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第五話  甘い紅茶は零すとすごいべとべとになるんだからなっ!

 「っいってぇーーっ。」


 俺は少女達に殴られた顔を優しくさすると、割り箸をぱきりと割った。

 大分痛みは退いたが、かなり痛かった。百五十年生きているのは、伊達ではないらしい。俺が伸びている間にカップラーメンが出来上がってしまった。俺の食べていたチョコレート菓子も、すっかり少女達の手に渡っている。

 そんな俺に被害を被らせた問題の少女達は、互いのメロンパンを奪い終わり、今度は紅茶の奪い合いへとバトルを発展させていた。

 何だか、零しそうですごいどきどきする。はっきり言って、止めて欲しい。

 ……甘い紅茶って、床に零すとすごいべとべとになるんだからなっ。ちゃんと、零したら水拭きしてくれよっ。蟻とか湧いたら、まじ嫌なんですけど。

 それを言ったら、また彼女たちの拳が飛んでくるかもしれないので、恐いので口には出せない俺の心の叫び。

 ……まぁ、蟻が湧いて来る頃には、俺はもうこの世にいないけどな。

 少女達にいろいろ聞くことがあるのだが、今は聞けそうな状態ではないので、少女達が落ち着くまで待つ事にし、その少女達の会話に聞き入っていった。


 「だーめーーっ!!駄目ですわーっ!!それは私の紅茶ですっ!!貴方のではありませんわっ!何故貴方が飲もうとしているのですっ!?貴方の飲み物は溝水で十分ですわっ!だからっ、その手を離しなさいっ!溝水なら、外に幾らでもありますわよっ!」

 「何を言っているっ!?溝水を飲むのは、貴様の方だっ!その真っ白い身体を汚すが良いっ!貴様らはもっと穢れれば良いのだっ!そして皆朽ち果てればよいっ!天使など、滅んでしまえっ!そしてその前にその手を離すのだっ!それは、私の物だっ!貴様の紅茶ではないっ!貴様の飲み物は外に沢山ある溝水であろうっ!?」

 「何ですってっ!?朽ち果てるのは悪魔の方よっ!不浄なる悪魔などっ、今すぐ滅びなさいっ!何故、天使が不純な溝水などを飲めると思って?あんなもの、この純粋なる私が飲めると思って?天使はっ、そんなもので純白は汚しませんことよっ!あぁ嫌だことっ、悪魔は心が淀んでいますわっ!不浄よっ不浄っ!!天使は、昔から紅茶と友好関係を結んでいるのですっ!だからその手を離しなさいっ!悪魔は溝水がお似合いですわよっ!腸管病原性大腸菌を体内に取り込んで腹痛に魘されて滅びなさいっ!!」

 「はぁ?!言い出しっぺは貴様であろうっ?!腸管病原性大腸菌を体内に取り込むのは貴様の方だっ!のたうち回って滅びろっ!嘘付けっ!この前、お前らがイチゴオーレ飲んでいるのを見たぞっ!だから、友好も破談だっ!だからその手を離せっ!」

 「うっ、今○○オーレが天界ではブームなのよっ!○○牛乳も可ですわっ!ちょっとくらい良いじゃないっ!それに紅茶の需要だって相変わらず減っていませんことよっ!私たちは毎日紅茶を飲みますものっ!だから、その手を離しなさいっ!因みに、レモン牛乳はあまり口に合いませんでしたわっ!コラボ商品は美味しいものがありましたけれどねっ!」

 「なんだっ?そのれもんぎゅうにゅうというのはっ!くっ、私の知らない物を、天使如きに知られているなんて、屈辱だっ!はっ、そんなこと貴様らがやっているからな、紅茶は最近毎日泣いているんだぞっ!貴様はそれを知らないのかっ?貴様らには、紅茶の声が聞こえないのかっ!?」

 「うっ、紅茶の声ですって?!毎日泣いていただなんてっ、そんなの……っ」

 『しくしくしくっ!悲しいなっ。天使たちが私なんかより、オーレちゃんの所に行っちゃうだなんてっ。しくしくしくっ!昔はあんなにいっぱい買ってくれてっ、仲良くしてくれたのにっ、親友だったのにっ(裏声)』

