8話 停学期間終盤
あれからもカルナ森林に何度か足を運び、心を込めて作ったアップルパイを進呈し続けた。
アイオーンは最初に見た個体しか姿を表していないが、いつも頬を一杯にしてむしゃぶりついているのを見て最大限に癒されている。観察記録を記したメモ用紙は既に埋まってしまい、気軽に手が出せる紙でも作ろうかと考えている所だ。
ちなみに余談だが、最初にカルナ森林に行った後はどういう報告がされたのか父親であるアルバの執務室に呼び出され、俺からの事後報告と言う名の事情聴取を受けた。
何故剣を使わず素手で戦ったのか、どこかで戦闘の師を作ったのか、精霊に与えたという料理の製法をどこで学んだのかなどだったか。気になる事も多かったのだろうが、長時間の拘束で途中から面倒になり、全て書物を読んでという理由で押し通した。
アルバは納得のいっていない表情を浮かべていたが、最終的にあまり怪我の多い戦い方はするなと一言忠告を受けることで終わった。
そして今日もまた、訓練と称して森へ移動中である。
「・・・・・・はぁ」
思わず漏れた溜息。
今からアイオーンに会いに行く(陰から覗く)と言うのに何故こうも憂鬱な気分になっているのかというと、今日がアイオーンに会えるだろう最終日だからだ。
俺の停学時期がもう数日しかないということだ。
(俺の癒しが・・・・・・)
大きい喪失感に、学園側に対する怒りが湧いてくる。
性犯罪未遂者に停学一か月なんてなにを生温い事を言っているのだと。
停学半年、もしくはもういっそのこと退学でも全然おかしくないだろう。
「クリス様」
もんもんとした不快感を抱きながら過ごしていたらいつの間にかカルナ森林に到着したらしい。
馬車から降りて軽く筋肉をほぐす。
今日もメンバーに変更はない。
愚直なシルに五月蠅いマルス、そして忠実なドリーの三人だ。
「・・・・・・副団長なら色々と仕事があるだろ」
「まあないと言えば嘘にはなりますが、アルバ様のご子息の護衛以上のものはありませんな!」
「そうか」
残念である。
この男の目がないだけでかなり派手に動けるのだが、常に傍で控えて目を光らせている所を見るに、監視の目が休まる事はなさそうである。
とはいえ、俺が困るのは裏の人物と接触できないという点のみだ。
それ以外であれば、この戦力が傍にいるというのは利点である。まだこの世界に馴染み切れていない俺にとっては良い補助輪とも考えられるわけだ。
(プラマイで考えればちょいプラだな)
後々に自分の時間が作れればそれでいいかと思い直し、少し見慣れた森に入っていく。
アイオーンがいる場所には、予め木々に目印を付けているため迷う事はない。
現代であれば電子機器の位置情報を記憶させればいいのだろうが、この世界にはまだそこまでのテクノロジーはない。知られていないと言った方がただしいかもしれないが。
なんにせよ、現状の不満点を挙げるとすればやはり色々と利便性が悪いことが挙げられる。
まだ貴族としての地位があったから良かったもの、これが平民であったなら生物との触れ合いを考える余裕はなかっただろう。間違いなく住環境を優先していたはずだ。
「居ませんね」
周囲を観察しながらシルが静かに呟く。
平静な表情をしているがこの女、実はアイオーンに会うのを俺の次に楽しみにしていることを俺は知っている。
俺が調達を指示した際、質のいい果物をわざわざ選んできたり俺が調理する際にも手伝おうとして来たり。俺が怪我をしないかが心配などと嘯いてまで調理に参加してきた時は流石に驚いたが。
極めつけは四度目の触れ合いで、口角が上がっていたのを目撃したことだ。
この女も徐々に堕ちてきている訳だ。
心身共にすり減らすような仕事をしているものからすれば、あの愛らしさは骨身に染みるはずだ。その衝撃を経験している身からすれば、シルの心情はよく分かる。いずれ他のおすすめ生物との触れ合いにも連れて行くか。
「そのうち出てくるだろう。今のうちに置いておこう」
実は最近、子供のアイオーンは俺達が来る前に姿を見せていた。
周囲を見ながら好物を探している姿には大変癒されるものの、怖がらせないように隠れながらアップルパイを置くのが何気に大変だった。
ここ数日で随分と気配を殺すのが上達したような気さえしてくる。
「キュッ」
「おいおい鳴き声の真似なんかしても触れ合いはできないぞ」
「え?」
「ん?」
鳴き声は右から、しかし驚いたシルの声は左から聞こえてきた。
後の成人男性二人が発声するには高すぎる声音。
「キュキュッ」
再びの声に幻聴ではないことを理解し、顔を声の元へと向ける。
主は俺の足元にいた。手に持っているアップルパイ入りの箱を見上げながら、後ろ足で立ち上がり、前足を懸命に箱へと伸ばそうとしている。
「くはっ?!」
膝から崩れ落ちた俺は、そのままの勢いで箱を開封、地面にシートを引いてアップルパイも進呈した上で地に倒れる。
「キュゥ!」
お目当ての物が出てきたアイオーンは目を輝かせて齧り付く。
すぐ傍に俺という異物がいるというのに、なんと無邪気な姿か。
幸せな時間は一瞬だ。
気付けばアイオーンはアップルパイを食べ終わり、前足を上げて耳元の毛繕いをしている所だった。
「・・・・・・すまない。アイオーン、俺は明日からここに来れなくなる。つまり、アップルパイをもってこれるのは今日で最後なんだ」
目の前で片膝をついて話を進める。
言葉を分かっているとは思わないが、明日からも好物があると思ってこの場に来ないようになんとか伝えられないかと思った。
