第6話 わんこと戯れる美少女を眺めるのはアニマルテラピーに入りますか?
翼をはためかせ僕に突撃した天塚さんは、槍を《《投げ捨てて》》僕の首に抱き着いた。
「ルゥくんすごいっ! 仔犬も可愛かったけど大きくなったらかっこいい~♡」
わしゃわしゃと頭を撫でながらもぎゅっと抱き着く天塚さん。
モンスターとして敵対するのでは、という僕の不安など一撃で吹き飛ばすほどに無防備な姿を僕に晒していた。
具体的に言うならばばるんばるんのむにゅんむにゅんでぽよんぽよんである。
「ふかふかだぁ♡」
僕の首筋に顔を埋め、頬擦りをしながら幸せそうに呟く。ものすごくくすぐったいけれど、この巨躯で下手に動けば天塚さんを怪我させかねない。
銅像よろしく、限界までくすぐったさをこらえてじっとしていると、周囲をゆっくりと飛ぶドローンからコメントが溢れた。
:ルゥくんもだけど聖奈たんかわヨ
:美少女ともふもふ……これはてぇてぇですわ
:はぁぁぁぁこころが潤う
:乗れそうなくらいデカい犬だな
:処分とか言ってたやつ人の心ないんか
:↑IDみたけどおまえも言ってただろ
:大学で生物学やってるけど、これイヌじゃなくてオオカミでは……?
:分かる 犬より精悍な感じするよな
:マズル、牙、姿勢的にはオオカミっぽい
:言うてどっちもイヌ科だし そもそもこれモンスターだろw
:動物博士多いな
:科とか種の見分けつく奴が多いの草
:これは……美少女じゃないか?
:ビジュアル、スタイル、声的には美少女っぽい
:アマツ科……ってコト!?
:いや聖奈を分類しようとすんなよw
:動物博士はすごいけど美少女博士は警察案件なんだよなぁ
:学術的興味です
:はぁ? 学問だろ? 真面目の極みなんだが
:勉強熱心と言ってくれたまえ
:ルゥくんは間違いなく↑こいつらよりお利口さんだわ
しっかり堪能したのか、天塚さんが顔をあげた。槍を拾うと、空いた手で僕の背中を優しく撫でながら呟く。
「はぁ……幸せ……私、わんちゃん大っっっ好きなんだよね」
さすがに人気配信者としての活動歴が長いこともあって、自然と視聴者への雑談が始まる。
「昔、秋田犬を飼ってたんだ……真っ白で、ブランって名前の子。って言っても覚醒して会えなくなっちゃったけど」
覚醒者は動物に怖がられる。科学を超えた力を野生の本能が知覚するのか、あるいは別の理由があるのかは知らないが、パニックを起こしたり、場合によってはストレスで死んでしまうことことすらあるらしい。
動物園の類は入場禁止になっているし、国によっては覚醒者がペットを飼うこと自体が違法になっているところもあったはずだ。
:ええ娘や……わんこ大好きなの納得
:久々のもふもふニウムだから
:というか、怖がらずに保護できた時点で普通の犬じゃないのは分かっていたのでは……?
:ダンジョン三〇層の時点で、まぁ、うん……
:鑑札とかパーティ申請とか割と確信犯だもんな
「実は配信も、ブランに私のことを忘れてほしくなくて始めたんだよね。引き取ってもらった親戚に頼んで、見せてもらったりしてたんだ」
:良くやったぞブラン 名プロデューサーだわ
:ブランに感謝
:会えないわんこのために……聖奈の心が清らかすぎて眩しい
:聖奈が清純なのは46億年前から分かってた
:ブランは今もみてるのかな
自動音声に、聖奈が眉を下げた。
「私が小学生の時にはもう成犬だったからね……目が開かなくなってもモニターの前に寝そべって、最期まで尻尾を振ってくれてたって」
困ったような、力のない笑みを浮かべながら僕の頬に顔を寄せる。その眼の端には、涙が浮かんでいた。星屑のように輝いて見えるそれに、思わず僕の目が吸い寄せられる。
――流させちゃダメだ。
何故だが、強くそう思った。何とか涙を留めようと、咄嗟に動く。
――ベロン。
薄く長い舌で聖奈の目元を拭った。
「ひゃんっ……ルゥくん? 慰めてくれた、の……?」
僕の口に、ちょっと前に溺れるほど味わった甘露が口の中に広がる。思わぬ不意打ちに理性が吹き飛び、野性がコンニチハしそうになるが必死に耐える。
耐えられているのか、長い体毛のお陰で隠れているのかは定かではないが、まさか確かめるわけにもいかないので、ドローンの読み上げるコメントに意識を集中させた。
:聖奈の優しさが伝わったんだな
:ルゥって頭良いのかもしれない
:野生動物をも魅了する清らかさに癒されるわ
:ルゥくんも一応映ってるし広義のアニマルテラピーでは
:アニマル(と戯れる聖奈)で癒されてるもんな
:癒しというかいやらしというか
:舐められてびっくりした聖奈の声がえっっっっっっっっ過ぎた
:↑俺の聖奈を卑猥な目で見るなよks
:俺の天使にやらしい目を向けるとか天罰くだってしまえ
:↑同類がいっぱいいて草
:全員そろって視聴制限掛けられちまえ 聖奈の配信が穢れる
:聖奈はやらしいことなんてしません トイレもいきません
「あはは……普通にトイレくらいいくけどねー」
びっくりして気持ちが変わったのか、それとも配信中だったことを思い出して気持ちを変えたのか。ややぎこちないけれど、聖奈はにっこりと微笑んだ。
「ルゥくん、ありがとね――ちゅっ♡」
:はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
:おいそこ代われ!!
