鏡(習作〇一)
貴方にとって私は何時かと尋ねると、貴方は赤だと答えた。
では、貴方にとって私は何処かと尋ねると、貴方は弱いと答えた。
しかし、吸いたくもない煙草が目の前にあったので一本取って火を付けた。
再び貴方にとって私は何かと尋ねると、貴方はそうだと答えた。
苦しかったので上着を着て、右手を差し出した。
貴方は私が速いと言ってきかない。
私は、紫煙に目を細め、夢の香りを嗅いだ。
何時しか、宵の帳が下りてきた。
人の心を確りと捉えることは難しい。
貴方にとっての赤は私にとっての青。
貴方にとっての白は私にとっての罪。
有罪か無罪。
宵闇か暁。
彼は誰。
私は何処にいるのか。
私は何時からいるのか。
私は誰。
脆いだけの常識を右手に、
悲しいだけの理性を左手に、
貴方は生きていくだけだ。
儚い夢の遺り香を楽しむことは悪なのか。
力が全ての世の中は何時しか心の中に。
狂おしい程愛おしい、
狂わしい程煩わしい、
感情の波は井戸の底。
私は、貴方にとっての過去であり未来。
私は、貴方にとっての此処であり彼方。
私は、貴方にとっての貴方であり自身。
吸いたくもない煙草は、煩わしい常識の象徴。
目を細める紫煙は、見たくもない貴方の心の鑑。
目を閉じ、夢に生きるのは罪。
現し世は、夜の夢では無い。
やっとの思いで手に入れた煙草は、とても硬かった。
あまりの寒さに私は、血の滴る肉片を一切れ頬張る。
あまりの震えに私は、上着を羽織り左手を差し出す。
苦しい時は過ぎ、優しい時は貴方の隣に立っている。
私は初めて貴方に問う。
貴方にとって私は何時なのかと。
左であると、貴方は答える。
私は、哀しむ。
何故、夜ではいけないのか。
何故、良しと言ってはくれないのか。
何れかの右手を取り、貴方は優しく口づける。
両の腕を抱き上げ、炎の中へと投げ入れる。
身を焦がす炎は、貴方の自信の瓦解。
優しい口づけは、何も救ってくれない。
優しい口づけは、只一時の気休め。
身を焦がす炎だけが、真実の痛み。
井戸の底から見上げる貴方は、何を見るか。
蒼い空か白い雲か輝く太陽か煌めく星か仄かな月か。
暗く冷たい地の底から貴方は何を見つめるのか。
人の英知か繁栄か堕落か崩壊か。
鏡に向かい私は問う。
貴方は私にとって何れかと。
私は夢の中。
鏡の中の私は、貴方。
私は、貴方。
ワインを一口、口に含む。
私が立っているのはどちら側。
夢の中の鏡の向こう。
夢を見続けるのは本当に罪なのだろうか。
永遠の闇。