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悪役側の視点で  作者:
2/3

2話 シル

 自室に移動し、扉を開いた先で姿見を見る。

 金髪、甘いマスクのいけすかねえ男がそこにはいた。

 前世の姿は曖昧だが、黒髪単発の長身だったと思う。少なくともこんな殴りたくなるような男ではなかったはずだ。


 確か前世はボクシングジムにも通っていたから体格も整って、と思い出しながら、ふと今世の体はどうなのかと考える。


「・・・・・・運動、してないよな?」


『剣術なんてこの俺がする事じゃないね?』やら『汗水垂らすより本を読んでいる方が効率的だ』などと言い訳を述べては運動事から逃げてきたクリスである。


 腹、腕、脚と順番に触っていく。


「スライムかよ」


 音で言えばふにゅんふにゅんだ。

 軟体生物かよとつっこみを入れたくなる程の柔らかボディ。女であれば可愛いで済むが、普通に戦いもあるこの世界で、それも男でこれはただの軟弱者にしか思えない。


(ゲーム内だと結構面倒なキャラだったんだが)


 前述したが、クリス・ローウェンはいわゆる悪役キャラだ。

 主人公の前に立ちはだかり、最後には殺される典型的なお邪魔係。

 敵の中でもそれなりに強い方で、終盤までしぶとく生き残っていた。


 しかし思い返せば、クリスは物理的な攻撃は殆どしてこなかったように思う。

 こいつの攻撃手段は魔法だ。中でも珍しい闇魔法に適性を持ち、天性の才能である膨大な魔力量を使った殺傷能力の高い魔法を撃ってくるような存在だった。


 でもこの軟弱な体のままでは困る。


 今世の目的はファンタジー生物との触れ合いである。あわよくば前世で確認できなかったものも含めコンプしたい腹積もりだ。

 そしてこの世界のファンタジー生物は癖のある存在ばかり。

 接触するだけで死の危険に合うような特性を持ったものもいる。こんな軟弱な体では神獣や龍と出会えばそれだけでゲームオーバー。触れ合いを楽しむもくそもない。


「鍛えるか」


 まずはこの甘えた肉体の改造から始める必要がありそうだ。


 そう思い至った俺は、その場で腕立てを始める。

 まずは筋力。後で持久力も上げていくが、このなよなよした体をまずなんとかしたい。


 と、動き出したところで扉が開く。

 一瞬視線だけやれば、白髪をポニーテールにまとめた無表情なメイドが、一人部屋に入って来る。何故か配膳ワゴンを押しながら。

 彼女の視線が床に伏せっている俺に向けられる。


「・・・・・・なにをされているのですか?」

「筋トレだ」

「トレーニングですか」


 心底どうでもいいという声音。

 蔑む視線が突き刺さっているのが分かる。


「何のようだ」

「はい。本日よりクリス様の専属侍女となりましたシルと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 異性関係で問題を起こしたというのに、執事ではなくメイド? と一瞬疑問を抱いたが名前を聞いて納得した。


 この女はローウェン家の諜報に携わっていた人物だ。

 ようは裏を知る人物で、当然のように戦闘技術を持っている。クリスでは逆立ちしても無理矢理襲うなんてことはできないとアルバは判断したのだろう。

 つまりは監視や俺を制止するための枷だ。


 だがそれは間違いだ。甘い考えだと断言する。

 ゲーム内CGで、クリスの悪事として、この女が辱めを受けているシーンがある。

 正面からはどうしようもないから睡眠薬を盛って嵌めたのだ。匂いでばれるかもしれないからと臭い消しの薬草やら味覚を鈍らせるお香を焚いたりと、悪事には全力のクリスによって尊厳を踏みにじられていた。


 汚いことを知っている彼女ですら、瞳に光を無くすような描写がされていたから、この男の性格は地に沈んでいることが改めて察せられるというワンシーン。


「必要ない。自分の世話ぐらい自分でできる。父上に言って撤回して貰え」

「・・・・・・・・・・・・ソウイウワケニハマイリマセン」


 大分迷ったな。

 まあ女好きの問題児に関わりたくないのは当然の思考回路だ。


 優秀な執事やらは長男や次男に付いているから、あまり人員を自由に割けないというのも一つか。この女も本来は俺ではない兄連中に仕えるはずだったに違いない。能力だけで見るなら普通に一流だ、三男にやるには能力が高過ぎる。


(めんどくせぇ)


 心の内で悪態をつきながら筋トレを続ける。

 腕立て十回を過ぎてからもう腕が震え始めていることに驚愕を隠せない。

 この年齢の平均筋力に遥かに劣っているであろうことに嘆くが、そんな場合ではない。


 そろそろ自力では難しくなってきたタイミングで、魔力を流して身体能力を強化する。

 魔力を持っていたら誰でもできる芸当で、一般的には無属性魔法と呼ばれる種類に位置する。


 そしてあまり知られていない事だが、この身体強化は極めれば巨人と殴り合いが出来る程の可能性を秘めている。


 前世ではこの魔法のみでゲームをクリアした人物もいるので、物語のラスボスにも通用する事は実証済みだ。


(結構むずいな)


 まだ慣れていないだけだろうが、魔力を均一に体へと流す行為は異常に神経を使う。

 今までは外から眺めていた訳だが、魔力の性質を理解していても実践するとすぐに思うようにとはいかないらしい。


「ここローウェン領にいらっしゃる間は、学園の勉強についても遅れを取らないよう授業を行うように言いつけられております。高度な分野については難しいですが、三年生の範囲であれば私でも理解できますので、ご指導させて頂くこととなりました」


