第十話 妖精さんは魔法使いさんっ!?
おばさんショックから立ち直って、街を歩き出してから早十五分。二人ほど手を差し伸べる事を試みたが、一人は手助けする前に事が解決し、もう一人は……俺の事を知っていたようで顔色を変え恐ろしそうにそそくさと逃げていった。
何だか晴れない心を引きずりながら、それでも何か良いことをしようと俺は町を歩き回る。
しかしそんな俺の後ろには、相変わらず言語は厳しいが緊張感などという物とはほど遠い位置にいる二人の少女達が、なにやら少々飽きたのか、暇つぶしにゲームを始めていた。
「マージカルバナナーっ!バナナと言ったら黄色っ」
「黄色と言ったらレモンっ」
「レモンと言ったらフルーツっ」
「フルーツと言ったらドリアンっ」
「ドリアンと言ったら臭いっ」
「臭いと言ったら納豆っ」
「納豆と言ったらネーバネバっ」
「ネーバネバと言ったらネバーランドっ」
「ネバーランドと言ったらピーターパンっ」
「ピーターパンと言ったら食べられないパンっ」
「食べられないパンと言ったらフライパンっ」
「フライパンと言ったら固いっ」
「固いと言ったらダイアモンドっ」
「ダイアモンドと言ったら高いっ」
「高いと言ったらエベレストっ」
「エベレストと言ったら山っ」
「山と言ったら富士山っ」
「富士山と言ったら不老不死っ」
「不老不死と言ったら賢者の石っ」
「賢者の石と言ったら錬金術っ」
「錬金術と言ったらホムンクルスっ」
「ホムンクルスと言ったらテオフラストゥス・フィリップス・アウレオールス・ボンバストゥス・フォン・ホーエンハイムっ」
「テオフラストゥス・フィリップス・アウレオールス・ボンバストゥス・フォン・ホーエンハイムと言ったらパラケルススっ」
「パラケルススと言ったらタロットカードの魔術師っ」
「タロットカードの魔術師と言ったら変化っ!」
「変化といったら……」
後ろで少女たちがやっているゲームに耳を傾けてみると、何だかとてもマニアックで意味の分からないマジカルバナナをやっていた。
賢者の石……は何となく聞いたことがあるが……後は何だ?最後の方全然わかんねぇよっ。
テラフラストス……?
そんなゲームには俺の思考回路が付いていかないので、耳を傾けることを止めてまた役に立てそうなことがないか探し始めた。
あと、時間は大体四十分。早くしないと俺は死んでしまう。だんだん俺は苛立ち始めていた。
早く、良いことをしなくては……っ!
と、そんな時、俺は少し前に小さな女の子がいるのが見えた。どうやら泣いているらしい。
俺はそれを見てその少女に近寄った。
「……そっ、そのっ、……君、迷子?」
そして気づいた。そう言えば俺、生身のまともな子どもに話しかけるのは初めてだ。
……小さい子どもっつたら、さっきっから此奴らがいるけど、人間じゃないし……、まともじゃ無いし……。
そう言うわけで、話しかけたはいいが、俺は扱い方に困り、そして緊張していた。
顔が、引きつる。ちゃんと笑顔になってるかな……?
「えぇっ?……うっ、うんっ。……おっ、お母さんとはぐれちゃって……っ」
少女は若干怖がっているが、何とか応答に答えてくれた。
よしっ!このままなら大丈夫かも知れないっ。今日初めて良いことが出来るっ!