 「あっ、紅茶っ!ちっ、違うのよっ!これにはその……っ」

 『しくしくしくっ!ううんっ、もういいのっ。私ね、悪魔たちのとこへ行く事にしたのっ。私に、優しくしてくれるんだっ!だからっ、ばいばいっ!(裏声)』

 「紅茶……」

 「そういうことだそうだっ、だから、その手を離せっ」

 「はい……ってなるわけないでしょうっ!?離さないですわよっ!何が紅茶の声ですかっ!うわーっ、悪魔は策が汚いですことっ!紅茶が可愛そうよっ!だから、早く手を離しなさいっ!」

 「っくっ、ばれたか……っ。ふふっ!はっ!でも甘いなっ!友好条約なんて、実に天使は甘いっ!甘いなっ!……何故か、天使が甘いと言われている事に腹が立つのだがっ、まぁよいっ!友情なんてものはなっ、いつか崩れる運命なのだよっ!」

 「……っなんですって?!貴方っ!まさかっ!!」

 「……ふふふっ!そのまさかなんだよっ!私はだなっ、悪魔はなっ、紅茶と契約を交わしているのだよっ!紅茶のパッケージを見てみろっ!数字で契約印が刻んであるだろうっ!?」

 「……なんですってっ!?……っはっ!……12.15……っ!?」

 「ふははっ!そうさっ!その日までの期間、悪魔は紅茶との契約により、悪魔優先で紅茶が飲めるということだっ!どうだっ!?参ったかっ!だからその手を離せっ!」

 「……っくっ!幾ら天使だとはいえ、悪魔の契約は破れないわっ!しょうがないっ、手を離すしか……ってっ、そんなわけ無かろうがっ!!っあっ、悪魔の口調が移ってしまったわっ!……そんなわけないでしょうっ!!それは賞味期限よっ!そのくらい私にも分かるわっ!残念だったわねっ!だからその手を離しなさいっ!!」

 「っくっ、ばれてしまったかっ!結構力作であったのに……っ」


 天使と悪魔の少女達は、互いを汚しながら紅茶を奪い合う。

 ……まったく、どっちが悪魔だよっ。天使だなんて思えない行動、言語吐いてるぞっ。

 ……ってか馬鹿だろっ、此奴ら、もしかしたら俺のこと貶してたけど、俺より馬鹿なんじゃねっ?

 紅茶との友好条約ってなんだよっ、紅茶との契約とかなんだよっ、つうか、紅茶何者っ?!

 そんなことを考えていた時、その場に嫌な音が響き渡った。


 『びじゃっっ!!』


「あっ!!」

「あっ!!」


 少女達の手から滑り落ち、その紅茶は引力に身を任せて床へと落下してゆく。

 そしてその紅茶は小気味の悪い音を立て床上で破裂すると、驚いた表情の少女達を尻目に、何の悪気もなくどくどくと床上へと流れていった。


 「貴様のせいだっ!!紅茶が零れてしまったではないかっ!どう責任をとってくれるっ!?まず取り敢えず滅びろっ!そしてそのポッキィを渡せっ!」

 「貴方のせいよっ!!紅茶が零れてしまったじゃないっ!どう責任をとるのですっ!?まず取り敢えず滅びなさいっ!そしてそのポッキィを渡しなさいっ!」


 それを見た少女達は、紅茶そっちのけでまた口喧嘩へと戻ってゆく。

 俺はそれを見て、一度は席を立ち床を拭こうと試みたが、なんだか面倒になって立ち上がろうとした腰をイスへと戻した。

 そしてひとつ溜息をつくと、蓋を開けてラーメンをすすり始める。

 喧嘩声とラーメンの啜り音、そして床で流れる甘い紅茶。

 何の音もなかったリビングが、騒々しい音で響き渡っている。

 とても違和感を感じる。

 昔は怒声や喧嘩の音で絶えなかったが、今響いているこの音は、何だか少し昔の物とは違う。

 少女達の喧嘩声だが、彼奴の喧嘩声とは何かが違う。

 何だろうか。耳障りではあるが、二度と聞きたくないと思う物ではない。

 五月蠅いが、耳を塞ぎたくなるものでは無い。

 俺の目の前では、少女達がチョコレート菓子の取り合いをし始める。

 俺はラーメンを啜りながらその光景を見ていて考えたが、答えはでてこなかった。



 「……なぁ、幾つか聞きたい事があるんだけど、いいか?」

 

