22話 ミルディアン大森林
フェンリルと出会った翌日。
そのひのうちにでも聴取にくるかと思われた騎士団は、けっきょく屋敷には来ず、いや下っ端が『今は火急の要件で騎士団の手が空いていないため、明後日に話し合いの場を設けたい』という旨の言葉を伝えに来た。
いや、あんたが聴取すればいいやん。
と思ったが、流石に新人らしき団員に貴族の聴取をとれというのも酷だ。俺が団員だったら翌日には辞めてる。
ということで、事件については学園の授業が終わり次第に行われることになった。
その間、外出に関しての規制等もない。
今は外に出て冒険者ギルドに向かっているところだ。
「どんな依頼があるか楽しみですなあ!」
同行者はいつもと同じマルスとシルだ。
目的は金策だ。
この頃立て続けの出費があったため(ほとんど露店のばあさん)、そろそろ減った分を補填しておきたい。
まあ、Eランクの依頼の報酬などたかが知れている。
これで補填を考えるとしたら、一体どれだけの時間がかかることやら。
それでも冒険者ギルドにいくのは、もちろん理由がある。
冒険者に対する依頼表が貼られた掲示板。
あそこには依頼表の他にも、魔物の生息範囲や環境変化の情報が書かれている。
数人単位での観測のため、精度はまちまちだが方針を決めるには十分な指標だ。
環境の変化から、その状況でしか採取できない素材も存在するため、なにも命懸けで魔物を狩る必要もない。
(繁殖可能な種なら、こっちで流通を操作すれば定期的な収入になるな)
もしそれをするとしたら、口の堅い人材が必要だろう。
ずっと植物に手を出していられる時間が俺にはないからな。
頭の中で、人材を思い浮かべながら冒険者ギルドの扉を潜る。
前回はすぐに流れた周囲の視線だが、今日はなにやら視線が強い。
なんだ? と疑問に思い心当たりを探る。
(・・・・・・昨日のあれ、か)
おそらくは、何処で見たのかしらないが、一部現場をみて流された噂が原因。
『騎士を土下座させる悪党』、『血まみれで笑う殺人鬼』だったか。
とても十代の人間から出てくる噂じゃないな。
ちらりと受付を見れば、顔を真っ青にした嬢が目に入る。
なにかを察したか、休憩中だっただろうベテランが後方から現れ、震えてる嬢を静かに後ろに下げて場所を後退した。
大変素晴らしい連携だ。
後輩と思わしき嬢は頬を染めて、ベテラン受付嬢の顔を見つめている。
(前世の過激派が見たら拝んでそうな光景だな)
百合のシーンになるのは結構なことだが、その理由が俺に基づいているというのがなんともいえない。
そもそもカウンターに向かってる訳でもない。
カウンターの前を通りすぎ、そのまま掲示板に向かう。
「やっぱり渋いな」
「Eランクの依頼となるとこんなものですな~ ただ、これを乗り越えてこそのDランク! 気張って参りましょうぞ!」
気合十分なマルスは隣で嬉しそうに依頼表を眺めている。
彼は騎士になる以前は冒険者として活動していたため、久しぶりにみるものにテンションが上がっているかもしれない。
反対にシルは静寂そのものだ。
一歩引いた位置で俺の動きを邪魔しないよう、もしくは俺がやらかした場合にすぐに対処できるよう構えている。
相変わらずなにを考えているかは分からないが、すきに動きたい俺としては好都合。
二人の様子を横目で見つつ、目的の情報へと視線を移す。
***
【ミルディアン大森林 王国周辺部・定期生態報告(第87号)】
発行:中央ギルド観測班
更新日:王暦1425年 蒼雷月4日
■ 現在の危険度:★★☆☆☆(警戒推奨)
■ 目撃・確認された主な魔物種
フォレストウルフ(群れ規模:中~大)
フェザーホーン(局地出現・繁殖期入り)
ツリースネーク(活性化傾向、特に南東部)
グリーンスライム(乾季により出現頻度低下)
■ 特記事項(生態変動・分布移動など)
・王都北東部(白樺の丘周辺)にて、フェザーホーンの群れが南下中。従来は高地に留まる種であるため、餌資源や天候変動の影響が考えられます。徒歩での移動者は上空への警戒を強めること。
・南東部の小渓谷付近にて、ツリースネークの密度が急増。周辺に死骸が確認されており、獲物の取り合いによる小競り合いが発生中。ソロ行動は非推奨。
・月影の泉周辺にて、希少個体“白帯ウサギ”の目撃報告あり。危険性は低いが、高額買い取り依頼が出ているため乱獲に注意。
■ ギルドからの推奨装備・対応
鳥型魔物への対空用網具が有効との報告あり。
状況によっては一時的な採取・狩猟制限区域が設けられる可能性あり。
***
生体報告書を眺めながら首を傾げる。
(フェザーホーンにツリースネークが活性化・・・・・・?)
