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第十一話 ハンバーガーよりもやっぱりお菓子で

 

 時刻は午後二時三十一分。後、俺が死ぬまで十分くらいだ。

 俺は時計を見てそう思い、そしてまた、すぐ後ろに道路を背にして、ベンチに座りながら空を見上げた。

 さっきの事があってから、何だかやる気をなくした。もう何だかどうでも良くなってしまった。

 俺に良いことなんて出来るわけ無かったんだ。俺が人の為に出来る事なんて、何も無かったんだ。

 そんなことを思い、やる気を無くした俺を見る二人の少女は、さすがにこの場で騒いだりはしなかった。俺のことを心配そうに見ている。

 そして、そんな少女たちに俺は尋ねた。


 「……なぁ、今俺のポイントって、いくつ位なんだ?」


 そう尋ねると、少女たちが突然話し出した俺に吃驚しながらも質問に答えてくれた。


 「あ、あぁ、ポイントなっ。貴様の今のポイントは……」

 「私たちが現れたことで、貴方は万引きをしませんでしたから、その時点でプラス312。そしてその後仏壇を壊しましたので、マイナス543。そしてさっきの行為で、プラス389ですわっ。細かいポイントの説明は省きましたが、今のところそうなってますわねっ」

 「このまま行けば、貴様は天国でハンバーガーぐらいなら食えるだろう」

 

 「……ハンバーガーか。結局俺の人生はハンバーガー一つ分の価値しか無かったんだな……」


 そう言って、俺は自虐的に微笑った。

 ……ハンバーガー一つか。まぁ、俺の人生なんてそんなもんだろう。誰にも必要とされていない人生だったんだから。


 俺はいつも人々に嫌われ、睨まれ、陰口を叩かれ、虐められ、煙たがられてきた。

 俺の人生は、そんなものだった。


 俺の記憶の中では、父さんは俺に微笑みかけた事は一度も無かった。

 いつも俺を怒鳴って、殴って、蔑んだ。父さんは、俺にとって、恐怖の対象でしか無かった。

 母さんも同様の扱いだった。俺は、父さんが母さんに微笑みかけた事だって見たこと無い。

 だが、母さんは父さんをいつも庇って、『本当は優しい人なんだから、許してあげて』って、決して父さんと別れよう何てしなかった。俺はその意味が全く分からなかった。

 俺は父さんが怖かった。だから、よく部屋に閉じこもった。怒鳴り声は止まなかったが、殴られるよりましだった。

 家にはそんな父さんがいて、学校では俺を虐める人が居た。

 周囲の人間は、俺を虐め、俺の両親の陰口を叩き、俺の家族を嫌い、煙たがる。同じく恐怖の対象だった。

 だから余計俺は部屋に閉じこもって、外に出ようとしなくなった。


 父さんが死ぬと、周囲の対応はよりいっそう酷いものとなった。

 周囲は俺と母さんを、犯罪者である父さんと必ず並べて見た。やれ犯罪者の息子だ、やれ犯罪者の奥さんだ。

 しかしそう言われ続けながらも、母さんはそこを離れなかった。必死に良い思い出なんか無い家のローンを返済する金を稼いで、父さんが残した借金返済の金を稼いで。

 母さんは真面目な人だったが、そこまでして借金を返す理由が俺には分からなかった。母さんのせいじゃないのだから、夜逃げでもすれば楽だったのに。

 俺は、そんな中一人閉じこもって周囲の目を避けていた。

 俺は臆病だった。傷つきたくなかった。周囲の人間が怖かった。俺を見てくれない周囲が嫌だった。

 俺は父さんじゃない。犯罪者じゃないっ。俺は犯罪者の息子じゃなくて、周りの人間と同じように父さんが嫌いな、只の高野雅人だっ。だから、父さんと俺を並べないでくれ!