そう思い、俺は喜びに少し顔を緩ませる。
「そっか!じゃあ、お兄さんと一緒にお母さん探そうね!」
「お兄さんだと……プククッ!馬鹿なのに?知能レベル低いのにか?」
「お兄さんだなんて……プククッ!馬鹿ですのに?知能レベル低いのにですか?」
「……うるさい」
「ん……?……お兄さん?どうかしたの?」
後ろで変なマジカルバナナをやっていた少女たちが口を挟んだ。つい、本音が出てしまう。
しかし、気を付けなくては。この子には此奴らは見えないんだから、話すのは禁物だ。変な誤解を生むことになるだろう。
そう思い、俺は咄嗟に訂正して、少女の手を引っ張った。
「うっ、ううん!何でもないよ!さぁ、お母さんを探しにいこっかっ!」
「……うんっ。……ん?」
しかし、探しに行こうと手を引っ張ろうとすると、少女が立ち止まった。……何故か、俺の後ろ、上方を見ている。
俺は不思議に思い後ろを向いたが……二人の人間でない少女が浮遊している以外は、なんら変わった様子は無かった。
「どうかしたのか?」
俺がそう尋ねると、少女は段々顔を輝かせて俺の後ろを指さした。
「わあぁっ!!妖精さんだぁ―――っ!!」
「……え?」
「……え?」
「……え?」
少女はそう言うと、俺の後ろ―――人間に見える筈のない少女たちに駆け寄っていった。
「……えっ?……えぇ―――っ!?みっ、見えるの?」
俺は驚いて少女にそう尋ねる。すると少女は少し不思議そうな顔をして、そして、うんっ!と大きく頷いた。
それを聞いて、俺は空中に漂う少女たちに問いただした。
「おっ、おいっ!どっ、どういう事だよっ!これっ!」
そう俺が尋ねると、少女たちは何だか罰が悪そうに話し始めた。
「あぁっ。これはだな。その……。偶に私たちは、子どもに見える事があるんだっ。……本当に稀なんだが……」
「ねぇねぇ妖精さんっ!そのお洋服かわいいねーっ!」
「あ、あぁっ。ありがとうな……」
「はい、本当に稀なんですが……。偶に見えるんですの。そして本来の姿以外に見られ、からかわれ、引っ張られ……。いつもなら逃げるのですが……」
「俺を睨むなっ」
「わぁっ!こっちの妖精さんもかわい―っ!ちっちゃくてかわいいねーっ!」
「小さくなんか無いっ!」
「小さくなんか無いですわっ!」
そう言うと、二人はぼんっと音をたてて十歳くらいの少女の姿になった。
「どうだっ!」
「どうですっ!」
どうやら小さいという単語が癪に触ったらしい。そして地上活動用の姿を解いた少女たちだったが、しかし、それは逆効果だった。
「わあぁっ!!」
少女はそれを見て、さらに目を輝かせる。
「魔法使いさんだったんだぁ―――っ!!」
「わっ、ちょっ、ちょっと止めろっ!くっつくなっ!」
「ちょっ、ちょっとっ!ひっ、引っ張らないでくれますっ!?」
どうやら二人は小さな子どもが苦手らしい。……まぁ、突然子どもに抱きつかれたり、あちこちを引っ張られたら誰でも困るだろう。……そう考えると、幼稚園や保育園の先生は凄いと思う。……母親も。
そう思いながら俺は暫くその様子を見ていたのだが、周囲の視線に気づき、少女を人気のない場所に一旦連れて行った。
危ない、危ない……。
俺は、少女の手を引きながら、駅周辺を歩いていた。もう、かれこれ二十分位になる。……早く見つけないと、俺が死んでしまう。
交番へ届けた方が良いのだろうか?そう考えたが、俺は実は交番の場所を知らない。近くにあると思うのだが、それも含めて捜索中だ。……本当は警察はトラウマで近づきたくないのだが……。
少女は、買い物に来たのだと言った。だから、駅ビル辺りだと思うんだが……。
そう考えながら俺は歩く。そしてそんな俺の隣には、二人の少女に触りたくて喋りたくて疼いている小さな迷子の少女がいた。