フェザーホーンに至っては北部の山脈から南下している。
どちらも穏やかな生物で、活発な行動をするのは繁殖期に入ってからが殆ど。
だが時期的を考えるとそれは考えづらい。
気候変動にしても、変化は徐々に表れやすいが、これは突発的な行動に見える。
(観測班が見つけてない捕食者が出たか・・・・・・)
大森林で発生する魔物を幾つか思い浮かべる。
(幅が広すぎて特定できねえな)
季節、発生場所、捕食対象、生態系の関係。
その他諸々の条件を考慮してもなお、百以上の種の可能性が出てくる。
面倒な点は大森林近くに生息しているということ。
他の山脈と沼地に今の俺がいくにはリスクが高過ぎる。
「出会わなければ、いいよな・・・・・・?」
言って、自分の運のなさを思い出す。
あまり物事の成り行きを運のせいだとは言いたくはないが、それでも口に出してしまうぐらいには、幸運とは縁のない人生だった。
だから、もしもがあった時の手段を確かめる。
いくつかのアーティファクト、そして護衛二人。
魔物との戦闘は想定しない。
ただ、逃げる。その一点だけを考慮すれば、おそらく七星、先日出会ったフェンリルの一つ下の階級からは、ギリギリ逃げられるはずだ。
「行くぞっ」
星八以上の魔物がいる確率、自分の持つ手札を再確認して、大森林で希少な植物の採取に乗り出す事に決めた。
「まだ依頼は受けておりませんが?!」
いつまでもEランクの依頼を見てるマルスはひっぺがして連れて行った。
・・・
・・・・・・
ミルディアン大森林。
ローウェン領のカルナ大森林とはまた違った生態系のある場所だ。
この森林は兎に角、生物の種が多い。
それだけ穏やかで、かつ豊かな自然が広がっている。
生物の食料に満たされた楽園だ。
「ここに来たのも久しぶりですなあ。若い頃は無鉄砲にも大森林の最奥にいこうとしたものです」
「馬鹿だろ」
「はははっ! 今になって思えばあれは自殺行為でしたな!」
「奥に進むにつれて脅威が上がっていくことは存じていますが、具体的にどれ程なのでしょう?」
ミルディアン大森林に初めて足を踏み入れたシルがそう尋ねる。
「どれ程、というと少々難しい。ただ、皆が考えるような、徐々に敵が強くなるというものではないな」
そう、徐々にではない。
ゲームの1-1面から、いきなり5-1面に飛ばされるような感覚だ。
この森林の特徴として、植生が《《綺麗に分かれて分布している》》というのがある。
一様に広がっていたら、また違うだろうが。分離がなされている事で、生物もまた、ある一定の範囲で突然その種を変貌させるのだ。
頭を悩ませながら、シルに説明するマルス。
彼等の掛け合いをBGMに歩いていると、突然声が聞こえなくなった。
(ん?)
言葉の途中で消えた音に異変を覚え、後ろを振り返る。
だが、後ろにいたはずの二人の姿はない。
「いったい――」
背後で感じた空気の震え。
言葉を言い切る前にその場を飛び退く。
瞬間、なにかが地面に激突し、地響きと共に砂煙を巻き上げる。
自然と大勢は低くなり、息を潜める。
砂煙が徐々に収まりながら見えた先、竜が血を流して倒れている姿があった。
星七指定生物、フォレストドラゴン。
それが、息絶えている。
もう一体の生物によって。
ゆっくりと視線を上げて、それを見上げる。
「・・・・・・」
言葉は出ない。
あり得ない出会いだ。
こんな場所で出会う自分は、幸運なのか。
はたまた、最も不幸な人間なのか。
星十指定生物――神龍ミルグラド
この世界で、最強に位置づけられた生物がそこにいた。