 そうよく願ったが、当然叶うはずが無く。俺はそんな希望は捨てて、ただ周囲に忘れ去られてひっそりと暮らしていく道を選んだ。そのまま知らないうちに死んでしまえばいい。

 家からなるべく出ることをせず、通信制の高校へ進み、卒業出来る程度に勉強をして、寝て、テレビを見てパソコンやって……。日々が早く過ぎてくれることを願った。

 

 そんな時、少女たちがやって来た。

 俺に、この生活からの解放と共に、死を運んできた。

 五月蠅くて、騒がしくて、めんどくさくて、口悪くて……。全くどうしようも無いような奴らだった。こんな奴らが人間の生死を取り扱っているだなんて、信じたくないくらいだ。

 しかし考えてみると、今までの人生で一番楽しかったのは、この少女たちが居たときだったかもしれない。呆れた笑いや自虐的な笑いも多かった気がするが、しかし人生で一番笑ったのはこの不思議な少女たちと出会った今日だと思う。

 普通では無かったが、しかし周囲の人間とは違う対応で接してくれたのは少女たちが初めてだった。それが自分自身気づいていなかったが、俺は嬉しかったのかもしれない。

 こんな事俺は恥ずかしくて死んでも言えないと思う。だが、俺は思ったんだ。この不思議な少女たちに、ありがとうって―――。


 俺は過去を振り返り、そんなことを思いながら空を眺めていた。もうすぐ、死がやってくる。

 風が吹いて、俺の髪が少し揺れた。俺は寂しそうな顔で微笑んでいた。

 そんな時、少女たちが話し出した。


 「貴様はそんなつまらん人間でもなかったぞっ!」

 「貴方はそんなつまらない人間でもなかったですわっ!」

 

 俺がその言葉に吃驚して顔を上げた。すると、そこには顔を赤らめて必死に俺に言葉を掛けた少女たちがいた。


 「……え?」


 俺が疑問符を投げかけると、少女たちが恥ずかしそうにしながらも話し出す。


 「私は……確かに貴様は馬鹿で気にくわないやつだったが、き、貴様といて、その……少しは楽しかった、ぞ!……お菓子もくれたし」

 「私も……確かに貴方は馬鹿で気にくわないやつでしたが、それでも、その……す、少しは貴方といて楽しかったですわっ!……お菓子も美味しかったですし。……だから……っ」

 「……だからっ!」


 そこで少女たちが一息飲んだ。顔がみるみる真っ赤になっていくのが見える。そしてやっとの思いで少女たちは言葉を吐き出した。


 「私とっ、友達になってくれっ!」

 「私とっ、友達になってくださいっ!」


 俺はその言葉に目を見開た。その時、少し強めの風が吹く。


 「……はぁ?」


 俺は、その言葉の意味が分からなくて思わず聞き返した。

 すると少女たちが怒って俺に言葉をぶつける。


 「だーかーらっ!友達になってくれと言っているんだっ!」

 「だーかーらっ!友達になってくださいといっているのですっ!」


 しかし、そういう少女の言葉が俺には分からなかった。だって、俺は……。


 「……何言ってるんだ、この俺にっ!だって俺は……、俺は……っ!殺人者の息子だぞっ!」


 俺はそう言って怒鳴った。そうだ、こんな俺に友達なんか出来るわけない。

しかし、そんな俺に少女たちは負けじと怒鳴る。

 

 「そんなの関係ないっ!」

 「だって私たちはっ!人間じゃないですものっ!」


 俺はハッとした。そうだ、此奴らは周囲の人間とは違う。人間じゃないんだ。

 俺がそんなことに気づいた傍ら、少女たちは言葉を続けそして必死に俺に向かって怒鳴った。


 「私たちは人間じゃないっ!だから、そんなのどうでもよいっ!」

 「殺人者なんて関係ないですわっ!」

 

 「だって私が友達になりたいのは……っ!」

 「だって私が友達になりたいのは……っ!」


 「高野雅人っ!馬鹿で気にくわない、貴様なんだからっ!」

 「高野雅人っ!馬鹿で気にくわない、貴方なんですからっ!」


 俺はそう言われて気づいた。俺は、やっぱり馬鹿だったと。

 此奴らにそんな事を言うのは間違っていたと。だって、此奴らは周りの人間とは違う。

 此奴らは、此奴らだ。


 「それとも何だっ?」

 「人間でなくてはいけないのですかっ?」


 少女たちが頬をぷくっと膨らませて怒ったように言う。

 俺はそれを見て笑った。

 

