14話 豪運
「では早速なにか受注しますかな?」
「いや、今日は辞めておく。軽くぶらついて・・・・・・そうだな、精霊の食事に必要な物や有能な道具があるか確認してから帰る予定だ」
依頼表が貼られた掲示板に向かおうとするマルスを制して冒険者ギルドを後にする。
その足で目指すのは王都の繁華街だ。
流石は王都というべきか、ローウェン領と比べて人が多く賑わっている。年代で見たら働き盛りの20代らしき者たちの占める割合が大きいかもしれない。
何度か前世で他県に足を運ぶことがあったが、田舎と都会とでの違いを思い出す。
田舎は長閑ではあるが、あまり刺激的なものはなく。反対に都会は流行を先んじたものや日常にはない施設に興味を魅かれるが、人の喧噪に知らずの内疲れていることがしばしばあった。
(滋賀に行った時は駅が一つ変わるだけで、一面田んぼがビルの建つ世界に早変わりしたのは驚いたな。あそこも今は開発が進んでいるだろうか)
売り先が近くにあるのなら出荷コストも抑えられるし、まだあそこは田んぼが広がっているかもしれない。
閑話休題。
そんなことはどうでもよくて、今考えるべきは繁華街についてだ。
前世では商業施設が立ち並ぶ人の集まる場所という認識の人が多いだろう。この世界では科学的に前世と乖離があるためその様相が少し異なる。
まずビルのような高層の建物はない。
一番高い建物でも四階――およそ12~13メートル程度――のもの。
大商会であったり宿泊施設がそれらに該当する。その他は料理店であったり服屋であったり。
ただ、少し道を外れると商店街のような気安く踏み込める道がある。
ここは主に露店が占める。売り物の内容は千差万別でこれといって特定の物はない。
「商会に向かわれるのでは?」
商店街に向かう俺に目的地を確認するようにシルが問いを投げる。
貴族が購入する品はその質が担保されている商会を通して行われることが多い為、まさか他の場所にとも思わなかったのかもしれない。そもそも俺が行先を正確に告げていないのが問題ではあるのだが。
「そう言えば言っていなかったな、今日見るのは露店の方だ」
商会の品は確かに品質が高い。
が、価格が高く生活基盤が安定していない現状では易々と手が出せない。
対する露店は一言で言えば玉石混淆。
良いものもあれば粗悪なものもある。割合で言えば過半数は粗悪品になってしまうのが難点だろう。
それでも足を運ぶ人が絶えないのは価格が安いからだ。
安易に購入できるのはそれだけで大きな強み。
更には偶に出る良い商品、というのも魅力に映る。
財力のある商会のように鑑定で判断できないというのは、粗悪品が生まれる反面、想定以上の能力を持った品が出てくる可能性も同時に生まれる。
俺の目的は正にそれだ。
鑑定眼なんて大層なものはないが、ある程度有用な道具類を知識として持っていることを利用できないかと思った訳だ。
(とはいえ一回来たくらいで当たりはでないだろうな)
百回足を運んで成果が出なかったら少し考えよう。
別に悪戯に金を溶かすギャンブルをする訳じゃないんだ、ローリスクでハイリターンを望めることなんて早々にない、ある程度は粘るつもりでいこう。
・・・
露店に足を踏み入れ品を見る事半刻。
案の定目ぼしい物は見つからず粗悪品を見続けている。
「どうよあんちゃんこの剣! これはあのアダマンタイトでできた神剣なんだ! かの名工ユーヴェンが製作した一振りだ! 今ならたった一万金貨!」
「それはお買い得だな。アダマンタイト製のロングソードの相場は最低でも5万金貨だが元は取れているのか?」
「あんちゃんの腕っぷしで店の評判を上げてくれりゃ元もとれるだろうさ。俺はあんちゃんの将来に賭けたいのさ!」
良く回る舌だな。
そもそもユーヴェンの剣は全てに印がつけられているが、これにはそれがない。
それに熱によって若干意匠が伸び縮みした跡がある。
アダマンタイトの融点は6千度以上、太陽熱で変形が視認できる程の熱膨張は起きない。
(雑だなぁ・・・・・・いやそもそも騙そうとするなよ)
いっそのことギャンブルボックスでも作って放り込んだ方が売り物になるだろう。
祭りの屋台でよく見る紐くじみたいにする方が幾分か購買意欲を誘える気がする。
俺に金がありそうだからって高値の物を売りつけようとしているんだろうが、もう少し売り方を考えないとこんなもの誰も買わないぞ。
「悪いな、他をあたってくれ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよあんちゃん!」
なおも手を伸ばそうとしてくる店主と俺の間にマルスが入り鋭い眼光で黙らせる。
「クリス様、やはり商会に向かわれた方が良いのでは? 品質もそうですが、あまり治安が良いとも言えません」
「その判断は早いだろう。まだ半分しか見ていないぞ」
正論が故に曖昧な返答しかできない。
まあ見なくても半分が駄目なら残りも自ずと察せられる。というのがマルスの言い分で隣のシルも同様に考えているのは興味のなさそうな表情から見て間違いない。
(間違ってはない。だが、時間と金が圧倒的に足らん!)