 紅茶の奪い合いが終わり、ひとまず落ち着いてチョコレート菓子を食べ始めた少女達に、俺は尋ねた。

 少し疲れたらしい。さっきの騒々しさが嘘のように今は大人しい。

 

 「あぁ、いいぞっ。答えられる所までは答えてやろう。貴様にはこうなったからには聞く権利があるしなっ。……メロンパンとポッキィくれたしっ。」

 

 チョコレート菓子をぽりぽりと食べながら黒い少女は答える。

 

 「いったい何が聞きたいのかしら?」

 

 その隣で、白い少女が俺に聞いた。

 対照的な二人の少女達がチョコレート菓子を食べながら平然とした表情で、俺に尋ねる。

 その声に、俺は息を呑んで質問を始めた。

 

 「まず最初に。……俺は本当に死ぬのか?」

 

 結構真面目に聞いた質問。

 しかし彼女たちの顔は呆けたものへと徐々に変わり、俺に呆れたように言った。

 

 「何だっ、今更っ。まだそんな事を気にしていたのかっ?いい加減諦めというものを学んだらどうだっ?それに貴様、最初は笑って喜んでたじゃないか?」

 「何なのっ、今更っ。まだそんな事を気にしていたのっ?いい加減諦めというものを学んだらどうなんですっ?それに貴方、最初は笑って喜んでたじゃない?」

 

 「いや、確かにまだ俺が死ぬって実感が無いことは確かなんだが、そうじゃなくて……。あぁー、たとえば、もし今から俺が部屋に閉じこもったら、俺は死なないのかなと……」

 

 「いやっ、死ぬ。それは確実だっ」

「いいえっ、死ぬわ。それは確実よっ」

 

 少女達が即座にきっぱりと答えた。

 

 「……悩む時間は無いのか。」

 

「えぇ、死ぬわっ。貴方は確実に。だから、もうどんなに足掻いても無駄よっ。」

 

「……随分きっぱりと言うなっ。何でそう自信を持って言えるんだ?」

 

 俺がそんな少女達の様子を見て、少し半信半疑そうに尋ねる。

 すると黒い少女が溜息を吐いて、呆れたように言った。

 

「……しょうがないっ、馬鹿な貴様の為に、私が説明してやろうっ。」


 そう言うと、一旦チョコレート菓子を食べるのを止め、少女は俺に説明を始めた。


 「……いいかっ、まぁ、馬鹿な貴様のために分かりやすく話してやるぞっ。まず、人の人生というのは、靄のようなものであり、それは遠くに行けば行くほど見えずらく、確定的ではない。しかし、近くの人生というのは二時間前にほぼ確定的に決まるんだっ。特に、人間の死については三時間前にはほぼ決まり、二時間前には確定する」


 「……それを私たちは知る事が出来て、予定時間に死者の魂を各々の場所へ連れて行くの。それで、私たちは来たのよっ。仕事ですからねっ」


 「……なるほどっ、だからつまり……」


 「……あぁ、もうお前の死は決まっているという事だっ。それはもう、お前が何をしたって変わらない。全て、運命の中だ」


 説明を終え、またチョコレート菓子食べ始めた、断固として俺の死を断定する少女。

 俺はそれに納得して首を縦に振ろうとしたが、すんでで疑問を感じ、その首を横に傾けた。


 「ん?だが、お前らが現れたことによって俺の人生は変わった筈だよな?

それでも、俺は死ぬのか?」


 その疑問に、黒の少女は賛同するように声をあげる。


 「あぁ、それは私も思ったのだっ。だから、少し早めに貴様の前に現れて、貴様の運命を確認したのだが……。……二時間前になっても、貴様の運命は変わらなかった。」


「つまり……」


 俺は息を飲んで尋ねようとする。

 すると、黒の少女はその問いに反応して頷く。


 「あぁ、お前は運命を受け止め変えなかった。……だから、お前は死ぬ。」


 少しの沈黙。

 俺は改めて突きつけられた自分の人生というものに、どうしようもない現実というものを知った。

 暫くすると、その沈黙を破るように白の少女が言葉を発した。

 

 「……だけど、まだ貴方が天国と地獄、どちらに行くかは分からないわっ」


 「……あぁ、正しく言えば、私たちは知らされていない」


 黒の少女がその言葉に乗っかった。


 「どうやら、神様も退屈しのぎにこれを楽しんでいるらしい。神様は意地悪だからな。全てを知っているというのに、それを私たちには教えようとせず、私たちがどう動くかを楽しんでいるのだ。……全てを支配する神様は実に悠々自適でいらっしゃる」