 「俺のこと馬鹿としか言わない、お菓子ばっか取るちっこいお前らが俺の友達かっ。お前ら、そんなんだから友達がいないんだろう?」


 そう言うと、少女たちは怒り、ムキになって言葉を発する。


 「貴様じゃあるまいし、友達ぐらいいるさっ!その……ひゃっ、百人くらいっ!」

 「貴方じゃあるまいし、友達くらいいますわよっ!その……ひゃっ、百人くらいっ!」


 「それとっ、ちっこいは余計だっ!」

 「それとっ、ちっこいは余計ですわっ!」


 相変わらず息ぴったりの少女たちが俺に向かって怒鳴る。しかし、俺は怒鳴られているのに笑っていた。俺は少女たちに言葉を発する。


 「お前らが友達となりゃ、俺のポイントは全部お前たちのお菓子だなっ!正し、一人100ポイント分までだからなっ?」


 そう言うと、少女たちの顔が輝いていく。俺はその顔がとても嬉しかった。


 「はい!仕事の無いときに押し掛けてあげますわっ!」

 「私は、地獄あてに宅配を頼むぞっ!」


 「その様子じゃ、残りのポイントもお前らのお菓子に変わりそうだなっ」


 俺は苦笑いをする。そして、俺は気づいた。


 「……そうか、お前は地獄にいるからもう会えないのかっ」


 俺がそう言うと、黒の少女は少し悲しそうに話し出す。

 

 「あぁ。貴様が天国に行ってしまうからなっ。……でもっ、手紙を書いてやるっ!だから貴様も私に手紙を書けっ!」


 「命令口調かっ。まぁいいや、書いてやるよっ」


 俺はそう言って少女の頭を撫でた。すると、少女は顔を赤らめて恥ずかしそうにしながらも俺に微笑んだ。それを白の少女がじっと見る。


 「お前も、仕事はさぼるなよ?」


 そう言って俺は白の少女の頭も撫でる。すると少女も顔を赤らめて頷き笑った。

 俺の初めての友達。人間では無かったけれど、俺は最後に友達が出来てとても嬉しかった。

 二人の頭を撫でて、そしてその顔を笑って見つめる。と、そこで俺はあることを思いだした。

 小さい頃、俺も母さんによく頭を撫でて貰ったっけ。悲しくて、怖くて泣いていたときのあの母さんの手は、とても優しくて落ち着いたっけな……。

 そして、俺は重要なことを思いだした。今更になって、それは遅すぎたのかも知れない。

 あと、俺が死ぬまで5分を切る。そんな時になってやっと―――俺を唯一思ってくれていた母のことを思いだした。


 母さんの考えていることは分からないことだらけだった。何故父さんと別れないのか。何故父さんを庇うのか。何故引っ越さないのか。何故必死に父さんの借金を返すのか。

 しかしそんな母さんが、俺のことを大切に思ってくれているのは確かだった。

 俺に、人間で唯一優しく微笑みかけてくれる人物だった。母さんがいたから、俺は今まで生きてこられたのだと思う。でなきゃ、俺は今頃殺されていたか自殺したかで生きていなかっただろう。

 俺は、そんな母さんに何もしてあげることは出来なかった。本当は、高校を卒業してから頑張って働いて少しでも母さんに親孝行しようと考えていたのだが、それはもう叶わない。

 俺は母さんに何もしてあげられなかった。もうその事実が残るだけだ。

 俺はその事実に突如顔を曇らせ俯いた。それを見て、少女たちは不思議そうに頭を傾ける。

 

 「どうしたのだ?突然っ」

 「どうしたのですか?突然っ」


 そんな少女たちを、俺はまた顔を上げて見る。そして、またふっと微笑んだ。


 「いいや、何でもないっ」


 今度の笑顔には少し無理があったのかも知れない。少女たちは頭に疑問符を浮かべたままだった。

 地獄から来た悪魔である少女と、天国から来た天使である少女。人間ではない少女たちだが、しかしこればかりはどうしようもない。俺の未練なんか、誰にもどうすることも出来ない。それは少女たちでも、誰のせいでもない、俺のせいなんだ。しかし、今更どうしようもない事は俺にもどうすることも出来ない。もう、仕方がないことだ。

 俺は、この後天使である白の少女に手を引かれて天国へ行くのだろう。母さんが来るまで俺は天国にいることは出来ない。だが、せめて母さんが安心するように楽しく天国で過ごすとするか。

