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第四話 はんぶんこメロンパン争奪戦っ!

 「私のお菓子何処にあるのだーーっ?!」

 「私のお菓子何処にあるのですーーっ?!」


 二人の少女達がどたばたと家の中へと駆けていく。

 俺はそれを後ろから見ながら呆れたように溜息をつき、ゆっくりとその後を歩いていった。

 しかし、内心少し嬉しくて、そのハイテンションな少女達を見ながら少し微笑んでいる俺もいた。

 大嫌いなこの家に、そんな楽しそうな声が聞こえることは初めてだったのだから。

 ―――それが、小さい頃の俺の夢だったから。

 この顕世には聞こえない霊界の少女達の声ではあるが、それでも何故か、俺は嬉しく思った。


 「お菓子っ!お菓子っ!貴様何処にあるのだっ!?勿体ぶらずに早くださないかっ!」

 「お菓子っ!お菓子っ!貴方何処にあるのですっ!?勿体ぶらないで早くだしなさいっ!」


 少女達はこの家で一番ひらけた部屋であるリビングに着くと、そこに隣接している台所へと直行し食べ物を物色し始めた。しかし、何処を開いても空ばかりで、たまに保存食と調味料が見つかる程度だった。


 「そこにはお前らの好きなものは無いと思うぞっ。保存食と調味料ぐらいしか無い。……あっ、俺はこのカップラーメン食おっ。冷蔵庫もコンセント入ってねぇし、何もねぇと思うよ。……あっ!」


 そう言って、見つけたカップラーメンを片手に持ち何となく周囲を見渡したとき、俺はリビングのテーブルの上にコンビニの袋があるのを見つけた。

 俺はその袋に疑問を持ち、それに近寄って中身を見ると、その中にはメロンパンとブリックパックの紅茶が入っていた。

 多分、母が家に帰ってきて食べようと思ったのを忘れて、また急いで仕事に行ってしまったのだろう。

 ……今日は、帰って来てたのか。

 そう思い、もう会えない母に哀愁を寄せたが、いつもの事だったので仕方がないと思いその思いを心の奥に押し込んだ。……どうせ、いつも会えて無かったんだから。

 俺はその袋を手に取ると、台所へと戻り、袋を少女らに手渡した。


 「ほいっ、お前らにやるよ。どうせ母さん帰ってこねぇから食べても問題ない」


 「……なんだ?これは……。……メロンパンと紅茶ではないかっ!!しかも甘い紅茶だっ!いいのかっ!?食べても良いのかっ!?じゅるるっ!戴くぞっ!メロンパンっ!メロンパンっ!」

 「……なんですの?これは……。……メロンパンと紅茶じゃないっ!!しかも甘い紅茶だわっ!いいのです!?食べても良いのですっ!?じゅるるっ!戴きますわっ!メロンパンっ!メロンパンっ!」


 「……でもこれは一つだぞ?」

 「……でもこれは一つですわ?」


 少女達が首を傾げ、俺を見上げる。


 「半分にすればいいだろう?」


 それを見て俺は何の考慮もなく、そうはき出した。

 しかし、その言葉を聞いた二人の少女は、不快そうに言葉を返した。


 「何だとっ!?」

 「何ですって!?」


 「貴様なんかと、はんぶんこだとっ!?」

 「貴方なんかと、はんぶんこですってっ!?」


 「冗談じゃないっ!?何故こんな奴とっ!?」

 「冗談じゃないですわっ!?何故こんな者とっ!?」


 「これはっ!私のメロンパンだっ!」

 「これはっ!私のメロンパンよっ!」


 「っぐっ!貴様っ!その手を離せっ!」

 「っこれは私のよっ!貴方こそ手を離しなさいっ!」

 「っ何を言っているっ!これは私のだっ!メロンパンの袋が破けるであろうっ!?貴様こそ手を離せっ!」

 「っこれは貴方のなんかじゃないわっ!不浄な貴方に食べられるメロンパンが可哀想でしょうっ!?」

 「可哀想とはなんだっ!?そしたら、今この時のメロンパンの方が可哀想ではないかっ!?だから貴様っ!手を離せっ!」

 「嫌ですわっ!そんな事したら貴方にメロンパンを取られてしまうわっ!だから先に貴方が手を離しなさいっ!」

 「はっ!誰が天使なんかの事を信じるかっ!そうやって善良ぶって、どうせ最後は自分で食べるつもりだろうっ!」

 「何ですって!?そんな事天使がするわけ無いでしょうっ!?あぁ嫌だことっ。悪魔はそうやって相手を疑わなくては生きていけないなんてっ!不浄よっ!不浄だわっ!だからその手を離しなさいっ!」


