"爪と牙"
「何度も申し上げて居ります通り」
「私の幸せは、『誰も幸せにならない事』なんですよ」
『心理相談室』の構造は、私には留置場に視える
小さなテーブルと、一対の椅子
壁はクリーム色をして居るが、だがそれは『人の心を落ち着かせるのに効率の良い色』だからだ
意図が視え透いて居て、それは私を癒やすものでは無い
そして、いま気付いた事が有る
私のけだるげに薄く開かれた眼は、先生と話す時、まばたきをして居ない
「それだけが、私を癒やします」
「お言葉ですが……」
言いづらそうに、心理士の先生が言葉を返す
「一般に『自由』とは、他者を害さない範囲でのみ赦されると、定義されて居ます」
「そのような事を仰れば、この世の総てから嫌われる事になりますよ」
先生は優しい
きっとこの仕事も、天職なのだろう
「ええ」
「ですので」
一拍だけ、間を置く
「他人には殊更、この事は申し上げないようにして居ります」
諦めたように先生は小さく嘆息する
きっと、聞こえて無いとでも思って居るのだろう
話す事も、もう無い
私は部屋を出る
廊下は静まり返って居る
私は『穏やかだな』と感じながら、行くあても無く歩く
幾つかの部屋を視送る頃、同い歳位の少女が後ろから駆け寄って来て、私の背中に声を掛けた
「先程の、立ち聞きさせて頂きましたわ」
「貴女も罪を恐れない方でいらっしゃるのですね!」
一言目に目的を語らない人間には、嫌悪感が在る
だが、彼女の話が面白い可能性を僅かに感じ、私は黙って次の言葉を待った
「互いに罪を悦ぶ者として、私と共に生きて下さいません?」
─────『仲間』
要するに仲間
乃至は、それに準ずるものを求めて居るのか
短い思案の後
私は可能な範囲内で柔らかな表情をして、彼女へと振り向いた
「嬉しい申し出ですね」
「実はいま、ちょうど助けて頂きたい事が有ったんです」
………上手く、私は笑えて居ただろうか?
解らなかったが、少女はまさに『感激した』と言った表情で瞳を潤ませ、私の両手に自分のそれを、包むように重ねると「何でも仰って下さい!」と言った
「ありがとう」
「では少しの間だけ、向こうを向いて下さいますか」
………私は今、笑ってしまって居ないだろうか?
先程とは逆の事を考える
どうやらそれは全然出来て居らず、左右の口の端は私が出来る中で、最も獰猛な形へと吊り上がってしまって居たようだった
「ありがとうございます」
きっと彼女は育ちが良いのだろう
正直に背中を向けた少女に、心からの感謝を告げる
私はズボンのポケットから折り畳みナイフを片手で取り出すと、刃を出す事と、それを眼の前の、柔らかな肉のケーキへと突き立てる事を同時に行った
事が終わると、少し遅れて芳醇さが私の鼻孔を突いた
血の匂いだった
「このナイフ、持っていられない程に冷たかったんです………」
「でも、お陰で暖まりました」
「重ねて礼を言います、『ありがとう』………」
「それでは、私はこれで」
廊下には、一定の間隔でダストシュートが在る
彼女は華奢な躰をして居た為、私がダストシュートの蓋を開けて背中を蹴飛ばすと、亡骸は一瞬にして奈落の底へと勝手に消えていって、視えなくなった