 そう考え始めたその時、俺の頭に一つの単語が過ぎる。


 ―――0。

 ―――天国へも地獄へも行くことの出来ない0。


 俺はその単語を何度も頭の中で暗唱し始める。そして俺ははっとして、いきなり少女たちにあることを問いかけた。


 「なぁっ!いきなりだが、0って天国へも地獄へも行けずにこの地上を彷徨うんだよな?その間、0は何をするんだ?」


 突然そう問いかけた俺に少女たちは驚いてびくっと身を震わせる。


 「な、なんだ急にっ!?」

 「そんなこと聞いてどうするのですっ!?」


 「いいから、早く教えてくれっ!もしかしたら俺はそれで、未練が果たせて今までで一番幸せな時間が過ごせるのかも知れないんだっ!」


 俺がそう言うと、少女たちは不思議そうな顔をしながらも俺に説明をしてくれた。


 「貴様がそう言うなら……。0は、暫く地上を彷徨うことになるのだが、その間、天国か地獄のどちらかに行くためにポイントを稼ぐ事になる。その時は人間には見えないが、物理干渉は出来ることになっているっ」

 「そして、その場合は一人だけ人間を選び、その人間にだけ0の人間は見えることが出来るようになっていますのっ」


 「それだっ!!」


 俺はそれを聞くと勢いよく立ち上がった。そしてきょろきょろと辺りを見渡し始める。そして俺は、少し前にコンビニがあるのを見つけた。


 「どっ、どうしたのだいきなりっ!」

 「もう貴方が死ぬまで時間がありませんというのにっ!」


 少女たちが驚いたようにそう言葉を発す。しかし、俺はそんな少女たちの言葉に耳を貸さずに問いかけた。


 「0は、当然悪魔や天使には普通に見えるんだろう?」


 「……そうだが」

 「……そうですけど」


 「……あっ!」

 「……あっ!」


 俺はそんな少女たちの声を聞くと、少女たちに振り返ってにっと微笑んだ。


 「面倒増やして悪いが、また俺ん家でみんなでお菓子でも食べようなっ!」


 俺のそんな言葉を聞くと、少女たちは理解したようで再び微笑んだ。


 「まったく、仕事を増やしやがってっ」

 「しょうがないですから、食べに行ってあげましょうかねっ!」


 そう言って微笑む少女たちは、歩き出した俺の後ろにとてとてと付いてきた。 

 口では面倒そうに言う少女らだが、その顔はとても嬉しそうだった。



 「なぁ、俺のポイントを0にするには、何を取ればいいんだ?」


 俺はコンビニに向かって歩きながらそう尋ねた。すると少女たちが答える。


 「そうですね……、ちょうど、105円の商品を盗んで……」

 「その後に蟻を一匹踏んだくらいだなっ」


 「はぁ?蟻?」

 

 「あぁ、ちょうど一匹っ」 


 俺はそう言われて面倒そうな表情を浮かべながらも、まぁ少女たちがそう言うのだからと同意することにする。すると、俺はついにコンビニの前へと着いた。

 そこで俺は一息吐くと、何事も無いかのように装って店内に足を踏み入れていった。

 あと、俺が死ぬまで3分。早く済まさなくてはいけない。

 俺は焦りを感じながらも、しかし平常を装って店内を物色し始めた。


 「いらっしゃいませー!」

 「いらっしゃいませっ!」


 どうやら店員はただ今2人。一人はレジで、一人は店内の掃除だ。客は―――二人。

 店内掃除の店員の位置は、雑誌側。客はそれぞれ雑誌コーナーとお菓子コーナーに一人ずつ。

 そうなれば、確実に死角なのがパンコーナーだ。俺はそこへ足を向かわせた。

 そう言えば今思いだしたが、俺が初めて万引きをしたのは、確か父さんが死んだ数ヶ月後だった。俺は、父さんと並べられて見られるのが嫌だった。自分だけを見て欲しかった。だから店員に気づかれやすいレジすぐ近くのガムを盗った。自分を見て、そして叱って欲しかった。しかしその時、運が良かったのか悪かったのか、店員はしゃがんでものの整理を始めてしまい、店を出ても気づかれなかった。その後何度かやるうちに、次第に只の癖になってしまったのだが、俺が万引きを始めたのにはそう言う理由があったのだ。後は、万引きを見つかって、母さんに向かいに来て欲しかった。母さんが仕事ばかりで家にあまりいなくなってしまったから。単に、母さんと少しでも一緒にいたかったのだ。