「不用意に食べ物を与えるのはいけないことと分かっていたが、どうしても会いたくて置いてしまった。俺の弱さをどうか許してくれ!」
突如始まった謝罪劇にオーディエンス共はどういう表情をすればいいのか分からず視線を彷徨わせている。
気の利かない奴等だ。
ここは見ないふりでもして後ろを向いていればいいものを。
「キュ・・・・・・?」
やはり言葉は分からないか。
取り敢えず俺の罪深さが伝わるように懺悔度マックスの涙を流して訴えかけているのだが。対するアイオーンは小首を傾げてなにやらアップルパイがあった場所と俺とを交互に見やる。
その視線の意味を正確に察することはできないが、もしかしたらもっとないのかと催促しているのかもしれない。
「もうないんだ。それどころか明日からは・・・・・・」
「・・・・・・キュ?!」
一瞬の停滞、そして甲高い声を上げてその場を回り出す。
身振り手振りを加えたらなんとなく状況を把握したのか慌てた様子を見せる。
何度か回転した後、ピタリと止まるや数秒程の逡巡を見せる。
考えがまとまったのか気が変わったのか、顔を上げたアイオーンと目があった。
「キュっ」
短い鳴き声を上げ、アイオーンは正座している俺の膝を足場に飛んで肩に乗る。
もう一度言おう、肩に乗ったのだ。
「・・・・・・」
脳内でとんでもない量のなにかが分泌されるのを感じながら、ふと肩に重みがあることに気付く。
精霊との物理的接触は、精霊との契約者か精霊が接触しようとこちら側の次元に来ない限り基本的に不可能なのにだ。
つまるところ、物理的接触を感じている今、俺は精霊に認められた、ないしは契約を結んでいることになる。通常契約は被契約者が精霊に願い出る事で精霊が受諾し成るものだが、偶に精霊側から契約をしてこようとする場合がある。
後者の時は被契約者が拒否の意思がない限り契約は実行される。
おそらくローウェン邸のメイドであるナーラもこのタイプだろう。
「っ・・・・・・!」
後で契約したのかを確認するかと、過剰な幸福から取り敢えず意識を逸らしていると、ふと片膝を付いた俺と視線が合う存在が眼前にいることに気付く。
四足、今俺の肩に乗っているアイオーンの1.5倍程度の全長を持つ別個体のアイオーンがその場にいた。
尻尾の先が青みがかっている所から雌の個体であることを見て、おそらくは肩に乗っている子供の母親であろうと思い浮かべる。考えを裏付けるように、母親は視線を肩に向けたまま動かない。
暫くして、とはいっても時間にすると数秒の後。
母親のアイオーン(推定)は俺から視線を外すや、後ろの三人にそれぞれ観察するように撫で見る。
そして不動であった場所から動いたかと思えば、気付けばシルの肩に乗っていた。
「え? きゃっ?!」
遅れて気付いたシルが驚きの反応で一瞬肩を震わせるも、目を瞑って寛ぎ始めた母親アイオーンの無防備な様子に交戦の意思はないのかと判断すると、徐々に落ち着きを取り戻す。そして抗議するような視線を俺へ。
「なんだ?」
「・・・・・・お似合いのマフラーですね」
「お前もな」
「ありがとうございます」
直接文句は言えないからせめてもの抵抗で若干の皮肉を言うシル。
こんなマフラーなら大歓迎のため俺は無傷だが。
(さて、どうしたものか)
冷静に見て、おそらく子供のアイオーンは俺に付いてくるつもりなのだろうと思う。
それが食べ物に釣られて、というのがどうにも犯罪臭がしてしまうが。
まあ母親が取り敢えずの様子見をするとばかりにシルに張りついたのだからいいのだろう。
「クリス様」
「分かってる」
詳細は語られずとも分かっている。
警戒を孕んだマルスの声音が指すものは、先程から感じる鋭い視線に関してだろう。
母親アイオーンとはまた別の視線。
おそらくは父親にあたる個体が監視しているのだろうと思われる。
母親は近くで、父親はなにか起こった際に行動できるようにという具合に行動している。想像していたものより遥かに知能が高い種のようだ。ゲーム内では分からなかった部分に触れて、鼓動が高まるのを感じる。
「絶対に手を出すなよ」
「はっ」
マルスがいたのは正解だったな。
母親が現れた瞬間に反応したドリーの動きを制止するマルスがいなかったら、最悪気付けば死亡というのもあり得た。
成体のアイオーンになるほどに時間を操作する能力も向上する訳で、母親を見ても分かるがかなりの年月を過ごしている固体だ。間違いなくこの場にいる戦力だけではなにをされたのかもわからず死んでいたことだろう。
「・・・・・・帰ったら、取り敢えず当面の飯代を頼むしかないな」
あまたあの長い話が始まるだろうなと思いながら、今回は俺に付いてきてくれようとしている生物のことが関わっているため、話を逸らさず最悪土下座を想定して頼み込もうと、取り敢えずの決心をした。
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アイオーン
分類:精霊種
全長:幼少期:30~40cm程度
成 体:1m程度
重量: 測定不能 (物質的肉体を持たないため。ただし、契約したものは両者の魔力回路を繋ぐことで接触が可能)
:今回接触したことにより、幼少期全長40cm程度の個体は1kg程度であると記録。
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