表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/46

第2話_出会い

第2話 出会い



天文15年(1546年)尾張の国、津島。



「慎介、なにをしておる。」


声をした方を向くと、後ろ髪を天に向けて結い、派手な色の着物を着た子供がいた。


「これは、信長公。この様な所に何か御用でしょうか?」


「俺が先に聞いておる、たわけが。」


慎介の返事を聞き、子供が少し怒っている。


「これは失礼しました。商品の在庫を確認しておりました。」


「うん、そうか。」


信長公と呼ばれた子供、面白くなさそうに答える。

慎介はその様子を見て微笑む。


この子供は、半年程前に元服し、織田三郎信長と名乗っている。

父は織田信秀。現在、尾張の約半分(下四郡)を領土に持つ、戦国大名である。


信長は、奇抜な事や未知の事に、とても興味引かれる子供だ。


「信長公、何か御用でしょうか?」


「いや、特にない。近くに来たので寄った。」


慎介は腑に落ちない顔をする。

信長が無駄を嫌う性格である事を知っているためだ。


改めて信長を良く見ると、見えてる肌が所々赤くなっており、服に土がついている。

その後ろには、信長と同じ歳位の子供が10人程いた。

皆、服が汚れ、少し怪我をしている。


「また、皆を集めて、稽古ですか?」


「そうだ。100人程で竹やり合戦をして来た。」


信長も、後ろの子供達も、笑顔がこぼれる。

子供達は笑っているが、稽古を何度か見たことがある慎介からすれば、とても笑えない。


信長達が行う稽古は、すべて実戦を考えて行われている為、かなり危険だ。

武器は石や竹やり等を使っているので、直接死ぬ事はないが、全員、力の限りやりあうのである。


慎介と信長が、初めて会った時の稽古は、人数を半分にして行われていた。


ルールは簡単。

片方は陣を組み、指揮官を守りきれば勝ち。

もう片方は、相手の防御を打ち破り、指揮官を倒せば勝ち。



津島から5km程離れた場所に住んでいる、百姓の吾六を訪ねた帰り道で、慎介は、初めて信長の稽古を見ることになった。


100人程の子供達が、50人ずつに別れ、合戦を行っている。


攻撃側の大将は、吉法師(信長)。

前列に30人が横一列に並び、2列目に15人、3列目に吉法師と残りの5人。


守備側の大将は、万千代(丹羽長秀)。

万千代を囲むように5人、さらに、その外側に45人で円陣を組んでいる。



「槍先をそろえろ! 隊列は乱すな!」


吉法師の声が響く。

円陣の陣形を見据え、指示を出す。


「一斉に槍を叩きつけろ!よいな、息を合わせろ!」


前衛の子供達が一列に並び、円陣へ向けて前進しながら、竹やりを振りかぶる。


円陣の中心にいる万千代も、声を張り上げる。


「隙間を作るな、真ん丸になれ!こちらも槍を揃えて叩きつけるぞ!」


両軍の距離が縮まり、竹やりが届く距離となる。

二つの声が同時に響く。


「「今だ!ぶったたけ!」」


50本以上の竹やりが、一斉に振り下ろされる。

全員が、雄叫びを上げ、竹やりを上下する。


両軍一歩も引かず、竹やりを打ち合わす中、吉法師が次の指示を出す。


「よいか。一点集中で攻撃し、円を打ち崩せ!」


万千代も、直ぐに対応する。


「相手の槍に打ち合わせろ!手を休めるな!」


槍と槍が交差し、手や腕に竹やりがあたる。


どちらの子供達も、歯を食いしばり、痛みに耐えながら槍を振るう。

攻撃側の攻めは激しいながらも、円を打ち崩せない。


「ふふ、なかなかやるな。」


吉法師が楽しそうに笑う。


「前衛はそのまま攻撃を続けろ!第2陣は、左より攻めかかれ!」


声に応じ、前衛の後ろにいた子供達が、左側に移動し、円陣に攻撃を開始する。


陣形を組んでいる槍隊や鉄砲隊は、右手からの攻撃に弱い。

一人だけで右手に向きを変えれば、仲間にぶつかり陣形が混乱するのだ。


右手からの攻撃を受け、防御側の攻勢が弱まる。

万千代が一瞬迷う。


「・・・、陣形を維持しろ、押し負けるな!」


その逡巡を好機と見たのか、吉法師が後列の子供を連れ、前に出る。


「今だ!一気にかかれ!陣を打ち崩せ!!」


全員が一歩踏み出し、槍先をそろえて叩きつける。


その一撃をまともに受けた数人の子供達は、たまらず一歩引いてしまう。

隙を見逃さず、出来たほころびに、突撃する子供達。


「よし。このまま陣をこじ開け、万千代を討て!」


吉法師が叫ながら、自身も突撃する。

円陣をこじ開け、敵大将を乱戦の中に引きずり込む。


万千代は、陣を乱されながらも、指示を出そうとするが、目の前に敵がいる為、その余裕がない。


1分ほど混戦が続いたが、陣を崩された守備側が、連携のとれている攻撃側に敵うべくもなく、

万千代が降伏を宣言する。


「降参します!われらの負けです!」


全員の手が止まり、皆が万千代を見る。


「吉法師様、これ以上なにも出来ません。降参です。」


「分かった。われ等の勝利だ!勝ち鬨をあげろ!」


吉法師が竹やりを高々と上げる。