マルスの制止は正しいが、正攻法では幾ら金があっても足らないし高ランクの生物に会うのに掛かる時間が桁違いなものになるのは経験則で分かってしまう。
「まあ気持ちは分かりますなぁ。私も若い頃は金が無く、こういう場所に来てはよく騙されたもので・・・・・・」
突然始まったマルスの一人語りを右から左に流しながら露店を回っていく。
最早流れ作業になりつつある中、一風変わった露店に目が行く。
店主は女性、年若いとはいえない五十手前に見える。
深くローブを被っていて、中から覗く笑みがなんとも言えない不気味さを産み出していた。
出している品は骨董品。
次代を感じさせる品が所狭しと並べられていた。
「くっくっく、いらっしゃい」
魔女のように笑う店主の迫力に一歩足を戻してしまいそうなところを踏ん張って、品に目を向ける。
罅割れた土器にどこかの部族が使っていそうなお面、先鋭的と言えば聞こえがいいがただ色を付けただけにしか見えない絵画などレパートリーは豊富だ。
とはいえ、残念ながら記憶の中の道具はなく視線の移りは早い。
(こりゃ今回はなさそ――)
並べられている商品とは別に『要相談』と書かれた札の前に置かれているいつかの中で“それ”を見て思わず目を見開く。
「この、時計は・・・・・・」
「風情があっていいだろう? でも秒針は動かないから時計としての機能はないんだけどねえ。くっくっく」
「少し近くで見ても?」
「構わないとも」
幾つもの歯車で構成されている機械式時計。
秒針は止まっているが、俺の知る物であっているなら問題ない。これは時間を確認するためのものではないから。
「店主、この時計が欲しいのだが、要相談というのは金額の交渉ということだろうか」
「幾らにするか決めかねていてねえ。誰か希望者がいればその時に決めようと思っていたわけさ。あんたはこれに幾らの値を付ける?」
性能を知っている身としては値など付けられないが、それを知らない他者からしたらただのコレクションだ。
「・・・・・・金貨十枚」
熟考して出した金額に店主はにやりと口角を上げた。
「金貨五十枚。それ以下では売れないねえ」
こ、このば〇あ、五倍にしてきやがった。
良い性格してやがる。俺の表情を見て吊り上げたのだろう。
そして金額を言われても俺は躊躇なく買うであろう妥当な額、読心術でも極めているのかもしれない。
「分かった出そう」
「クリス様っ?!」
五十金貨は高位職の一月の給料に該当する。
それをぱっとみガラクタにしか見えないものに出そうとしているのを見てシルが声を出す。
それを片手で制して、店主の気が変わらぬうちに俺は金を出した。
「まいど~ また待っとるよ。くっくっく」
「ああ、良いものがあればまた世話になる」
時計を受け取り、その場を去る。
「クリス様は骨董品に興味があったのですか?」
「いや、全くない。ただこれは別だ」
アーティファクト、【逆刻の懺悔】
この時計を持つ者が後悔を強く抱くと、その後悔した瞬間の「5秒前」に戻ることができるという性能を誇る上位のアーティファクト。
ただし、効果を発揮するごとに時計の歯車が1枚ずつ錆びていく。
全てが錆びた時、自壊してしまう消費型。
とはいえだ、後悔した事をやりなおせる可能性ができるだけで十分。
気を付けることは、無暗に後悔の感情を抱いて回数を消費させない事と、解決策を瞬時に思いつかなければ無意味になってしまう点。
(これで少々リスキーなことに挑戦できるな)
ゲームでは散々恨みを抱いたクリスの豪運に初めて感謝しながら帰途についた。