 今思えば、あの時俺の万引きがばれていたら、ますます周囲の人間が俺と父さんを並べて見るようになっていただろう。そう考えると、あの時ばれなかったのは、やはり運が良かったのかも知れない。

 そんな過去を思い出しながら俺はパンコーナーに向かっていった。そして俺は目的地に辿り着く。作戦開始だ。

 俺はパンを物色するように見せかけながら、ちらちらとカーブミラーを確認し始めた。店員の注意が逸れた時を狙う。とその時、客の一人がレジに向かった。店員の注意が逸れる。

 俺はしめたと思い、その瞬間さっとパンを服の中へとしまう。窃取成功だ。と、次の瞬間店内を掃除していた店員がこちらにカーブしてきた。危機一髪。危ないところだった。 

 そして俺は、目当てのパンが見つからなかったようにパンコーナーを凝視した後に何事もなかったようにそこを後にする。そして他の商品を何となく見ながら、目当ての商品が無かったように店の外へと出て行った。

 コンビニを出て暫く歩く。しかし、追ってくる店員の様子は全くなかった。俺はほっとして肩を下ろす。万引きするのに緊張するなんて何年ぶりだっただろうか?そんなことを思いながら、今度は俺は地面を凝視し始めた。すると、ずっと俺の後ろを歩いていた少女たちが喋り出す。


 「やはり流石だな、だてに悪行を積んではいないかっ」

 「流石ですわ、本来私が褒めてはいけないのですが、何というか、スムーズでしたっ!」

 「このままスキルを上げて大悪党になるのが見られなくて残念だなっ」

 

 「で、何を盗ったんだ?」

 「で、何を盗ったのです?」


 その言葉を聞いて、俺は苦笑した。


 「やっぱりお前らの一番の関心はそこかっ。まあいいや、ほらっ、これお前らにやるよっ」


 俺はそう言ってパンを少女たちに手渡した。

 そこに書いてあったのは、『イチゴミルクチョココロネ』。少女たちはそれを見て、ぱあぁっと表情を輝かせた。

 

 「貴様良く盗ってきてくれたなっ!」

 「もしかして憶えていてくれたのですかっ!」


 「本来褒められることではないがな。ちゃんと、はんぶんこして食べんだぞっ?」


 「あぁっ!」

 「はいっ!」


 俺は少女たちにそう念を押した。すると、少女たちは元気よく頷く。

 ……まったくいつのまに。やっぱり息ぴったしで仲良いじゃねぇか。

 俺はその返事を聞いて嬉しそうに笑った。その時、俺は蟻を見つけてきっかりと一匹、踏みつぶした。

 そしてその時、俺が死ぬまで一分を切る。

 



 「きっちり0か?」


 俺は先ほどのベンチに戻ってそう尋ねた。すると、少女たちが力強く頷く。


 「あぁっ」

 「きっかりと0ですわっ!」


 それを聞くと、俺は満足そうに空を見上げた。

 これで母さんに親孝行出来るし、此奴らとももう少し戯れることが出来る。

 もう、この人生に未練はないや。


 俺の人生は、とんでもない父親を持ったせいもあって暗いものだった。

 人々に嫌われて、友達も居ずに学校にも行かずに引き籠もってばかりのどうしようもない馬鹿で臆病な俺だったが、しかしそんな俺でも最後にはやっと友達が出来た。

 神様が何を思ってこんな境遇に俺を作ったのか何て知らないが、俺は今生まれてきて良かったと思ってる。俺は人生に十分満足だ。もう、自分の殻に籠もったりなんてしない。悲しんだり何てしない。今の俺は、幸せ者なんだから。

 この後、母さんには頑張って恩返ししなくちゃな。俺に出来る限り、精一杯の親孝行を。

 ……これからは忙しくなる。もしかしたら俺の人生は、これからが本番なのかもしれない。

 そんなことを考えていると、少女たちが最後に何か話したげに口を開いた。


 「おっ、おい!」

 「あっ、あの!」


 「ん?」


 俺が少女たちの方を見ると、少女たちがもじもじとして、顔を赤らめている。

 俺はそれを見て、少女たちに尋ねた。

 

