第二話 イチゴミルクチョココロネ
「……はぁ?」
訝しげな疑問符の後、暫しの沈黙が流れた。
その間、俺は状況が理解出来ず唖然とし、白と黒の少女達は、互いのタイミングが重なったことが嫌だったのか、むすっとして睨み合っている。
その沈黙を破ったのは、二度目の疑問符だった。
「……はぁ?」
すると二人の少女が同時に振り向き苛つきながら言葉を発した。
「だーかーらっ」
「だーかーらっ」
「私は『悪魔』だっ!」
「私は『天使』よっ!」
その言葉の直後、二人はまたむすっとして互いを鋭く睨み付けた。
その視線から、ぱちっと火花が散った様に見えた……気がした。
直後、唖然とする俺の目の前で口喧嘩が始まった。
「何故、私と同時に言葉を発するのです?心外ですわっ!貴方と同じこの小汚いターゲットを相手にしなくてはいけないというだけで只でさえ私は不快で気分が悪くてしかたがありませんのにっ。こんな汚らわしい不浄な者達と同じ空気を吸っていると思うと目眩がしますわっ!さぁ、不浄なる悪魔よ、私の眼中から今すぐ消え去りなさいっ!そして二度と私達の目の前に姿を現さない事を誓いなさいっ!この人間は、私が適当に処理いたしますわっ!」
「何を言うっ!それはこちらの台詞だっ!貴様らみたいのと一緒にいると虫酸が走るっ。只でさえこんな汚らわしいターゲットを相手にしなくてはいけないというのに、貴様なんかがいると余計腹が立つではないかっ!不快だっ、不愉快だっ!さぁ、直ちに我が眼中から消え失せろっ!そして二度と姿を現すでないっ!此奴は私が適当に処理するっ!」
「なんか、さっきっから俺の扱い酷くね?なぁっ!?」
「何ですってっ!?この者は私の獲物よっ!手出ししないでちょうだいっ!」
「天使が俺の事獲物っつったぞっ!おいっ、本当にお前天使かっ?!つか無視っ!?」
「此奴は私の獲物だっ!貴様こそ手を出すなっ!……貴様、まさかボーナスを狙うつもりかっ!でないとこんな金にならない獲物を狙う筈など無いっ!はははっ!笑わせるなっ!こんな奴からボーナスが出るとでも?幾ら特例とはいえ、此奴は0だっ、何の利益も無いのにボーナスが出るわけなかろうっ!天使風情めがっ!」
「何っボーナスってっ!!何っ、0ってっ!!おいっ!!聞けよっ!!」
「……くっ、ま、まさかっ、そんなわけないでしょうっ?こんな不浄な者になんて、何の期待もしていないわっ!天使は皆に優しいものよっ、それの何が悪いの?ボーナスが出るかもとか、数稼ぎとか、そんな理由じゃ決してないことよっ!……ぷっ、貴方こそ、ボーナスを狙っていたのじゃ無くて?でないと、悪魔なんかがこんな獲物を狙うわけないものねっ。うわー、やらしいことっ。そんな出るか出ないかも分からないボーナスまで狙うなんてっ。そんなにお金が欲しいのかしらっ?不浄よ不浄っ!不浄だわーっ!汚らわしいことっ!早く私の目の前から消え失せなさいっ!」
「目泳いでんじゃねーかっ!!てかさっきっからなんでこんなに俺の扱い酷いん?!なぁっ!!」
「なっ何をっ!そんなわけが無かろうっ!こっこれはっ、そっ、そのっ、たっ、偶々手の空いている者がいなくて、私が来ただけだっ!でないとこんな奴の所に来るものかっ。……くくっ、貴様こそ先に動揺していたではないかっ、目が泳いでいたのがはっきりと我が目に見えたぞっ!私は見たぞっ!これで言い逃れは出来まいっ!観念しろっ、天使めがっ!」
「それさっき俺言ったーっ!!てかお前も目泳いでんじゃねーかっ!!おいっ!俺の話聞けよっ!!」
「うっ、なっ、そっ、そんなわけ無いでしょうっ?そっそれはっ、その……っ」
「「っだーかーらっ!!俺の話を聞けよっ!!」」
「……何?」
「……何?」
「……おい、なんで急にそんな冷め切った態度なんだ?まぁ、機嫌が悪いのは分かるが。……マジで、お前ら何者なんだよっ、突然現れるやいなや俺を邪魔しやがって」