 少女は呆れたように微笑む。

 その笑みに、白の少女も頬を膨らませ、呆れたように賛同する。


 「全く、そうよねっ!神様は意地悪よっ!私たちはおろか、大天使(アーケインジェル)様や、閻魔(サタン)様も知らないだなんてっ、可笑しいですわっ!」


大天使(アーケインジェル)様?閻魔(サタン)様?」


 俺はその会話の内容について行けず、尋ねる。

 すると、少女達がそんな俺の為に説明を始めた。


 「大天使(アーケインジェル)様は、私たち、天使の長」

「そして、閻魔(サタン)様は、私たち、悪魔の長だっ」


「この世界の一番上にいるのは、神様よっ。全てを支配し、全てを知るもの」

「そしてその下にいるのが、天国と地獄、それぞれの一番上に立つ、大天使(アーケインジェル)様と閻魔(サタン)様だっ」 

 「私たちの直接の主は、その地獄と天国の上に立つ長達。……まぁ、だからそれぞれの長のことは知ってるけど、実際は私たちも神様のことは詳しくしりませんのっ」

 「……どんな人物なのかも、何人いるのかもな」


「ふぅーん……」


 俺は納得したように声を発した。

 しかし、少女達には呆れ顔で見られる。


 「……貴様っ、いまいち分かっていないだろうっ?」

 「……貴方っ、いまいち分かっていないわねっ?」


「……うっ」

 

図星。

 

 「……んまぁ、少しは分かってなかったりするかもしれないが……っ」


 俺は冷や汗をかき、言葉を濁らせる。

 すると、二人の少女は俺に向かって呆れたように言葉を吐いた。


 「……ばぁーかっ!」

 「……ばぁーかっ!」


 「お、お前らには言われたくねーよっ!」


 「ぶぁーか、ばぁーか、ばぁーかっ!」

 「ぶぁーか、ばぁーか、ばぁーかっ!」


 「……くっそ……っ」


 俺は言い返してやりたい気持ちをぐっと抑える。

 そして、一息吐いて気持ちを整えると、俺は質問を続けた。


 「話が少し戻るんだがっ、お前っ、『まだ貴方が天国と地獄、どちらに行くかは分からない』って、そう言ったよな?」


 俺は白の少女に尋ねる。

 すると、その少女は俺の質問に素直に頷いた。


 「えぇ、言いましたわっ。」


 「……じゃあ、もしかしてそれが、お前らが言ってた(ゼロ)ってやつか?」


 俺はまた真剣そうな表情に戻って言う。

 すると少女達は驚いたように目を丸くした。


 「……貴様っ、馬鹿な癖にちょこちょこ頭が働くなっ。驚くではないかっ!」

 「……貴方っ、馬鹿な癖にちょこちょこ頭が働くわねっ。驚くじゃないっ!」


 「……馬鹿は余計なお世話だってーのっ。」


 俺は少しふて腐れたように言う。

 すると少女達は、その問いに答えを紡いでいった。


 「確かに、それが貴様を(ゼロ)と言った理由だっ」

「……馬鹿なのに、たまに鋭くて困る貴方に分かりやすく説明すると、人間は死んだ後、天国か地獄に行く事になりますのっ。そして、それをどちらに行くべきか分ける為のものが、ポイント制ですわっ。簡単に言いますと、人間が自分の一生の中で良い事をすると、(プラス)ポイント、悪い事をすると、(マイナス)ポイント、自分の人生に数字が加算されますわっ。そして、その合計ポイントにより、どちらに行くかが決まるのですっ。(プラス)ポイントが溜まっていれば、天国、(マイナス)ポイントが溜まっていれば、地獄に行くのですのよっ!分かりまして?」


 「……なるほど。……じゃあ、俺の(ゼロ)っていうのは……」


 「……そうだっ」


 俺の言葉に黒の少女が続ける。


 「……貴様の(ゼロ)という数字は、そのどちらの数字にも入らない。どちらも同じ数しかやって来なかった者の数字。つまり、……天国にも地獄にも、その身を入れることの出来ない者のことだっ」


 黒の少女は真剣な顔つきになり、俺の事を鋭い目で見ながら、軽く丸めた拳で頬杖をつき、少しトーンを落とした声で言った。




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