第5話 ダンジョン配信者、天塚聖奈
――ダンジョン内は法も常識も通用しない。
ダンジョンに入るための講習で言われた言葉だ。
モンスターなんて存在がいる時点でそりゃね、と思ったけれど、元探索者の講師は、これは人間に向けた言葉だ、と言っていた。
「何しろ、中で何をしようと証拠も死体も残らないからな」
実際、法整備が進んでいなかった頃はダンジョン内での殺人未遂が何件か起きた。供述によるとモンスターから採れる高額な素材を独り占めするために殺そうとした、とのことだったけれど、事件発覚前に犯人と一緒に潜り、事故で死んだ……少なくとも事故として処理された人もいたとのことだった。
殺人未遂の方はきちんと有罪になったけれど、パーティメンバーが亡くなった件は殺したという証拠が押さえられず、無罪になったらしい。
そんな修羅の国も真っ青な無法を何とかするための法律がダンジョン内配信法だ。
正式には長ったらしい名前がついてるんだけど、要するにダンジョンの中ではライブ配信を義務づけるというものである。
殺人のような事件も防げるし、未知のモンスターやダンジョン内の情報も集まるので攻略の役にも立つ。
さらにいえば、ダンジョン内で遭難した人が生きているかどうかとか、どこにいるのかとか、そういうのを探る手掛かりにもなるのだ。
――疚しいことがなきゃ配信できないことはないからな。
配信と言っても、基本的にはダンジョンの管理を担うダンジョン庁のサーバーで保存され、何かあった時に警察に開示するだけのものだったけれど、探索者の増加とともに、サーバーの整備や維持のための費用も馬鹿にならなくなった。
そんな訳で費用回収のためにスポンサーを募り、広告付きで公開を開始したのがダンジョン配信の始まりである。
***
「こんにちは、天塚聖奈です」
ダンジョン入り口。配信用のドローンカメラに向かって、天塚さんがにっこりと微笑んだ。
穢れを知らない新雪のような笑みに、思わず見とれてしまう。
サークレットで髪を留め、金属製の補強が入ったドレスアーマーと槍を装備した天塚さんは、天使というよりも戦乙女のように見えた。
どちらにせよ神々しいほどのまぶしさを放っているのは間違いないけれど。
ちなみに僕がいるのは足元なので、視線をあげるとそこには絶景が広がっている。
何がとは言わないけれど、青と白のしましまである。
見られることを意識してない清楚なデザインと、昨日の姿とのギャップがたまらない。
写真集やゲームのデモ映像のためのコスプレ、と言われても納得してしまいそうなビジュアルの天塚さんだけど、モンスター由来の素材やダンジョン産の金属などをふんだんに使った装備はすべて実用品である。
それも、とんでもない金額が掛けられた超一級の品々ばかりだ。
天塚さんが覚醒した【天使】は、軽い身のこなしに飛翔による立体機動、さらにはモンスターへのダメージを増加させる〈|聖属性付与《エンチャント:セイント》〉のスキルや、聖属性の魔法まで使える強いジョブだ。
ましてや、世界中にファンがいる人気配信者ともなれば支援――いわゆるスパチャの額もとんでもないことになっているだろう。
自分で討伐した素材を使えば費用を抑えることもできるだろうし、支援金をつぎ込めば国外のダンジョンでしか見つからない希少な素材を購入することもできる。
そうして準備されたのが今の装備というわけだ。
:かわよ
:好き
:てぇてぇ
:はぁぁぁぁぁおめめ幸せ
:こんにちはーーーーー!
これまた高級品の空撮ドローンが、もらったコメントの一部をピックアップして読み上げてくれる。
高級品だけあってコメントフィルターも完備。その上、AI判定で良くない発言を弾き、残ったものからランダムで拾い上げているはずである。
全部読んでたらオープニングの挨拶だけで一時間とか掛かるだろうからね。
「今日は攻略中のダンジョン三〇層じゃなくて、一層の入り口付近から配信開始です。なんでかというと――」
言葉を溜めた天塚さんが、いたずらっぽく微笑みながら屈み込んだ。
カメラには映らないけれど、真正面の僕からは丸見え……見せつけてるんじゃないかというほどの絶景である。
形の良いヒップラインと、ぎゅっと押し付けられるようにして浮き上がる形に思わず唾を飲む。
「今日はずーーーっとソロで活動していた私がパーティデビューする日だからでーす♡」
足元にいた僕を抱き上げ、カメラに映す。
……そう、僕は天塚さんの《《パーティメンバー》》になった。
:はい?