「……だから『悪魔』だ」
「……だから『天使』よ」
「むっ!」
「むっ!」
「だから何故私と一緒に喋るのだっ!!」
「だから何故私と一緒に喋るのですっ!!」
「むぅーーっ!!」
「むぅーーっ!!」
「貴様なぁ……っ!」
「貴方ねぇ……っ!」
「はいっストップストップッ!!切りがねーよ毎回やってたらっ、なんでそんなにタイミング合うんだよ……。まぁいいやっ、そうじゃなくて。じゃあ、お前らが本当に天使と悪魔だとしよう。そしたら、お前らは何しに俺の所に来たんだ?」
「だから、万引きをさせる為に」
「だから、万引きを止める為に」
「そうじゃなくてっ。……じゃあ、なんで何でそうさせに来たんだ?俺がどうしようと、俺の勝手じゃないかっ」
機嫌の悪い少女達にそう尋ねると、あれだけ五月蠅かった少女達が何故か黙ってしまった。
俺はそれを不思議に感じ、再度少女達に尋ねた。
「……なぁ、何で?」
すると二人は少し困った様な顔を見せ、嫌々ながらも互いの顔を見合わせて、ぼそぼそと何かを相談し始めた。
「……何処までなら、喋ってもいいのだ?」
「……さぁ。最終的な運命だけ変えなければ、大丈夫よね?」
「お互い、事が運びやすい最低限の条件までか?」
「……そうねっ。それでいいのじゃない?」
「だが……、それって何処までだ?」
「それは……」
再び暫しの沈黙が訪れる。
そして再び口が開かれたのは、黒の少女のものであった。
「っあーーっ!!面倒くさいっ!!そんなのどうでも良いっ!!とにかくっ、貴様はそのコロッケパンを盗めば良いのだっ!!それで事は済むっ!取り敢えず盗めっ!悪事をどんどん働けば良いのだっ!!……あ、やっぱりさっきの発言はやめだ!コロッケパンではなく、そのイチゴミルクチョココロネパンが良いっ、イチゴミルクチョココロネを盗めっ!そしてそれを私に渡すのだっ!じゅるるっ」
「あーーっ!!ずるいわっ!抜け駆けはずるいですわっ!!だめっ!絶対に盗んじゃっ!貴方は良事を行えばいいのっ!沢山良い事をなさいっ!そうねっ、まずはそのイチゴミルクチョコレートコロネを私に買いなさいっ!じゅるるっ」
「てめーらが食いたいだけじゃないかっ!なんでそうなるんだよっ、俺の質問は何処へ行ったんだ?結局てめーらだけが勝手に来て揉めてるだけじゃねーかっ、俺関わってなくね?俺に関係ねえなら他行って争えよっ」
「貴様は関係大有りだっ!貴様がいないと私がここに来た意味が無いだろうっ。だから、取り敢えず私にそのイチゴミルクチョココロネを盗めっ!貴様はどんどん悪事を働けば良いのだっ」
「貴方は関係大有りよっ!貴方がいないと私がここに来た意味が無いじゃないっ。だから、取り敢えず私にそのイチゴミルクチョココロネを買いなさいっ!貴方は沢山良い事をすればいいのよっ」
「だからっ、俺はイチゴミルクチョココロネじゃなくて、コロッケパンを盗って食おうとしてたんだっつーのっ!!」
そう怒鳴ったその時、周囲がざわついたのが聞こえた。
それに気づき俺が周囲を見ると、俺の周りには少し離れて人だまりが出来ており、こちらを怪訝そうな目で見ていた。知らないうちに客が増えており、奥から違う店員も出てきてこちらを迷惑そうに睨んでいる。
それを見ると俺は驚き焦った。周囲の視線に恐怖と心地の悪さを感じる。幼い頃、自分に向けられ続けた周囲の忌み嫌う視線を思い出して、気持ち悪さとめまいを感じた。少ししてから我に返り、コロッケパンを棚へと戻した。
「……盗りませんよ。ほら、ちゃんと戻しましたから」
そう周囲に言い残すと、人だまりを割って俺は仕方なくコンビニを出て行った。
「……はぁ」
俺は、一人溜息を漏らした。虚しくまた腹が鳴るのも聞こえる。
結局何も食べてない。しかし今金を持っていないし、また何処かで万引きしようとすると、あいつらが五月蠅いだろう。