 それを見て、俺は不味そうな顔を見せたが、その後に得策を思いつき、俺はにやけて二人に言葉を発した。


 「それが嫌ならあげねーぞっ?それは俺のもんだっ。はんぶんこにしないんなら、お菓子も没収だなーっ。あぁーあ、チョコレート菓子だったんだけどなーっ」


 俺がそう言うと、二人の動きが一瞬にして止まり、表情が凍ったのが見えた。

 相当な打撃らしい。特に、チョコレート菓子辺りが効いているようだ。

 二人は暫しの間思考を巡らせ最良方法を考える。

 すると答えに辿り着いたようで、二人は互いの顔を見合わせ、また同時に言葉を発した。


 「っしょっ、しょうがないなっ。とっ、特別に、貴様とメロンパンをはんぶんこにしてやっても良いぞっ!有り難く思えっ!」

 「っしょっ、しょうがないわねっ。とっ、特別に、貴方とメロンパンをはんぶんこにしてあげてもいいわよっ!有り難く思いなさいっ!」


 「むっ!」

 「むっ!」


 「だーかーらっ!」

 「だーかーらっ!」


 「何故同時に喋るのだっ!」

 「何故同時に喋るのですっ!」


 「ぬーーっ!」

 「ぬーーっ!」


 二人は互いのおでこを突き合わすと、睨み始める。

 ……全く、此奴らはなんでこうなんだか……。

 ……まぁ、天使と悪魔だから、しょうがないのか。

 そう思いながら俺はまた溜息をつくと、二人をつまみ上げ引き離し、リビングにあるイスの上にぽんっと置いた。


 「いいかっ、ちょっと大人しく待ってろよっ!今お菓子取ってくっから」


 「……はーいっ!」

 「……はーいっ!」


 そう言い聞かせると、二人は大人しく普通に返事をした。

 お菓子の事になると、案外きちんと従うらしい。

 ……どんだけ甘いものが好きなんだか。

 ……しりとりの時、やたら食べ物の名前も多かったから、腹も空いてんだろうけどな。

 甘いものに単純な少女達を呆れ思うと、俺は二階にある俺の部屋へと向かうために階段を上っていった。



 ぎしりぎしりと少し古びた音をさせながら、狭い急な階段を上がっていく。

 昔買った中古の家は、最近めっきり手入れをしないせいもあって古び始めていた。

 普段使わない部屋は、埃が溜まり、蜘蛛の巣が集り始めている。

 ここは、廃墟になり始めていた。さしあたり、俺はその廃墟に住まう乞食というところだろうか。

 今、ここには俺しか住んでない。本当は、母と一緒に住んでいる家なのだが、その母は、仕事に行ったっきり滅多に帰って来る事はなかった。母は、取り憑かれた様に働いてお金を稼いでいた。

 何故母がそこまでして働くのか、俺には分からなかった。本職をやって、アルバイトをやって、アルバイトをやって。いつ寝ているのか分からないくらい、労働基準法に違反しすぎていても、倒れないのが不思議なくらい、母は働いていた。

 俺は分からなかった。俺の高校の学費の為に。俺と自分の生活費の為に。ろくに住んでいない何の良い思い出のない自分の家のローンを返す為に。もう死んでしまった、自殺してしまった、自分に暴力を振るっていた、夫の借金の為に。母が働いているのが、俺には分からなかった。

