右と左
右に大き月が出ていた。あれから、ずっと歩いてきた。そろそろ休んでもいいころかなと思う。でも、まだ、歩き続けたい気もする。動いていないと、何だか落ち着かなかった。やっぱり、まだ歩き続けようかと思う。右にある大きな満月を見ながら、私はあのときのことを思い出していた。思い出したくないのに、勝手に心に浮かぶあの光景。まだ、その事実を受け入れるには早い気がする。その事実を認めることはできなかった。いや、認めたくなかった。そのことを認めると私が私でなくなる。
しかし、こんなことが起こることはわかっていた。でも、こんなに早く、自分の身に降りかかることとは思っていなかった。そんなことはまだまだ、ひとごとだと思ってきた。私が、そのことを受け入れられるようになるのはいつだろう?
私にはまだわからない。
右にあった月も徐々に低くなってきた。そろそろ、明るくなるころかなと思う。いったいどこまで歩けばいいのだろう。
その事実に直面したとき、私は受け入れることを拒んだ。受け入れるかわりに、その事実から逃げ出すことを選んだ。その事実を認めるのがこわかった。心のどこかでは受け入れなくてはと思う。でも、別の部分では受け入れるなと叫んでいる。その事実を受け入れたら、自分が壊れてしまう気がした。こうして街から、離れて一人で歩いていても受け入れることはできなかった。ずっと苦しかった。この気持ちを何とかしたい。どうすればいい?
起こったことを事実として受け入れてしまえば、楽なのだろう。でも、できなかった。心が、自分が、失われるのが悲しいから。
右にあった月もだいぶ沈んでしまった。やっぱり休もう。太陽が昇ってきたら。歩き初めて、一ヵ月。そろそろ休んでもいいころかもしれない。あまり疲れていないけど、どうせ体はないんだ。少し休めば、まだ一月ぐらい歩いていられるさ。あの事故を、自分の死を受け入れさえしなければ。
そろそろ、左に太陽が見えてくるだろう。少し休んだら、また歩き出そう。まだ迎えは来ないだろう、自分の死を受け入れなければ。