第8話 好きな人に好きな服を着せるのはある種の夢
柔らかなタオルケットと甘やかな匂いに包まれて目を覚ます。
最初に飛び込んできたのは、輝くような白さの肌。大迫力のそれに圧倒され、恥ずかしげに色づいた桜色の突起に目が釘付けになってしまう。
「あ、起きた……おはよ、ルゥくん♡」
僕の額にキスを落とした天塚さんは、タオルケットを掻き抱いて神秘的な御本尊を僕の目から隠した。
昨日、理性を焼き尽くされた僕は玄関で天塚さんを堪能した。服を着ていないのは、最終的にはそのままなし崩しでベッドに向かったからだ。
途中、何度か水分は摂ったけれどご飯は無し。
お風呂は入った……というかお風呂場には行ったけれど、とにかく熱に浮かされたように貪りまくった。
「えへへ……昨日もすごかったねぇ……♡」
恥ずかしそうにはにかむ天塚さんは、むしろ裸体よりも煽情的である。今すぐにでもタオルケットを剥がしてみたい衝動に駆られる。
「お風呂、入ろうか……べたべただし」
タオルケットを巻きつけたまま風呂場に向かう天塚さん。
背中の羽根が当たらないようにゆるっと巻いたタオルケットは何とも頼りなく、豊満なおっぱいは今にも零れそうだし、裾からは張りのある太腿がしっかりと覗いていた。
さらに言えば天塚さんが歩くたびに小ぶりながらも形のいい尻がちらちらと見える。
僕が健康的で張りのあるお尻に見とれていると、天塚さんはテーブルの上へと手を伸ばした。
写真立てだ。
「パパ、ママ、おはよ」
「わふ?」
「ルゥくん、おいで……お姉ちゃんのパパとママだよ」
抱きかかえられて覗き込むと、小さな子供を抱きかかえる男性と、それに寄り添いながらフレームの外に手を伸ばす女性がいた。
どうやら自撮りの家族写真らしい。
色が褪せ始めたそれは、ずいぶん古いものに見える。
「ダンジョンの発生に巻き込まれてね。私を守って、二人ともお空の上にいっちゃったんだ」
撫でながら告げられた言葉に、思わず身を固くする。
ダンジョンの発生。
全世界に四〇〇〇とも五〇〇〇ともいわれるダンジョンは、ある日突然現れたものだ。
今でこそ新しいダンジョンが生まれることは稀になったけれど、最初期は毎日のように新しいダンジョンが発生していたらしい。
天塚さんが巻き込まれたのは、おそらくそのうちの一つだろう。
「パパもママも見て」
既に心の整理がついているらしく、天塚さんは穏やかな表情で写真の前に僕を掲げた。
「可愛いでしょ。ルゥくんって言うんだ」
「わふん」
手を合わせることはできないので、心の中で御冥福をお祈りする。
「えへへへ、家族ができたんだよ……だから、心配しないでね」
天塚さんは僕に頬を寄せながら、はにかむような笑みを浮かべた。
言葉にならない何かが溢れ、思わず天塚さんの頬を舐めてしまう。
「きゃっ、くすぐったいよ……もう、いたずらっ子なんだから」
言葉とは裏腹に、天塚さんの声に咎めるような響きはない。逃れるように僕を床に置いた天塚さんが、軽く体を伸ばす。
「んー……なんか全身が筋肉痛っぽい……」
必死にしがみついたりとかしてたもんなぁ。
昨夜の光景が脳裏をよぎり、僕の欲望が再びぐつぐつと沸騰し始める。
「そうだ、ルゥくん。お姉ちゃんとお風呂に……」
振り返った天塚さんが、僕の下半身を見て目を丸くする。股間にそびえる約束された勝利の剣はいつ振り抜かれても良いほどにチャージされていた。
ふ、風王結界! 風王結界で隠したいッ!
羞恥に身もだえするけれど、狼の身体では手で隠すことなどできるはずもない。
結果としてド直球に露出狂みたいくなっているんだけども、天塚さんはそれを見てもなお天使のような笑みを浮かべていた。
……あるいは、小悪魔のような笑みを。
「あはっ♡ ルゥくん……お姉ちゃんとお風呂は気持ちいいって覚えてくれたんだね♡」
……ちなみに、昨日お風呂場に赴いたのは天塚さんが〝飼い主としての務め〟を果たすためである。
慣れない手つきではあったけれど、僕のことをしっかり観察し、少しでも良くなるように頑張る姿はいじらしすぎて死ぬかと思った。
多分、僕の血圧は10億を突破していただろう。もう少しで脳の血管が破裂して死んでいたところである。
実際は別のところがびゅるっと破裂して、尊厳を失った代わりに生を拾ったけれど。
「それじゃあ、お姉ちゃんとお風呂、入ろうね♡」
「わうん」
選択肢なんて一つしかなかった。
***
「うー……足、ガクガクするよぉ……今日は生徒会、休もうかな」
「わうんっ!?」
僕と同い年なので高校二年生なのはわかっていたけれど、天塚さんって生徒会なの!?