 分からなかった。

 母の気持ちの全てが、俺には分からなかった。

 ――――大好きな、大好きだった、母の気持ちが。

 分かるのは、母が、馬鹿だと思う自分の気持ちだ。

 昔から、母は馬鹿だったのだ。

 馬鹿で馬鹿で馬鹿で馬鹿で馬鹿で、馬鹿で。

 まず俺がいることが、馬鹿なんだ。

 あんな男に、捕らわれたことが。


 光や風の通り道であるものがいっさい締め切られた、薄暗い二階が俺の目の前に広がった。

 廊下の隅や、窓枠やドアノブには埃が積もっている。

 その薄汚れた廊下を何の不思議もなく通り過ぎると、俺は一つの扉の前へと辿り着いた。

 その扉のドアノブだけは埃が一際少なく、光が漏れている。

 俺がその扉を開けると、そこには見慣れた風景が広がっていた。

 少し物が散らかり、唯一生活感が漂う場所。

 俺が毎日のほとんどを過ごしている唯一この世界で落ち着ける場所、俺の部屋だ。

 窓が少し開き、春の麗らかな風がそよぐその場は、机にはやりっ放しの勉強道具と少しの食料に飲みかけのペットボトル、布団は起きたままの状態でうねり、床にはカセットコンロやポットにテレビ、パソコンなんかが散乱している、そんな場所だった。

 最初は布団と机しかなかったこの部屋だが、他の物は家の中のあった物を勝手に持ってきた。

 普段、俺は用を足す以外はここから出る事はあまり無い。

 出るときは、高校の先生が訪問してきた時と、食料が切れたとき、銀行に、ネット上でやっている広告の仕事の給料が入った時ぐらいだろうか。

 今日は、何となく天気が良かったので、勉強も行き詰まっていたことだし、外の空気を味わいにふらりと外に出ていたが、そんなのは滅多にない事だった。

 結果的には、それで死ぬ事になってしまったのだろうが。

 俺は先刻から一つの考えを持ってた。

 多分、俺は何らかの事故死で死ぬのだろうと。

 心臓発作のような場合ももしかしたらあるのかもしれないが、身体の異常は無いのだから、多分病死では無いだろう。

 そして今日偶々外に出た俺はきっと、コンビニでコロッケパンを盗った後、それを公園かなんかで食べ、久しぶりに何となく町をぶらぶらとしたに違いない。

 すると可能性の高いのは、事故死。交通事故なんかが無難だろう。

 そう考えると、俺は今日外に出さえしなければ、もしかしたら今日死ななかったのかもしれない。

 そう思い、俺は溜息をつき少し自分の行動に後悔をしたが、すぐにもう仕方が無い事だと考えた。

 ……いや、でももし俺が今からずっとここに閉じこもったら、死なないんじゃないか?

 ……いや、だめだな。あいつらも言ってたし、どうしようと俺の最終的な運命は決まってて死ぬ事になるのか。

 ……それは、どういうことだ?あいつらが現れた事によって俺の運命は変わったはず。

 俺の行動パターンはもう読まれてるのか?すべて。

 ……あいつらか?あいつらが俺を誘導するのか?

 ……んあぁーーーーっ!!もうなんだか分かんねぇっ!!

 後であいつらにでも聞くかっ。

 頭をくしゃくしゃとすると、俺はコンビニの袋の中からチョコレート菓子を取りだし、その近くに置いてあった財布も手にすると、最後にカップラーメンを作るためのポットを持ち、その部屋を後にした。



 「ほいっ、チョコレート菓子。」


 「おおぉーーっ!!ポッキィではないかっ!!貴様っ!よくもそんな物を隠し持っていたなっ!じゅるるっ。貴様が持っていたものだと思うと何だか腹立たしいのだが、貴様の行為を無駄にせぬよう、私が有り難く食べてやろうっ!」

 「わあぁーーっ!!ポッキィじゃないっ!!貴方っ!よくもそんな物を隠し持っていたわねっ!じゅるるっ。貴方が持っていたのだと思うと何だか腹立たしいのですが、貴方の行為を無駄にしないよう、私が有り難く食べて差し上げますわっ!」