:……わんこ?
:ちょっと待ってどういうこと?
:笑顔の聖奈……ぐぅかわ
:犬と美少女……素晴らしい画だ
「ほら、こないだの配信でわんちゃん拾ったでしょ?」
:拾ってたね
:血塗れの子だ!
:コメント欄でモンスターじゃね?ってなってたやつか
「あの仔を飼うことにしたんだけど、市役所に行ったら検査とか確認とかなく、そのまま鑑札もらえちゃったんだよね」
:ええええ……
:確かに市役所には申請書出すだけだから犬はつれてかなくても大丈夫だけど
:笑わせないでくれ今職場なんだよ
:変な声出たwww
「それで、市役所がイケるならJDAのパーティ申請もイケるかなーって思って書類出したら、受理されちゃった」
あはは、と笑う天塚さん。
ちなみにJDAのパーティ申請も用紙を出すだけなんだけど、パーティメンバー欄に記入された名前はルゥで年齢はまさかの一歳。【ジョブ】欄に至ってはシベリアンハスキーである。
【犬獣人】とか【ワードッグ】ならともかくとして、シベリアンハスキーってただの犬種だし、そもそも一歳がダンジョンに入るのを許可するなよ!
「そんなわけで、今日はルゥくんがどのくらい動けるのかを試すために一層で活動しようと思います」
:さすがに笑うわ
:役所ってそういうとこあるよな……
:まぁ人じゃないとダメって規則はなかったと思う
:年齢制限もないと言えばないけどさ
:草
「ルゥくん。危なくなったらお姉ちゃんが助けてあげるから、怖がらずにやってみようね」
:お姉ちゃん!?
:ぬあああああああああああああ
:おみみしあわせ
:俺が弟の可能性も微レ存……?
:姉な聖奈ちゃんと一つ屋根の下……!?
:おいワンコそこ代わってくれ
:俺、犬と同じくらい毛深いけどどうかな?
:↑どうかな、じゃないんだわwww
コメントが盛り上がる中、さっそくスライムを見つけた天塚さんが僕を地面に降ろす。
「さぁ、さっそくやってみよっか」
「わ、わふ……?」
:無茶ぶりすぎるwww
:ワイくん聖奈の命令ならドラゴンにでも突っ込めるわ
:聖奈ちゃんの命令とかもはやお金払っても良いレベル
:スライム相手でもさすがに仔犬は厳しくないか……?
「ルゥくんはダンジョン内にいた訳だし、戦えないことはないと思うんだよね……ね?」
一切疑ってないキラキラな瞳で見つめられれば、僕に逃げ場などなかった。
やるぞ……仔犬だとしても【ワースケベ】なのは間違いない。スライムくらいなら倒せるはずである。
たたっと駆け出し、小さな前脚を振り上げる。
と同時。
・――個体名:大上刀夜の交戦を確認。
・――ワースケベ形態へと移行します。
メリメリと音を立てて体が大きくなる。
ズドンっっっ!
バイクみたいなサイズになった僕の一撃でスライムは消滅。それどころか地面が蜘蛛の巣状にひび割れ、クレーターを穿った。
:は?
:え?
:まって
:デカくなった!?
:やっぱりルゥくんってモンスターでわ?
:↑たしかに……それならダンジョンにいたのも納得だわ
:前回配信のときから知ってた
:まぁダンジョンに普通の犬とかいるわけないよな
:ちょっと待ってルゥくんって三〇層で拾ったんだよね!?
:聖奈、離れろ! 絶対強いモンスターだぞ!
「…………ルゥ、くん……?」
天塚さんが、呆然と僕を見ていた。
:ショックなのは分かるが逃げろ
:逃げるか倒せ そうしないと聖奈が危ない
:もしくは処分するしかないな。飼い主の責務として
おかしな方向に誤解され、嫌な汗が出てくる。
……これで天塚さんに刃を向けられたらどうしよう、と思ったところで天塚さんが僕に飛び込んできた。
逃げるべきか戦うべきか。
迷っている一瞬の間に天塚さんは純白の翼を羽ばたかせ、僕へと肉薄した。