:前世でどんだけ功徳を積めば犬に生まれ変われるんですか
:ちょっと犬になってくるか
:聖奈ちゃんかっっっっっっっっわ!
:わんこと美少女……これはてぇてぇ
そんなこんなでダンジョン探索再開だ。
といっても僕が巨大化したこともあって、一層では話にならないことがあっさり証明されてしまった。視聴者さんたちのリクエストもあり、各階層に出てくるモンスターを何度か試しながら、どのくらい強いのかを調べることになった。
…………のだが。
:一八層で活動できるのかよ……
:覚醒者でも中堅以上のヤツしか行けない階層よな
:強い【ジョブ】に覚醒してるか、ダンジョンでの活動が長い人だけだな
:しかもモンスターを一撃で爆散させてないだけで、一八層もまだまだ余裕っぽいしな
:キラーマンティスって相当強いんじゃなかった?
:↑こいつに阻まれて中堅入りしない覚醒者がごまんといる
:中堅入りしないっていうか、引退者リスト入りというか、下手するとあの世入りというか
:今、素材買取の値段を調べてきたけどエグかった
:どんなもんなん?
:ルゥくん連れて毎日ダンジョンに潜れば年収1000万も見えてくるレベル
:強い上に美少女の飼い主がいるとか、これが勝ち組か……!
:↑さすがに飼い主がいる勝ち組は超少ないと思うけどもwww
:毎日は草 トップランカーですら休みしっかり取ってるわ
:はぁぁぁぁ犬になりてぇぇぇぇ
:ペット(犬(オオカミ(モンスター(市役所とJDA公認)))))な
:補足多すぎでは マトリョーシカみたいになってるぞw
:犬リョーシカだなw
:待ってそれだとルゥくんの中に何か入ってそうwww
核心を突くような雑談にドキリとするが、流石に正体バレには繋がらなそうなのでほっと一息。
改めて確認したところ、僕はとんでもない強さであることが発覚した。
さすがにJDAの評価でSランクになっている聖奈ほどではないみたいだけれど、それでも一気に中堅探索者と肩を並べるところまで来ているようだった。
これでジョブ名が【ワースケベ】じゃなくて【聖騎士】とか【獅子獣人】とかならモテ街道まっしぐらだった気がする。
……いやまぁ、もうちっとやそっとモテた程度では経験できないようなことをさせてもらっちゃったんだけどさぁ。
罪悪感を胸に聖奈へと視線を向ければ、両手で頬を押さえた彼女が、きらきらな瞳で僕を見つめ返していた。
「はぁぁぁ♡ ルゥくんすっごい! かっこよかったよ~!」
僕に抱きつき、全身で喜びを表現した聖奈がドローンカメラに向き直る。
「どう!? ウチの仔、最高にカッコよくて可愛くて強くて最高じゃなかった!?」
:興奮しすぎwww
:ハシャぐ聖奈ちゃん可愛い
:てぇてぇ
……ウチの仔、か。
まぁ確かに現状では天塚さんの飼い犬みたいなものなんだよな。
自らのおかれた状況を考えながら、このままではまずい、とも思う。
仕事の関係で両親は海外に赴任しているので、すぐに心配をかけるようなこともないだろうし、捜索届を出されるようなこともない。
丁度春休みなので、学校を無断で休むことにもならない。
でも、当たり前のことだけれど春休みは四月になれば終わる。そもそも成り行きで聖奈のペットみたいな感じになっているけれど、僕は人間だしずっとこのままって訳にはいかないだろう。
……どうにか隙を見て逃げ出す、か……?
このまま一緒にいれば、きっと離れる時に天塚さんは余計に傷つく。
今すぐにでも離れるべきなのは分かっていたけれど、無邪気な笑みを浮かべて僕にじゃれる天塚さんを見ていると、どうしても踏ん切りがつかなかった。