 「どういう意味だよそれはっ。」


 「そういう意味だっ!」

 「そういう意味ですわっ!」


 階段を下り、リビングにいる少女達にチョコレート菓子を手渡すと、その少女達は噛み付くように俺の手からそれを奪い取り、箱を開けむしゃむしゃと笑顔でおいしそうに食べだした。

 それを見ると、何だかどちらも天使のようで、仲のとてもよい友達、あるいは双子の姉妹のように見えた。二人にそれを言ったのなら最後、俺の死亡推定時刻が早まる気がするが。


 「ほいっ、メロンパンっ。」


 俺はそんな事を思いながら二人の反対側の席へと座ると、今度はメロンパンを半分にちぎって渡した。

 すると一瞬嫌そうな顔をしたが、よだれが垂れそうになった少女達は空腹に負け、またかぶりつくようにそれを奪った。しかし、食べようとする互いを睨めつけ始める。


 「……そっちの方が大きそうではないかっ!ずるいぞっ!貴様っ!」

 「……そっちの方が大きそうじゃないっ!ずるいですわっ!貴方っ!」


 「ぬっ!貴様っ!そう言って私を惑わせて貴様は大きい方を食べるつもりだなっ!?私は惑わされぬぞっ!貴様の方が大きいっ!ずるいっ!あむっ!」

 「あーーっっ!!何故貴方が私のメロンパンを食べるのですっ!?そうやって自分のが大きいというのに人のまで食べるとは不浄ですわっ!ずるいっ!あむっ!」

 「ばっ!貴様っ!!何をするっ!?私のメロンパンを食べるとはっ!?天使めっ!この憎悪は一生忘れぬぞっ!我が恨みを受けるが良いっ!貴様など飢餓で朽ち果てろっ!!あーむぅっ!」

 「あーーっ!!そんなに大口で食べるとはっ!!悪魔もよっりいっそう落ちたわねっ!そしてもっと私の視界から消え失せるくらい落ちなさいっ!!メロンパンの恨みっ、一生呪縛されて飢餓で朽ち果てなさいっ!!あーーむぅっっ!!」

 「あーーーっ!!くっ、貴様よくも……っ!!」


 言い争い、メロンパンを奪い合う少女達。まるでその姿は、心の真っ黒な悪魔そのもののようだった。……いや、実際には片方は悪魔で合っているのだが。

 ……やはり、さっきのは見間違いだったのかもしれない。

 そう思い、俺は溜息を吐こうとしたが、もう一度その少女達を横目で見ると、その溜息は微笑みに変わってしまった。

 確かに二人は言い争いメロンパンを奪い合っていたが、その姿は何処か、楽しそうで、幸せそうだった。

 俺はカップラーメンのビニール装紙を取ると、蓋を半分開け加薬の袋を取り、それを開けて容器の中に入れるとポットのお湯を入れ、蓋を閉めて三分待ち始めた。

 目の前では少女達が飽きずにメロンパンを奪い合っている。

 俺はそれを眺めながら、菓子の箱に入っていた最後の一つの銀の袋を開け、その中の菓子を一本ぽりっと食べた。

 その瞬間、目の前の少女達の動きがぴたりと止まったのが見えた。

 俺はそれを不思議そうに見ながら、もう一口菓子を食べる。


 「……どうかしたのか?」


 そう俺が問いかけると、みるみると二人の顔が憤怒の表情に包まれていくのが見えた。

 少女達は眉を上げ、歯を食いしばると拳を握り始める。

 しかし、俺には少女達がそのような表情をしているわけが思いつかなかった。


 「……なぁ、どうしたん……」


 「っよーくーもーっ」

 「っよーくーもーっ」


 「っ私のポッキィ食べたなぁーーっ!!貴様ぁっ!!」

 「っ私のポッキィ食べたわねぇーーっ!!貴方ぁっ!!」


 「あっ!!わり……」


 「食べ物の恨みっ!思い知れっ!!このっ馬鹿者がぁっ!!」

 「食べ物の恨みっ!思い知りなさいっ!!このっ馬鹿者っ!!」


 「ドガッ!!」

 「っいだぁぁーーーっ!?」


 次の瞬間見えたのは、少女達が俺の顔面にぶち当てた、二つの拳だった。



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