第1回 張郃、生まれる
西暦一六三年(延熹六年)、冀州河間郡鄚県の張家に一人の男子が生まれた。姓は張、名は郃という。生まれたときから、他の赤子に比べると、大きかったという。
張郃の父は「張景」という、この辺りに根差した士族の一員である。士族と言っても、いわゆる「名士層」ではない。
張郃の名の由来は、「調和」や「一致」という意味で、人をまとめる人になって欲しい、という願いが込められている。
母親は、やはりこの辺りに根差した豪族の楊氏の次女である「楊丹」であった。
張郃はこの張氏の長男として生まれた。
張氏はそれほど裕福な家系ではないが、張郃を私塾に通わせるくらいの余裕はあった。
そこで、少年期になると学び始め、一通りの儒学的素養は身に付けることが出来た。
しかし、張郃が興味を一番示したのは武芸である。張景が槍の鍛錬を積んでいる姿を、飽きもせずにずっと眺めていた。
「この子は槍に興味があるのか。」
そう思った張景は、子供でも振れるように小さめの槍を自らつくり、張郃に渡した。
それから、張景、張郃親子の槍の稽古は日課となった。
張郃にとって、張景は天下一の槍の名手として映っている。
張郃が聞く。
「父上。父上より、槍を扱うことに長けた人と言うのは、この世にいるのでしょうか。」
「ははは。当たり前だ。私など、下の下だ。ただ、鍛錬しないと、いざというときのために使えなくなってしまうから、毎日の稽古は欠かさずにしているまでだ。」
「父上が、下の下・・・。いくら何でも、謙遜が過ぎるのではありませぬか。」
「何だ、気に食わないのか。」
「もし、万が一、父上が下の下なら、私は更にその遥か下になってしまうので・・・。」
「いいか、郃よ。槍は武器だ。人を殺すこともできる。だが、必要以上に振るものではないのだぞ。自分の命、自分の大切なものを力で奪おうとする輩が現れたら、いざというとき、そのとき初めて振るのだ。なりふり構わず振り回して、強さを誇示するものではないと、心得なさい。」
「わかりました。父上の言葉、胸に刻み忘れません。」
学問と槍の稽古にいそしむ、張郃一〇歳の春であった。