さっき路地で、『この子たちはみんなには見えないから、内緒にしておかなくてはいけないんだっ。だから、話しかけたり触ったりするなよっ!』と言い聞かせたので、大分大人しくなった。ちろちろと少女たちを見ることまでは止められなかったみたいだが。
そしてそんな少女に見られている張本人たちは、何だか居心地悪そうに俺の後ろを付いてきていた。じろじろ見られるのも得意じゃ無いらしい。……俺も嫌いだけど。
しかし、そんな少女たちを見ているのは何だかとても綻ばしかった。何て言うか、楽しそうで、幸せそうでとてもいいじゃないか。
そんなことを考えながら、俺は微笑ましい気持ちを持ちながらも、もう時間がないという焦燥にも駆られて、必死にこの子の母親を捜していた。
と、その時だった。
「きゃあぁっ!!ひったくりよっ!!」
俺の前方から、叫び声がした。
俺が前方を向くと、そこには叫ぶ女性と、それから遠ざかる黒い帽子を深く被ってマスクをした見るからに怪しい奴がいた。
俺はその光景を見て一瞬驚いたが、次の瞬間、顔を笑みで歪ませた。
「邪魔だっ!どけっ!!」
犯人らしき男が、人を次々に跳ね飛ばしてこちらへ向かってくる。俺はそれを見て、しかし平然と前を歩いていった。
「どけどけっ!邪魔だっ!!」
そしてその時、男が俺に近づいてきて、手ではね除けようとした。その時、
俺は少しわきへずれた。すると俺を押そうとしたその男の手は空を斬っていく。男はバランスを崩した。俺はその隙を狙って、相手の足に俺の足を引っかけた。すると、男の体は見るも無惨に地面へと倒れていく。
そして男が倒れたところを、俺はその男の手を捻ってバックを手から離させ、そして男を捕まえた。すると、その時何処からか警察がやってきた。どうやらこのすぐ近くに交番があったようだ。
なんだかとても近くて簡単な位置にあったようなので少し俺の頭の悪さに落胆するが、まぁ、取り敢えずは良かった。警察が来たなら女の子も預けられるし、一石二鳥だ。
そう思いながら俺が犯人を警察に受け渡すと、俺の近くに落ちていた、犯人が離したバックが誰かの手に拾われた。するとその時、高い声が響いた。
「あっ!お母さんっ!!」
「あぁっ!真波っ!」
その声が響いた後、俺が隣を見ると、そこにはバックを拾った女性と迷子の少女が抱き合っている様子が見えた。
どうやらさっきバックをひったくられた女性が、この子の母親だったようだ。それなら良かった。見つかって。
「お母さんっ!このお兄ちゃんがねっ、一緒にお母さん探してくれたんだよっ!」
「あらっ!そうなのっ!?」
そんな会話を聞きながら俺は立ち上がる。と、少女の母親が、俺に頭を下げた。
「真波を助けて頂き、そしてバックまで取り返して頂き、本当にありがとうございましたっ。なんとお礼を言ったらいいのやら……」
そう言って、その女性は俺に深々と頭を下げた。俺は初めての経験に何だか照れる。
……やっぱりこういうのっていいもんだな。
そう思いながら、俺も言葉を発そうとする。と、女性が顔を上げる。
そして、俺の顔をまじまじと見ると、……段々と恐怖に顔を引きつらせた。
「いやっ、礼にはおよばない……」
俺はそこまで言ったときに、女性の表情の変化に気づいた。そして、俺は表情を曇らせた。俺は俯く。どうやら、この女性は俺のことを知っているらしかった。俺を見るなり、恐怖に顔を染めていき、そして後退し始める。
「ほ……、本当にありがとうございましたっ、……それではっ!」
そう言うと、女性は少女の手をしっかりと握って走っていってしまった。
「お母さんっ!あのお兄ちゃんねっ!」
「止めなさい真波っ!もうあのお兄ちゃんの話はしないのっ!もう近寄っちゃ駄目よっ!」
「えっ?何でっ?」
親子の会話が、走っていくときに聞こえた。もしかしたら、知り合いが犠牲になった人かも知れない。
俺はそう思って、その場を後にした。ざわつく周囲や、呼び止める警察を無視して。