 「なんだよっ、早くしないと、俺死んじまうぞっ?」


 そう俺が言うと、少女たちは意を決したように俺に向かって話し出した。


 「私の名前はっ、リズだ!」

 「私の名前はっ、フェリシアですの!」


俺が少女たちに話すように促すと、少女たちは唐突にそう言った。何を言うのかと思ったら、何だそう言うことか。俺は一瞬その告白に驚いたが、その後少女たちの心情を理解するとそれに笑顔を返す。するとまた、少女たちはもじもじと恥ずかしそうにしながら言葉を続けた。

 

 「なっ、何かと名前がないと不便だからな……」

 「その内変わってしまうでしょう名前ですけど、憶えておいて下さい!」


 「それとっ」

 「それとっ」


 そこで少女たちは一息置く。そして俺に赤らめたままのその顔で尋ねた。

 

 「貴様のことを……雅人って呼んでもいいかっ?」

 「貴方のことを……雅人って呼んでもいいですかっ?」


 少女たちが真剣な面持ちでそう尋ねた。俺はその質問を聞くと、穏やかに少女たちに向かって微笑んだ。 


 「なんだ、きちんと良い名前があるんじゃねぇかっ」


 俺は少女たちにそう言葉をかけた。俺は、その言葉が何だかとても嬉しかった。俺は少女たちの頭にぽんっと手を置く。そして最後に、少女たちに挨拶を交わした。


 「あぁ。好きなように呼べよっ。これからもよろしくなっ」


 そう言うと、少女たちも俺に負けないほどの満面の笑みで返事をする。


 「あぁっ!よろしくなっ!」

 「はいっ!よろしくですわっ!」


 そう言って三人で元気よく挨拶を交わした。

 これが、俺の人生の終止符を打つ言葉だった。

 俺は自分の人生の最後に、とても明るい幸せそうな笑顔を浮かべていた。


 俺が少女たちから手を離すとその瞬間、辺り一帯にクラクション音と悲鳴が響いた。

 俺が何事かと思い始めた刹那、背にしていた道路を何となく振り向いた俺の目には―――視界に入らないほどのバスの車体があった。

 そしてその次の瞬間、俺の全身にダンッという何かに強く叩き付けられたかのような酷い痛みと、それと共に、体の何処かが勢いよく裂けたかのような強い痛みが走った。

 そしてその後、俺の意識は完全に無くなった。

 それからの俺の記憶は―――暫く無い。



 五月十三日  午後 二時四十三分 

 バス運転手の居眠りが原因となった、バス脱車道の交通事故にて。

 高野雅人―――死亡。



 このニュースは、その日中に全国で報道された。

 そしてほんの少しの間、世間を騒がせることになる。

 この事故は、バス運転手の居眠りが原因でバスが歩道に乗り上げ、死傷者を出し、大幅に歩道や建物が破壊されたと言うものだった。事故現場を見る限り、誰もが息を飲むような大規模な事故だった事が伺える。

 しかしこの事故の奇跡的だと思われた点は、乗客が居なかったことや、その場に人の少なかった事による、負傷者の少なさと―――たった1人に抑えられた死者数だった。

 そして世間がこの事件に注目した点が一つ。それは、その死亡者が、数年前の無差別殺人事件の犯人の息子であった事だった。

 その事実が分かると共に、少年の生前の生活や行動なども報道された。

 少年家族に浴びせられた誹謗中傷や偏見。その原因からによる少年の不登校。そして、少年が死亡する十数分前に行った、ひったくり犯の取り押さえと、迷子の子どもを助けたこと―――。

 その少年の生前の姿を知った世間は、少年家族に浴びせられていた誹謗中傷や偏見に批判し、少年に悲観の声を寄せた。そして世間は、犯罪者の家族に対する考え方を見直す動きを見せる―――。



