第1話_戦国の世
第1話 戦国の世
天文14年(1545年)秋、山々は紅葉で赤く染まり、雲一つない晴天の昼下がり。
10人程の男達が、荷車を引きながら歩いていた。
荷車を引いている男の一人が、口を開く。
「おう、慎介。あとどれ位で着くんだ。」
「後、30分位だ。」
「そうか。なら、早く仕事を終えて、酒飲もうや。」
慎介と呼ばれた二十歳位の男が、苦笑する。
「まだ、何が起こるか分からん。気を引き締めてくれ。」
「分かってるよ、心配するな。俺らも命は惜しいからな。」
「頼むよ。」
これからの事を考え、慎介が溜め息をつく。
「(もう少しで無事到着できるな。このまま何事もなければいいのだが。)」
昨日、店の商品の買い付けと、運搬の手配を終え、今日の朝出発した。
ここまでは、何事もなく無事に来たが、油断はできない。
今の世の中、強盗や殺人が毎日ある危険な戦国時代。下克上の時代である。
侍はもとより、豪族に坊さん、そして百姓でも、力があれば上に昇れる。
力がなければ、死ぬ。隙をみせても死ぬ時代。
各地で、群雄が争い、領土拡張を行っている。
地侍達はその時々で、勢いのある勢力に所属し、己が領土を守りつつ、恩賞を得ようとする。
しかし、此処で治安が非常に悪くなるという、問題が発生する。
その主な原因は、各勢力の家臣が兵を直接持っている事である。
この時代の君主と家臣の関係は、同盟に近い。
建前では兵のトップは君主であるが、家臣が命令を拒否すれば、
その家臣の兵を動かせないのである。
もっとも、拒否すれば裏切りを疑われ、殺されるので、表立っては拒否等しないだろうが。
それに伴い、家臣が他の勢力に所属すれば、領地はおろか兵ごと失うのである。
その為、自分の支配している範囲の中に、他勢力の兵を持つ領地がある、という状況が起こる。
自勢力の中に、他勢力の領地がある為、治安を良くするには、兵が必要となる。
兵を出せば、戦争になり消耗する。
戦争中に、他勢力が進軍してくれば、その対応が必要になり、さらに消耗する。
結果、損するだけなのである。だから、兵を出さない。
相手も同じ事情で、兵を出さない。
そんな微妙な状況もあり、犯罪者はもとより、戦に敗れた者、戦により家を失った者などが、
生きる為に、弱い者を襲い、奪うのである。
「(なんとも、平穏に暮らしたい者には、不合理な世の中だ。)」
考えごとをしていた慎介に、声がかかる。
「慎介、やっと着いたぞ。」
前を見ると、堀と塀に囲まれ、建物が立ち並ぶ町があった。
右手には、海があり大小様々な船が行きかっている。
目の前に広がるのは、尾張国一番の商業町であり、慎介が奉公している商屋『角屋』もある、
湊町『津島』である。
「ふう。無事、着いたか。」
慎介は微笑み、他の面々も微かに笑っている。
「(今日は、何事もなく無事終わりそうだな。明日も問題なければいいが。)」
時は、戦国時代真っ只中。
戦国の世を席巻する、織田信長。
津島の商屋『角屋』に奉公する、慎介。
後に、この二人が邂逅し、徐々に時代が動きだす事になる。
これは、その少し前の、ひと時である。