仕方なく、俺は一旦家に戻る事を決め、家路をとぼとぼと歩いていた。
しかし、こうなったのもあいつらのせいだ。もう、暫くあそこで万引き出来ねーじゃねーか。それに、結局何の目的だか聞いてねーし。
俺はまた溜息を漏らす。
すると俺の後ろを飛んでいた少女達が喋り出した。
「まぁ、さっきっから溜息ばかりですわね?何だかこちらまで気分が沈みますわっ。止めてくださらない?」
「そうだっ、不愉快だっ。貴様止めろっ」
「お前ぇらのせいだっつーのっ。……ったく、なんで付いてくんだよ」
「それはっ、貴様に用があるからに決まってるであろうっ?」
「それはっ、貴方に用があるからに決まってるでしょうっ?」
「だからっ、何の用だっつーのっ」
「それは……」
「それは……」
少女達はまた黙りに入る。
それを聞いて俺は再度溜息を漏らすと、さりげなく少女達に話しかけた。
「……なぁ、お前らって俺以外の人間に見えないんだな。本当に悪魔と天使なのか」
「それはそうだっ、正真正銘の悪魔だからな」
「それはそうよっ、正真正銘の天使だもの」
「どうしてだ?」
「どうしてかしら?」
「さっき、コンビニにいた人間には見えて無かったから。お前らの姿に、全く驚いてなかったからな」
「なんだっ、馬鹿な癖に少しは頭が回るのだなっ」
「馬鹿は余計だっ」
そう言うと、俺はちらっと後ろの少女達に目を向けて言った。
「……なぁ、天使と悪魔って、みんなそんなちっこいの?」
それを聞くと、その少女達はけらけらと笑った。
「まさかっ、そんなわけ無かろうっ!これは地上活動用の姿だっ、本当の姿は人間と変わらない大きさだっ!仕方がないっ、貴様には特別見せてやろうっ!」
「まさかっ、そんなわけ無いでしょうっ!これは地上活動用の姿よっ、本当の姿は人間と変わらない大きさよっ!しょうがないわねっ、貴方には特別に見せてあげるわっ!」
そう嬉しそうに二人は言うと、ぼんっと音を立てて雲に包まれ、中からその姿を現した。
「どうだっ!すごいであろうっ!」
「どうだっ!すごいでしょうっ!」
二人は自慢げな声をあげる。
そこにいたのは、白と黒の、羽の生えた十歳位の少女達であった。
それを見て、俺は冷め切った顔で感想を述べる。
「……ちっちゃっ。胸無っ」
それを聞くと、二人の顔が明かにむっとしたのが見えた。
「しょうがないであろうっ!まだぴちぴちの百五十才であるからなっ!そのうち成長すれば貴様が私に跪く位ぼんきゅっぼんになるであろうっ!まあ、その頃にはもう貴様は貴様として生きてはいないがなっ!」
「しょうがないでしょうっ!まだぴちぴちの百五十才だものっ!そのうち成長すれば貴方が私に深く頭を下げる位ぼんきゅっぼんになるでしょうねっ!まあ、その頃にはもう貴方は貴方として生きてはいないですけどねっ!」
「ってことは、人間は生まれ変わるのか」
「……あっ!!」
「……あっ!!」
二人は慌てて口を塞ぐ。
それを見て、俺は聞いた。
「……なあ、教えろよ。なんでお前らは俺の所に来たんだ?さっき聞いた事が言ってはいけない事だったのなら俺は聞かなかった事にしてやる。……だから教えろっ。……なんで、お前らは俺の所に来たんだ?」
その問いかけに二人の少女は戸惑った様子を見せたが、少しすると諦めたように溜息を付いた。
「……仕方がない。仕事もしにくいし、お前には話そう。最終的な貴様の運命が変わらなければ、問題あるまい。……貴様っ、話せ」
「何その言い方っ!……まぁいいわっ!貴方には話してあげましょうっ。……マニュアルも特に無い位珍しい、ポイント0の貴方には。」
そう少女は言うと、俺の前に回り込んで立ち止まり、真剣な顔をして俺に言葉を発した。
「高野雅人 十六歳 男
冥利高等学校通信科二年
五月十三日 午後 二時四十三分
―――――貴方は今から二時間後、
―――――――――死亡します」