 俺がそれを知ったのは、当分先のことだった。

 暫くの間、俺の魂は宙を彷徨い意識を無くしていた。

 俺が意識を取り戻すと、そこにはそれに気づいた少女たちの顔があった。

 とても嬉しそうで、そして少女たちは涙を流した。少女たちは、俺のことが心配だったのだという。通常よりも意識を取り戻すのが遅かったらしい。

 もう死んでいるのだから心配は少し大げさのような気もしたが、しかしそれは無理も無かった。少女たちはあの事故の瞬間、最後まで俺の隣に居て、そして離れた場所に吹き飛び、見るも無惨になった真っ赤に染まる俺の死体を見ていたのだから。

 少女たちは、俺にこの後の0の説明をすると、少しの雑談をしたあと各々の場所へと去っていった。そして、最後に少女たちは言った。俺に向かって「また必ず遊びに行く」と。

 俺はその言葉をしっかりと胸にしまい、そしてまた少女たちに言葉を返した。「必ず遊びに来い」と。



 一人の女性が、そこに座っていた。

 仏壇の前。二つの写真が飾られたその仏壇の前で、その女性は泣いていた。

 俺はその女性に近づくと、優しく肩に手を添える。

 するとその女性は勢いよく後ろを振り返った。そして後ろに浮かぶ俺を見て、驚いたように目を見開いた。しかしその後、その女性は俺に向かってとても嬉しそうに、そして優しく微笑んだ。その笑みに俺も精一杯の笑みを返す。そして俺はその女性に一言言った。


 「母さんっ、ただいま」


 満面の笑みで。とても嬉しそうに。

 そんな俺の表情と言葉を聞いた女性は、思わず涙を流した。

 そして一言、その柔らかな笑みを浮かべて俺に言葉を返す。


 「おかえりなさい」


 そこには、ごく普通に見える、幸せそうな親子の姿があった。


 俺の人生はまだ終わらない。

 暫くすると、二人の少女の元気な声が俺の家にやってくる。



 

 


 

 

 あとがきっ!


 こんにちわっ!小野宮と申します。

 この度は、『こっちにおいでっ!』を拝読下さり、誠にありがとうございます。

 ご指摘やご感想がありましたら、些細なことでも一言でも結構ですので、書いて頂けるととても嬉しいです。

 まだまだ未熟なもので、文章の書き方も上手くありませんし、最初と最後で書き方が変わってしまっていたりするのですが、そこら辺の点は暖かく見て頂けると幸いです。


 コメディに設定しておきながら、大分シリアスな話でありましたが、如何でしたでしょうか?

 本当は、これとは異なるラストの終わり方を考えていたのですが、コメディから遠ざかってしまった為もあって、急遽執筆していて思いついた終わり方に致しましたっ。

 この終わり方には、もしかしたら不満がある方もいらっしゃるかも知れません。天国か地獄に行くかで話が進んで来ていたのに、結局どちらにも行かないのですからねっ。

 私も、この終わり方には正直驚いていますっ。

 しかし、最後には雅人が幸せそうに笑っていたので、私はこれで良かったと思っています。


 雅人は、暗い過去を背負い、そしてそれから逃げるように引き籠もり悲しく寂しい人生を送る、臆病で悲観的な少年でした。

 今考えると、コメディ小説にあるまじき主人公ですよね。暗すぎたことをとても反省しています。

 それなので、どうしても最後は幸せに笑って死んで欲しいという思いがありましたっ。私はそれが叶ったことを嬉しく思っていますっ。しかし、何というか主人公なのに……、かっこいい設定にしてあげられなくてごめんなさいと思っているキャラです。私の小説にはそういうのが多いのですがね。主人公なのにさえないとか、設定が一番薄いとか、名前すら出てこないとか。……今度からは気を付けるようにしますっ。


 天使と悪魔の少女、リズとフェリシアは、なんだかんだで最後まで不思議で可笑しくて面白いキャラでした。二人が巫山戯始めると、かなりの行を消費するのですが、書いていてとても面白かったです。

 メインキャラクターのくせに最後の最後まで名前の出てこない前代未聞のキャラでしたが、私にとってはお気に入りのキャラですっ。


 長くなってしまいましたが、最後にまた、最後までこの小説を読んで下さった方に感謝の言葉を述べたいと思いますっ。

 本当に、ありがとうございました!

 それでは、いつかまたの機会にお会い致しましょうっ。

 最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございましたっ!


 

 H23年  8月 17日

 Angel beats!の曲を聴きながら。最終回を思いだして涙を誘われて。


  


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