第29回 張郃、漢中争奪戦に参戦をする
関中の掃討戦が完了し、曹操はいよいよ本格的に漢中の張魯征伐に乗り出す。曹操自信が出陣し、主力となるのは夏侯淵、張郃、徐晃らの関中掃討戦で活躍した武将たちである。
曹操が言う。
「まず、我々が目指すのは陽平関だ。ここをどうにかしないことに、漢中の平定はままならん。陽平関には張魯の弟の“張衛”が守将として詰めているそうだが、中々の豪の者であるとのことだ。ここは、関中掃討戦を展開してきた夏侯淵と張郃、徐晃に任せようと思うが、問題ないか。」
夏侯淵が答える。
「我々にお任せください。必ずや陽平関を落とし、漢中への道をこじ開けて見せます。」
夏侯淵が張郃に聞く。
「儁乂よ、先ほど曹操様にはお任せくださいと申したが、地形的には攻城兵器の持ち込みも出来まい。」
「はい。入り組んだ地形と、天然の要害を活かした関であると聞いています。敵は弓矢での攻撃を主とすると思われますので、大盾などの防御面の入念な準備が必要です。」
「なるほど。公明はどう考える。」
「正直申し上げれば、かなりの苦戦が予想されると思います。今までの平地の戦いとは違い、機動力の活用は限定的になりましょう。」
「・・・。そうだな。我々の強みが活かされない、ということは覚悟しておかねばならん。ひとまず、敵も相当の弓矢を用意しておろう。大盾の準備に注力してくれ。」
一方、陽平関の張衛である。
張衛は、陽平関に国中の弓矢を集めたのではないか、というくらいの弓矢を準備させた。そして全兵士たちに向かって言う。
「曹操軍がいくら精鋭揃いとはいえ、この陽平関を目の当りにしたら、その動きは必ず止まる。その時に、これでもかと矢の雨を降らせてやれば、奴らは何も出来まい。必要以上に恐れる必要はない。やることは、単純だ。」
この言葉で、兵士たちの士気は上がった。
そして、いよいよ陽平関から見えるところに曹操軍が現れた。総勢一〇万を超える大軍である。しかし、入り組んだ地形であることから、一斉に攻撃を仕掛けるなどの動きは限定されてしまう。
陽平関を見上げると、正にそびえ立つ「壁」そのものであり、最初から苦戦が予想された。
夏侯淵は、大盾の部隊を密集させて、関門に突撃をする命令を出した。
しかし、予想通り、いや、予想以上の弓矢の攻撃で全く対抗することが出来ずに、一時撤退せざるを得なくなった。
二日目の戦いも、大盾の部隊を先頭に突撃をする。前日よりその密度を上げての攻撃であったが、さしたる効果もなく、また撤退をするしかなかった。
打開策が見えないまま、夏侯淵は徐晃を残し、張郃を伴って曹操の軍営へ向かった。夏侯淵が言う。
「曹操様、申し上げにくいのですが、昨日、今日と突撃を試みましたが、全く効果がありません。兵士たちも、想像以上の矢の雨に、恐怖心を抱きだしており、士気も低下しております。」
「陽平関が難所であるとはわかっていたが、妙才が二日で相談しに来るほどのものであったか・・・。正面突破が難しい以上、何か策があればいいのだが・・・。何かあるか、子揚よ。」
今回軍師として帯同してきているのは、「劉曄子揚」である。劉曄が答える。
「ひとまず、明日、明後日とこの二日間同様に攻撃を仕掛けましょう。そして、頃合いを見て撤退します。守将の張衛は自分の豪を誇る者と聞いております。天下の曹操軍を自分の力一つで撤退させたとなれば、恐らく手柄を誇示し、油断すると思われます。」
「それで?」
「夜襲を仕掛けます。」
「夜襲と言っても、どのように仕掛ける。」
「ここが難しい所ですが、陽平関は地形を利用した天然の要害でもありますので、その天然の部分、つまり切り立った崖をよじ登り、陽平関内に突入し、関門を開けるのです。」
「あの崖をよじ登る・・・。そんな事が出来ようか。」
ここで張郃が口を開く。
「差し出がまし要ですが、是非、私にそのお役目、お申し付けください。」
「儁乂、お前ならできると申すか。」
「正直、完全にお約束はできませんが、私の部隊では普段の調練でも、山岳戦を意識して崖を登ることは行っています。もっとも、この規模の崖に挑んだことはありませんが・・・。」
劉曄が言う。
「曹操様。ここは張郃将軍にお任せしましょう。」
「わかった。儁乂、お前に任せる。ただ、無理して死ぬことは許さぬ。無理と思ったら、即時そのまま撤退だ。」
「わかりました。特に山岳戦を得意とする精鋭を選抜してことに当たります。」
軍営に戻るとき、夏侯淵が言う。
「儁乂、曹操様が言っていたことを忘れるな。私も、お前が死ぬことは許さぬぞ。」
「出来ぬと思ったら諦めて即時撤退、これは軍令と心得ておりますので、この儁乂、無駄死には致しませぬ。」
こうして、陽平関攻略戦の行方は、張郃の夜襲に委ねられたのである。