「ルゥくんと一緒にいたいからなぁ」
「きゅぅん」
いや、そりゃ僕も天塚さんみたいなド級の美少女と一緒に過ごせるのは嬉しいけども、僕のせいで天塚さんの評価が下がるのは嫌だ。
「ルゥくんとお散歩いきたいもんね♪」
クローゼットで洋服を物色する天塚さん。嬉しそうに服を選ぶ天塚さんに、思わず尻尾がぶんぶん振られそうになるけれど、心を鬼にして天塚さんを学校に送り出さなきゃ……!
もちろん今の僕は喋れないけれど、クローゼットにかかっていたブレザータイプの制服を鼻先でつつく。
「ん? なぁに?」
「わふっ」
「……制服? お姉ちゃんに、これ着てほしいの?」
「わんっ」
僕が吼えると、天塚さんはびっくりしながらも制服を手に取ってくれた。
「制服かぁ……ルゥくんが選んでくれたなら着てあげたいけど、さすがに制服でうろついてるのを見られると、生徒会サボれないよねぇ」
うーん、と悩んだ天塚さんだけれど、決心したかのように制服に袖を通した。
羽根が窮屈にならないようスリットは入っているものの、ブラウスもブレザーも普通のデザイン……そのはずなのに、天塚さんが着ただけでとんでもなく魅力的だった。
金の縁取りがアクセントになった臙脂色のブレザーに、しわひとつない――けどたわわな果実のせいでとんでもないことになっているブラウスの胸元には青のリボン。
プリーツスカートは白を基調に、裾付近にリボンと同じ色のラインが入っていた。
「似合うかな?」
「わんっ」
「えへへへ。ありがと……ルゥくんがこれを選んだってことは、学校に何かルゥくんの好きな匂いのするものがあるかもだもんね」
あの、僕が言うことじゃないかもしれないけども、ルゥくんファーストすぎない……?
いや、でもこれで僕が留守番することになれば、人に戻ってここを抜け出せるかもしれない。
そう思った瞬間、脳裏に天の声が響いた。
・――問。ワースケベ形態から人間形態に移行しますか?
今にも身体が変化しそうな、むずむずした感覚が生まれた。
慌てて戻らない、と強く念じる。
びびび、びっくりしたぁ……!
今ここで人間に戻るのは本当にヤバい。今の僕は全裸なのだ。
デレデレに甘やかしている愛犬が、唐突に全裸の男子になったら天塚さんに一生モノのトラウマが刻まれてしまうだろう。
ましてやそれが舐めたり手でシたりと、あられもない姿を晒しまくった後で、となればなおさらである。
動悸を抑えようとする僕の気持ちも知らず、天塚さんは穏やかな笑みを浮かべたままだ。
「春休みで人も少ないし、ルゥくんも一緒に学校に行ければいいんだけど……さすがに大きいから目立っちゃうよねぇ」
「わふっ!?」
「そうだ! ルゥくん、仔犬になれない? ほら、最初に出会った時みたいにさ」
唐突な無茶ぶりだけど、天の声が再び響く。
・――問。ワースケベ形態を解除し、省燃費形態になりますか?
仔犬なら別に問題はないはず。
そう判断した僕が、なる、と念じた瞬間。僕の身体は縮んでいき、あっという間にぬいぐるみサイズの仔犬へと変化した。
「本当になれるんだぁ♡ 可愛い~♡」
しゃがみこんで僕を撫でる天塚さん。当たり前だけれど、真正面でしゃがみこまれると、スカートの中身が完璧に見える。むしろ僕の真正面、目のと鼻の先にぱんつがある。
裸も見ているし、何なら下着をつけているところも見ていたけれども、スカートから見える下着にはまた別モノである。
ちなみに今日は淡いピンクと白のタータンチェックで、可愛らしいレース付きブラジャーとセットのものである。
勝手に吸い寄せられてしまう視線を必死に逸らしていると、天塚さんが僕を持ち上げた。
「……ルゥくんって、まるで私の言葉がわかってるみたい」
「わ、わふっ!?」
「もしかして――」
ま、まずい!?
何か疑われてる!?
「――ルゥくんって天才!? ウチの仔可愛すぎる~!」
後ろめたいことがありすぎて呼吸すら止まりそうになっていた僕の眼前、天塚さんはふにゃっとした笑顔になって僕の頭やら背中を撫で繰り回した。
……よ、良かった……ッ!
心の中で胸をなでおろしたのも束の間。
「それじゃあ、お姉ちゃんと学校行こうね♪」
「わふぅっ!?」
ひ、人に戻るチャンスがっ!?
ウキウキで学校にいく支度をする天塚さんに連れられ、僕は仔犬として連れ出されることとなった。
なお、再び仔犬になった僕をみてコンシェルジュの月島さんがすごく怪訝な顔をしていたけれど、
「えへへへ……可愛いですよね~♡」
と蕩ける天塚さんにほだされ、何事もなく見逃されることとなった。