 流石は有能メイド、国内屈指の天才が集う王立学園の授業も三年の範囲であれば指導できるぐらいには理解しているとは。


 しかし、気になった部分に俺は問いを投げかける。


「そういうのは家庭教師がするんじゃないか?」


 返答がない。

 少しシルを見ると、ゴミを見るように俺を見下している。

 僅かに寄せられた眉が彼女の心境を物語っている。遅ればせながら、俺も理由に気づいた。


 そうか、こんな俺を指導しようなんて家庭教師がいるはずもなし。

 人が居ないから仕方なく屋敷内の人物で指導出来そうなやつに白羽の矢が立ったのだろう。


「午前は歴史・数学・古代語の授業を。午後は魔法理論・政治学・マナー講習の日程となります」

「おい待て、それだと一日中拘束されることになるんじゃ・・・・・・」

「その通りです。それでは早速始めましょう」


 配膳ワゴンに教科書類があることに疑問はあったのだ。

 ぱっと見でもかなりの分量がありそうだ。このままだと、謹慎中の時間全てが眠たくなるような講義になることは必至。


(冗談じゃない。折角やりたいことを定めたってのに、んなしょうもないことに時間なんて割いてられっかよ)


 なんとかやり過ごす手立てを考える。

 ただ感情だけの理由で断れば面倒になることは想像に難くない。


 取り敢えず筋トレを止めて立ち上がる。

 それでは始めましょうと、机の上に鬼のように積まれていく書籍を傍ら、進捗を記録する用紙があることに気付く。


 欄の中には確認テストと書かれている箇所を見て、一筋の希望を見出す。


「この確認テストというのは」

「はい。クリス様の進捗を見ながら、過去の王立学園の問題から、傾向を読み解き作成したテストを解いて頂きます。基準点に満たない場合は、更に授業時間を加算し理解を深めて頂くこととなります」


 加算式なのかよ。

 記憶を取り戻す前だったら確実に暴れているぞ。


 しかしいいことを聞いた。

 理解度が進捗状況に遅れなければいいということなら、その理解度を測るテストを解いてしまえば、その間の授業は必要ないだろう。


「先にテストを解いてみたい。用意してくれ」

「は? ・・・・・・作成しているものは現在の授業内容より先のものなので、点数を取ることは難しいかと思いますが」

「構わない。敵を知らずばやる気もおきないだろう。どんな問題かぐらいは見ておきたい」

「かしこまりました。ただ、同じテストは二度と出題しませんので、テスト内容を記憶しても意味がない事はご承知おき下さい」

「そんな姑息な手は使わん」

「・・・・・・」


 声には出していないが、一体何を言っているのやらと呆れた心の声が聞こえる。

 普段の学園のテストでも全く点数が取れていないクリスのことだ。その先の授業内容を踏まえたテストが解けるはずがないのは目に見えている。


 先程までならだが。


(問題ないな)


『楽園』のゲームには、ルートごとに知識がないと進行できない仕様がある。

 会話内の選択肢であったり、ミニゲーム、戦闘シーンと殆ど全ての場面で必要となる。(一部のユーザーから批判が多数寄せられた)


 例えば錬金術師と関わるルートであれば、こちらが補助するために素材の提供や魔力の操作を行うが、素材のレシピなどの補助機能は存在しない。当然ながら、各素材の配分もだ。


 膨大な試行を行う必要があり、他のプレイヤーとの情報共有が必須というイカレタ仕様だった。


 そんなことが各ルートに存在するせいで、全クリプレイヤーは広辞苑並のメモの果てに得た知識を等しく持っている。一部では、そんな彼等を称して『踏破者』などと呼んでいる程だ。


 そして俺はそんな上澄みに一応は入ってるぐらいにはやり込んだプレイヤー。

 この世界の知識は大抵知っている。

 未開拓地や製造不明のものなどならまだしも、既知の、それも限られた範囲からしかでないのだ。どれだけ記憶が朧げであろうとも平均点以上はとれる自信がある。


「採点してくれ」

「もう終わったのですか?」

「ああ、点数が出るまで筋トレを続ける」


 テストを手渡しスクワットを始める。

 胡乱な瞳で受け取ったシルは文句は言わず採点を始める。

 その結果で俺が言うであろう文句を封殺できると考えているのか、すました顔で淡々とペンを走らせる。


 ニ十分程経っただろうか、採点のペンを走らせる音が聞こえなくなった。

 汗を拭って机に移動し、採点結果を見る。


(うわっ、一問間違えてるじゃねえか。凡ミスだし、前世でも爪が甘いって言われてたの思い出すな)


 シルは目を見開いて回答文を見ている。

 カンニングではないのは彼女自身も分かっているはずだ。証明問題は完全に俺の主観と、今はまだ知られていないマイナーな研究者の資料から導き出した。


 予め用意していたであろう回答と全く違うのだからカンニングであろうはずがない。


 一問はミスったが、これだけの点数が取れたなら上出来だ。


「流石に基準点に満たないなんてことはないよな? じゃ、俺は好きにさせて貰うぞ」


 なにを考えているのか分からないが、思考に埋没するシルを置いて俺は筋トレに戻った。


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