第20回 張郃、水軍の調練に参加をする
曹操は無傷で荊州の水軍を手に入れたことを非常に喜んだ。その水軍の規模も中華一、と言っていいだろう。総勢七万、船は小型船を含めれば数千隻を有していたのだ。
そして何より、曹操が喜んだのが「文聘」が降伏して仕えることになったことである。荊州一の名将、といって差し支えないであろう。水戦はもちろんのこと、陸上戦の指揮経験も豊富である。
曹操が言う。
「文聘よ。よくぞこの曹操の下に来てくれた。心から、礼を言おう。」
曹操は頭を下げながら言った。文聘は恐縮しながら答える。
「私は、敗軍の降将に過ぎません。過分なお言葉、あまりにも恐れ多いと感じます。」
「謙遜するな。我が陣営を見渡してみよ。かつては、私の命を狙っていた者が大勢いる。」
「それらの者が従うのは、曹操様の人徳でございましょう。」
「その言葉、ありがたく受け取ろう。そして文聘、頼みがあるのだが。」
「はい、何でございましょう。」
「我々は、中原、河北一帯を支配し、北方は我が手中に帰した。しかし、そこでの戦いは騎兵と歩兵のぶつかり合いだ。南方では、水軍が不可欠であろう。そこで、我ら将兵に水軍での戦いを教えて欲しいのだ。」
「水軍の指揮を経験された将軍格の方などはいらっしゃるのでしょうか。」
「いや、私を含めて、誰も水軍のことはわかっていないと言った方がいいであろう。」
「わかりました。そうすると、将兵ともども、本当の基礎的な調練からとなりますが、構いませぬか。」
「もちろんだ。一応、“玄武池”なるものを北方で作って少しは調練してきたつもりだが、実戦の役に立てるとは言えまい。全て文聘、お前に任せよう。」
こうして、降将である文聘が水軍調練の総責任者に任命されたのである。
この訓練には、曹操を含めて、全軍が参加した。
水になれることから始まり、操船、漕ぎ方、といった基礎的なことから、水上戦、陸上部隊との連携などと言った、本格的な模擬戦も行われた。
多くの者は、そもそも船の揺れで体調を崩したり、やはり乾燥した北方から来た兵たちには高温多湿のこの環境がたたり、疫病にかかる者などが増えてきた。
曹操もそう簡単なことではないだろうと考えていたが、想像以上に苦労をするであろう、ということは理解した。
水軍の調練を終えた張郃のところに、思わぬ訃報が入ってきた。なんと、今まで苦労を共にしてきた高覧が、疫病がもとで亡くなってしまったのだ。
体調を崩して、今回の調練に参加しないことは聞いていたが、まさか、そこまでのものとは全く考えていなかった。
「高覧が、死んだ・・・。」
張郃の頭の中は真っ白になった。
袁紹軍の時より、共に戦うことが多く、苦楽をともにしてきた。年齢も同じであり、お互いなにも遠慮をせず、話をすることが出来た。時には、朝まで飽きることなく酒を交わしたこともある。依然話した時は、既に両親もなく、天涯孤独の身、といっていた。享年四六歳であった。
張遼が言う。
「儁乂よ、惜しい人物を亡くしたな。この戦が終わったら、酒を酌み交わす約束をしていたので、残念だ。」
「そうだな。高覧は、俺だけ文遠と飲んでずるい、と怒っていたからな。あいつも、楽しみにしていたのだ。」
「こうなったら、この戦に勝って、高覧殿へのはなむけとなるよう、死力を尽くそう。」
「ああ。水戦は難しい、などと言っている場合ではなくなった。必ず、勝利をおさめようぞ。」
張郃は、死んだ友に勝利を誓うのであった。




