第9回 張郃、反董卓連合戦に参戦する
洛陽で専横をほしいままにする董卓は、臣下にあるまじき行動に出る。なんと、少帝を廃して、その弟である陳留王を天子にしたのである。この天子が、後漢最後の皇帝となる「献帝」である。
この暴挙に、諸侯は立ち上がる。
このきっかけを作ったのが、「曹操」の檄文であった。
その檄文に反応した諸侯は、洛陽を目指す。
そして、この連合軍の盟主に指名されたのが、袁紹である。
張郃は、一校尉としてこの戦いに参戦している。
董卓は、洛陽は守りに適していないと、自分の本拠地である涼州に近い長安に遷都を強行する。
その際、大商人からの略奪、歴代皇帝の墓の盗掘までやりたい放題をした挙句、洛陽に火を放ち、焦土としたのである。
諸侯は集まるに集まったが、焦土と化した洛陽には、「呂布」や「華雄」、「徐栄」といった董卓軍きっての名将たちが守りを固めていた。そのため、自軍の損耗を防ごうと、あろうことか全く動かず、滞陣するのみであったのだ。
この動きを何とかしようと動いたのが、檄文を発した曹操である。しかし、曹操の率いる兵はわずか五千にすぎない。徐栄に散々に打ちのめされ、退却を余儀なくされた。
諸侯は、曹操をせせら笑ったが、一人だけ笑わない男が南方より、遅れて登場した。「孫堅」である。
孫堅は、一度は敗れるものの、華雄を討ち取り、洛陽の入り口である「汜水関」を落とした。これで連合軍もようやく重い腰を上げ、もう一つの関である「虎牢関」を落として、洛陽に入城した。
洛陽に入城したといっても、そこは既に焦土と化しており、何も得るものは無かった。長安への追撃戦は行われず、連合軍は解散となった。
この様な感じなので、張郃は手柄を立てる機会を得ることは出来なかったのである。しかし、ここからが、新しい群雄割拠時代の幕開けとなるのである。




