのである。


その後与平は、慎介を我が子の様に育ててきたのである。


「はい。勝ったとは言えないですが、今川方に損害を与えたのは確かです。」


慎介は答えながら、信長初陣の情報を思い出す。



先日、信長は800の兵を率いて出陣。


織田家と同盟関係である、水野信元の領地『吉良大浜』へ進軍して来た、今川の軍を奇襲したのだ。

奇襲は成功し、敵が混乱する所へ、火を放ち今川の軍へ損害を与えたのである。


その後、速やかに戦場を離脱、野営で一晩過ごし、翌日、居城である那古野城へ帰陣したのである。


まず、上々の出来である。初陣でこの戦果は十分と言える。



「『うつけ』と言われているが、なかなどうして。いや、守役である平手政秀殿達のおかげかな。」


「いえ、おそらく違うでしょう。この度の初陣、指揮していたのは、信長公だと思われます。」


慎介の言葉を聞き、与平が驚いた顔をする。


『うつけ』殿が、初陣で兵を指揮し、勝ったというのである。


与平だけでなく、他の誰も信じないだろう。



「慎介、それはないだろう。初陣では、経験豊富な守役に補佐してもらい、戦の仕方を学ぶのが普通だ。

 まして『うつけ』と言われている信長さまでは・・・」


「確かに、初陣で兵を指揮するなど、考えられることではありません。

 しかし、この度の戦、信長公が指揮したと思われる点が、いくつかあります。」


与平が言うように、初陣で指揮をする人間などまずいない。

兵全員の命に関わる事だ、素人に任せるなど自殺行為だ。


しかし、信長が指揮したのではないか、と思われる事柄があった。



一つは、動員した兵力。

信長は800人で出陣したが、敵である今川の兵力を考えると、少ないのである。

奇襲する為とはいえ、1000人以上(噂では、2000人は超えていた様だが)を攻撃するのは危険すぎる。

初陣なら、なおさらだ。


二つは、行動力。

出陣したその日に奇襲を行い、速やかに撤退。敵の追撃をかわして、翌日帰城。

行軍や休憩の時間を考えると、恐ろしく早く、無駄がない。

平手政秀殿の手腕かとも思えるが、過去の実績を考えると、可能性は低い。


三つは、初陣の時期。

商人の間で噂されているが、(マグサ)や兵糧を織田信秀が集めているのである。

少なくとも数千人の数で、出陣すると予測される規模でだ。

無理に今、信長の初陣を行わなくても良い。


なにより、初陣を選べる余裕がある状況で、今、この時に行う必要性が感じられない。


初陣はよほどの事がない限り、勝ちやすい戦いが、選ばれるものである。


自軍より兵力が多く、熟練の今川軍を、相手に選ぶ必要はない。



「この度の初陣は、予定していたとは思えません。おそらく、信長公の独断で決まったのではないでしょうか。」


「ふむ、確かに不自然な点はあるな・・・」


慎介の考えを聞き、与平は真剣な顔して考え込む。


そんな与平に、慎介が声をかける。


「与平親方。信長公が、馬の遠乗りを好まれているのは、知っていますか?」


「ん、ああ、方々へ出かけて、遊んでおるそうだな。」


「ふふ、巷ではそのように噂されていますね。しかし、信長公は無駄を嫌います。

 遠乗りで馬術を磨き、馬を鍛えていたのでしょう。

 そしてもう一つ。

 私の憶測ですが、地形を把握していたのではないか、と思っています。」


慎介は、今回の初陣で、信長が遠乗りで地形を調べていた、と確信していた。


無駄のない行軍もそうだが、今川軍の追撃を、ほぼ無傷でかわしている為である。

土地勘のない者が、敵に悟られず近づき、速やかに撤退などできない。



「今日は驚いてばかりだな。聞けば聞くほど、尋常な武将ではない。

 なのになぜ、『うつけ』と言われながら、そのままにしておくのだろうな。」


与平の疑問に、慎介は笑いながら答える。


「それは簡単です、相手に油断させるためでしょう。

 油断は隙となり、信長公に有利になります。」


「そうだな。確かにそのとおりだ。しかし・・、ふふふ、あははは・・・」


突然、与平が笑い出す。

慎介は、何が可笑しかったの分からず、不思議そうな顔をする。


「ああ、すまんすまん。とても、嬉しかったのだ。俺の息子が、こんなにも優秀なのでな。」


「優秀ですか?」


「これでも私は、商屋の主として、色々な経験をしてきたのだがな。

 信長様には、見事に騙されていたわ。

 しかし、お前は違った。噂に惑わされず、自分で集めた情報から、冷静に分析し、判断した。

 親として、一商売人としても、誇らしい事だ。」


照れたような顔をした慎介を、与平が優しい目で見つめる。


しばらくして、与平の雰囲気が変わる。


「慎介。信長様が『うつけ』でないのなら、良い関係を築いておきたい。

 むろん、信秀様への献金があるので、あまり多くは援助できないがな。

 お前は、どのように考える。」


「信秀様には、店の保護の為にも、献金は今ままで通り必要でしょう。

 信長公へは、献金も良いでしょうが、火縄銃に関する事で、貢献してはどうでしょう。」


「火縄銃、種子島か。」


「はい。信長公は、火縄銃に大変興味をもたれています。

 ただ、火縄銃の数を揃えるには時間がかかり、なにより、1挺が約100万円とかなり高い。

 中途半端に我等が購入するより、信長公が集める方が、質も量もよく、値段も安いでしょう。」


「では、どうする。火縄銃製造でも始めるか?」


「いいえ。火縄銃製造は厳重に秘匿されています。

 莫大な金をかけても、おそらく無理でしょう。」


与平が苦笑いしながら、慎介に聞きます。


「慎介、なにか考えがあるのだろう。もったいぶらずに言え。」


「火縄銃を撃つには、必要なものが何点かあります。

 弾、火薬、火縄などです。

 これらの原料が取れる場所や、生産方法を調べ、商品として取り扱いましょう。

 うまくいけば、信長公へ贈る事も出来ますし、購入してもらえれば、店の利益となります。」


「なるほど、消耗する品を取り扱うのだな。

 確かに信長様へ貢献できるし、店にとっても有益だ。他の武将へ売る事もできる。

 よし、では早速やろう。」


「えっ、今からですか。」


「当たり前だ、やるとなれば迅速に。商売の基本だ、行くぞ。」


与平は、慎介の反応を待たず、座敷から出て行った。


それを見送り、慎介は微笑む。


火縄銃ほどではないが、弾や火薬の生産も難しく、大変な事だ。

すぐに出来ることではないだろう。


しかし、与平親方を見ていると、なんとかなるのではと思える。



「与平親方は張り切っているな。また、忙しくなりそうだ。

 でもその前に、与平親方と一緒に、信長公へ初陣のお祝いに行かないとな。」


そんな事をつぶやきながら、慎介は、与平親方を探しに行くのであった。


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