それにつられるように、攻撃側の子供達から歓声があがる。


反対に、守備側の子供達は、地面に腰を下ろし、又は、大の字になる。

万千代も荒い息を吐きながら、地面に座っている。


しばらくして、落ち着いた吉法師達も座り、先ほどの戦いをふり返る。


「皆、よく頑張った。なかなか楽しかったぞ。」


「吉法師様、勘弁してください。私はくたくたです。」


笑いながら喋る吉法師に対して、万千代が弱々しい声をあげる。


「情けない声を出すな、万千代。そんな事だから、俺が第2陣で攻撃をした時に、判断を間違えるんだ。」


「あの時は、他に方法がなかったんです。攻撃が激しく、陣を変える前に、崩されていたはずです。」


「いや、あの時、円陣を解いて、包囲する戦法をとれば、どうなっていたか解らなかったぞ。

 俺の右側面は、極端に弱くなっていたからな。

 さらに、側近の兵で、万千代を中心に密集陣形をとり、攻撃に参加すれば、戦線を維持できたはずだ。」


吉法師の言葉を、万千代は真剣に考えている。

周りの子供も、二人の会話に耳を傾ける。


確かに、万千代が側近の兵と共に戦線に参加すれば、時間を稼げたはずだ。


攻撃側の側面は弱くなっており、攻撃すれば守備側の勝利となっていた可能性が高い。

が、その前に、前線が破られる可能性も高かった。


「皆よく聞け。己が不利な時に、何もしなければ死ぬだけだ。

 確かに危険が伴う、しかし、生きる為には、動く必要がある。」


「吉法師様、兵法では、不用意に動かず機会を待つ事も大事、とありますが?」


「待つことで有利となるのなら、それがいいだろう。

 しかし、それは、己の手で勝利へと導く方法がある時だ。

 偶然や運を頼み、ただ待つだけでは、命を失うだけ。

 運よく命があったとしても、自軍に多大な被害が出て、次はない。」


吉法師を中心に、辺りに緊迫した空気が漂う。


「万千代、事前に策を考えておけ。

 不利になって考えても、うまくいく事は殆どないだろう。」


「承知しました、吉法師様。精進いたします。」


「うん。・・・ところで、先ほどからこちらを見ている者、何のようだ?」


少し離れたところで、吉法師達を眺めていた慎介へ、声がかかる。


それと同時に、10人ほどの子供達が、吉法師の周りを固める。

おそらく、動いた子供達は吉法師の小姓なのであろう。


慎介が、子供とは思えない対応に、目を細め、微笑んでいる。


すると、吉法師から、再び問いかけの声があがる。


「何を黙っている。お前は何者だ!」


「これは、失礼しました、吉法師様。私は、慎介と申します。津島の商屋『角屋』に奉公しています。」


「慎介か。それで、『うつけ』と言われておる俺が、暴れているのでも見たかったのか?」


「いいえ。実戦さながらの訓練を、見学しておりました。

 それに、とても『うつけ』とは思えない言動に、感服しております。」


行儀が悪く、家臣の忠告も無視し、奇抜な格好で、子供達と外を駆け回る。

誰もがその姿を見て、吉法師を『うつけ』と呼んでいるのである。


慎介も噂を知っていたが、初めて見る吉法師を見て、『うつけ』などではないと思っていた。


元服前にもかかわらず、実戦を想定した訓練を行い、戦法を理解し、心構えも出来ている。

机上での勉強ならともかく、実際に経験している子供は、そうはいないだろう。


慎介の言葉に、吉法師が苦笑する。


「俺が『うつけ』でないと言うのか?面白いことを言う奴だ。」


「はい。戦いについては良くわかりませんが、先を見据えて訓練をしているのでしょう。」


吉法師が、目でつづきを促す。


「この訓練は、実際に兵を指揮する訓練でもあります。

 普通は、後見人の助言を得ながら、戦に慣れ、指揮を学ぶものです。

 しかし、吉法師様は、兵の指揮だけでなく、駆け引きも訓練されています。

 とても、『うつけ』者の所業とは思えません。」


「慎介、お前は本当に面白い奴だ。」


吉法師が、とても楽しそうに笑う。


この時、吉法師の才能を見抜いていたのは、父である織田信秀、他数名しかいない。


改めて慎介を見るが、平凡な顔をしており、あまり見栄えは良くない。

しかし、一度訓練を見ただけで、吉法師の器量を察したのである。



あの時、なぜか信長公はとても機嫌がよかったなと、慎介が、物思いにふけっていると。


「慎介、お前は俺の事を、信長『公』、と言うがなぜじゃ?」


「・・・、とくに理由はございません。なんとなくです。」


「まあ、よいわ。それより、何か面白い話はないか?」


店先の箱に腰掛け、腰帯に下げていた瓢箪から、水を飲む信長。


元服しても、変わらずに平民と声を交わす姿を見て、自然と慎介の頬がゆるむ。

相変わらず『うつけ』と囁かれているが、全く気にしていない。


「(なんとも、変わったお人だな。)」


「慎介、何をしておる。早くしろ。」



何気ない日常の中、信長と慎介が楽しそうに話し始める。


半年後、信長は始めての戦を経験するが、今はただ、穏やかに時が過ぎていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